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【本編完結】乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います  作者: 兎束作哉
第四章 縮まる距離

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31 下から見えるじゃん




「で、でも、どうやって上に?」




 取り乱した私を宥めるように、リースは私の肩をポンと叩くと上を指さした。そこには、亀裂が入っており、上に向かって泡が上がって行っているのが見えた。

 確かに、彼の指さすとおり上へ繋がる穴は見つかったわけだ。でも、戻る場所があったとしてもどうやって戻って良いのか分からなかった。




(それに、またあの手が邪魔してきたら)




 考えたら少しだけゾッと背筋が凍った。


 リースが言うには、この怪物は負の感情が作り出したもので、人間が形を変えたものだという。つまり、

あの怪物は元人間だったというわけだ。人間を殺す事なんて出来ないと思ったが、こうなってしまった以上、元の身体には戻れないらしく、それなら多少の罪悪感はあるが、この負の感情に飲まれ暴れ続けるぐらいならいっそ楽にしてあげた方がと思ったのだ。

 だが、考えれば考えるほど恐ろしいと思った。




(ゲームでは、愛の力で~云々かんぬんだったけど矢っ張り現実は……)




 悲惨だな。


 そんな感想しか出てこなかったが、いざ目の前にして、災厄の恐ろしさを知って、聖女が必要だと思ってしまった。それは、私じゃないかも知れないけれど。




(でも、どうしてエトワールは召喚されたの?召喚されるのは必ず聖女なはずなのに)




 どういった原理で召喚されているかは知らないが、エトワールは一応は聖女として此の世界に、下界に召喚されたのだ。しかし、伝説上の聖女と一致しないと言うことで差別され、それこそ災厄の負の感情に飲まれてラスボス化した。


 何かが引っかかると思いつつ、私はリースの方を見た。

 彼の身体には傷という傷はなかったが、先ほどあの手に捕まれたところは紫色の痣のようになっており、服も変色していた。そして、時々苦しそうなひょじょうを浮べ、額に汗が滲んでいるのが分かった。




(私の為に……)




 リースは、命をかけてここに来てくれた。戻れるかも分からないというのに、それに……




『俺は、お前のいない世界なんて耐えられない』

『え……え』

『お前を失うのが何よりも怖いんだ』




(あれって何か告白……いやプロポーズみたいだったんですけど!)




 ボンッと顔が一気に沸騰するのが自分でもわかり、頭がくらりとした。

 先ほどリースに言われた言葉が何度も何度も頭の中で再生されて、その時の真剣なリースの顔がさらに私の胸をどきどきさせた。

 そんなこととは知らず、心配そうにリースが私の方を見ていたので、私は慌てて咳払いをし何でもないというように誤魔化した。だが、彼はそれでも心配だと行ったような表情を向けてくるので、さっき言ったことを覚えていないのではないかとこちらが心配になるほどだった。


 よっぽど、我を忘れるほど真剣に言ったんだろうなと思い、私の心は温かくなった。それと同時に、ドキドキと今まで感じたことのないような脈打ち方で心臓がうつ。

 以前付合っていた頃には感じたこと無いようなそれに、私は戸惑いつつも、彼が指さしていた方を向く。

 亀裂はまだふさがっていなかったが、いつ塞がるのか、妨害されるのか分からないため一刻も早く上の方へいかなければと私はリースと目を合わした。




「っと、泳いでいくの?」

「如何だろうな。落ちるのは簡単だったが」

「そりゃそうでしょ。落ちるだけだし」




 そう返せばリースは少しムッとした顔で「お前の手を取るのは難しかったんだぞ」と言い返してきた。確かに、私とリースの間に壁があって互いの手が届かなかったが。




「それじゃあ如何しろって言うのよ」

「魔法は、使えるのか?」

「魔法?試してないけど……でも、どんな魔法を?」




 リースは、そうだなあと顎に手をやって考えていた。その仕草も格好いいと思いつつ、私も一緒になって考えた。あの亀裂は二人分通れるぐらいあるが、思った以上に高い位置にある。魔法はここに来て試していなかったが、先ほど手のひらに魔力をためることが出来たため、イメージさえ出来ればいつも通り使えるだろうと私は考えた。


 だが、問題は何をイメージしあそこまで上がるかだ。




(ロープみたいなの?リボンとか……)




 そこまで考えて、私はピンと糸が張ったように頭の中で何かがひらめいた。




「私、出来るかも」





 私はそう口にして、イメージを膨らませる。

 そうして、両手に魔力を集め、亀裂に向かって手を伸ばした。すると、亀裂の上から糸のような細い紐が一直線に私達の方へ降りてきた。




「蜘蛛の糸みたい」

「そうだな。だが、良く発動できたな」

「そう?まあ、イメージ出来れば魔法って使えるんじゃ……」

「いいや、魔法は心身共に好調でなければ使えない。幾らイメージが出来たとして、情緒が不安定であれば魔法は発動しないんだ」

「まあ、それは聞いたことあるけど」

「……安心してるのか?」

「へ?」




 リースが行った意味が分からず、私は思わず聞き返してしまった。

 安心している。確かに言われればそうだし、リースが来たことで不安が一気に無くなったというのは事実だ。だが、自分でも思うに、よくあれ程までに絶望しきっていたのに戻ってこれたと。

(推しの顔見たら元気でたとか?でも、それだったら……)

と、自問自答を繰り返すが、やはり自分が驚くぐらいに落ち着いていることに疑問を抱かずにはいられなかった。昔の自分であれば、いやひとりぼっちになってそれで人が現われたとしても、私はすぐには立ち直れなかったはずだ。




「リースだったから……かな。助けに来たのが」

「そうか」




 私がそう口にすれば、リースは思っていた以上に素っ気ない返事をした。だが、ふと見れば彼の耳が真っ赤になっており、本当は嬉しいんだろうな……と、私は思わずクスッと笑ってしまった。




(待って、私も恥ずかしいこと言っているって事だよね!)




「どうした?」

「どうもしていない!さ、早く登っちゃおうよ!」

「ああ、そうだな。こんな所に長居はしたくないしな」

「う、うん。そうだね」




 私はあわあわとしながら、たらりと垂れた光の糸を掴んだ。思った以上にそれはぴんと張っており、体重をかけてもちぎれないみたいだった。




「お、お先にどうぞ」

「何故だ?落ちたとき受け止められないじゃないか」

「だ、だって、そしたら下からぱ、ぱん……」




 パンツが見えるじゃないとはさすがに恥ずかしくて言えなかったが、意図を理解してくれたリースは首を縦に振った。だが、それでも先にいった方が良いと彼は私に言ってくる。彼なりの配慮なのだろうが、それでも矢っ張りパンツが見られるのは嫌だと思った。隠そうにも隠せないし、何よりも自分の服のスカート部分が短いからである。


 今日何色のパンツ履いていったっけと考えつつ私は、渋々その糸を掴んで上へ登るために身体を捻らせながら必死の登った。糸に足がぶつかると、そこに足場が出来たようになるため、ロープを使って登るみたいな感じではなかった。




(ま、まあそうだったら腕力無いし登り切れないけど……)




 それでも登るのに時間がかかることは変わらず、こんなに時間がかかるというのなら階段とかを想像すれば良かったと思った。光の階段……




「見てないよね!?」

「見てないから、落ち着いて登れ」

「本当に!」

「本当だ」




 幼稚な会話をしつつ私はリースがしっかりついてきていることを確認しつつ闇のそこを見つめた。一体どれだけ深いのだろうかこの下はと、底の見えない闇に怯えつついると、リースの足にまたあの手が伸びてきていることが分かった。

 それに気づいたのは私だけではなくリースもだった。




「リース!」

「エトワール大丈夫だ、先にいけ!」

「でも、でも、でも!」




 リースは片手で糸に捕まりつつ剣を抜くとその手を切って払った。だが、すぐにそれらは再生し、さらにリースにまとわりつく。

 先ほどまで揺れていなかった糸も激しく揺れだし、私も捕まっているだけで精一杯だった。




(どうしよう、このままじゃ二人落ちちゃう)




 リースは必死で手を払うが、再生能力に長けたそれらは爪を立てながらこちらへ近付いてくる。私の方にも伸びたそれは先ほどのよりも大きく、捕まれた腕に痛みが走った。


 本当にこのままでは二人落ちてしまうと、私は思考を巡らせた。

 リースは私だけでもといったが、私はもうそれは嫌なのだ。二人助かる方法を探さなければと。だが、今私の心臓は恐怖で脈打っており、とてもじゃないが魔法が成功するという状況ではなかった。それだけではなく、あの手に捕まれたことにより先ほどの不安がまた波のように迫ってきていたのだ。




(……負の感情に飲まれるってこういう……でも!)




 私は糸から片手を離しリースにその手を伸ばした。リースのルビーの瞳が大きく見開かれる。




「……エトワール!?」

「手、掴んで。今度は私がアンタを助けるの!だから!」




 恐る恐る手を伸ばすリース。

 私は、そんなリースの手を掴んで口角を上げる。いける、大丈夫だと自分に言い聞かせるように。




「一緒にここから抜け出そう!」





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