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【本編完結】乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います  作者: 兎束作哉
第四章 縮まる距離

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24 sideグランツ




「それで、俺の元に来たと……」

「うーんごめん、というか久しぶりグランツ」

「はい、久しぶりです。エトワール様」




 俺の主人は突然やってきた。


 いつも、俺の主人は突然やってくる。突然やってきては、思いも寄らぬ言葉を俺にかけてくる。良くも悪くも、変わった人だ。



 俺の主人、エトワール・ヴィアラッテア様は伝説に名を残し語り継がれている聖女と似ても似つかぬ容姿だった。故に、周りの人から聖女ではないと言われ続け、奇異の目を向けられている。今回の災厄は例年にも増して酷いものになるなどと口にしているものもいるほどに、エトワール様の召喚を良く思わないものが多かったのだ。


 俺だって初めはそうだった。


 聖女だと自分の事を主張してきた彼女を信じられずにいた。だが、それを抜きにしても、彼女が俺を選び、俺に守って欲しい言い、彼女と関わっていく内に、彼女が聖女であろうがなかろうがそんなことどうでも良くなっていた。


 俺の主人はエトワール様だけだと。


 そんな彼女は忙しい人で、この星流祭何度も城下町へ出かけては夜遅くかえってきていた。それも、違う男と。俺は、初日とその後何日か付き添わせて貰ったが、彼女が誰かに好意を向けているのだとかはあまり感じられなかった。感情は誰よりも表に出やすいエトワール様だったが、特定の男を好きに……とは見えなかった。

 本来であれば、主人の恋路に足を突っ込むことも、まして主人を好きになることすら罰当たりなことかも知れない。だが、俺はそれほどまでに彼女に惹かれていた。



 椅子に座り込み、うなだれている彼女を見て抱きしめたくなった。何か悩み事があるのかと聞きたくなった。でも、無理に聞き出すのはいけないと、俺は伸ばした手を引っ込めざる終えなかった。

 彼女は、俺の知らなかった星流祭での出来事について話してくれた。

 ブリリアント卿と一悶着あったようで、エトワール様はかなり落ち込んでいるようだった。




「ブリリアント卿と……そうですか」

「そうなの。何か色々あって……、それでまあ……その」

「事情は、何となく分かりました」




 手が届かないほどの貴族。そして、いずれこの帝国の魔道騎士団をつぐお方。 


 そんなお方とエトワール様は喧嘩したのかと。それほどまでに、仲が良かったのかと。確かに、彼とは魔法の特訓をしているようだったが。

 俺は、彼に嫉妬していた。彼のように、彼女の隣に立てるような力が欲しかったんだろうと、いつの間にか握っていた拳を見て思った。




「こういうことって、何となくグランツに話すと楽になるな……あはは」

「それは……」




と、エトワール様は少し綻んだような表情で俺にそう言って笑みを向けた。


 その笑顔を見て、胸の奥がグッと熱くなるような感覚を覚えた。感情など、とっくに死んでいると思ったが、彼女と関わる内にまた息を吹き返したのかと。

 彼女には言っていない秘密が二三個ほどあり、彼女もまたそれを聞こうとしなかった。勿論、気づいていないというのが大きな理由だが、俺がレイ公爵に対して怒りを向けたとき、深く聞いてこなかったため、彼女は俺が話すまで聞かないでいるつもりなのだろう。彼女なりの気遣いに俺はいつも感謝している。




(魔法が使えたら、俺が平民じゃなかったら、俺がもっと強かったら……)




 高みを目指すことは良いことだと、エトワール様は言った。また、彼女は守って貰えるに値するような人間になりたいと宣言してくれた。だから、俺も高みを目指す。彼女が安心して守って欲しいと言って貰えるような存在になるために。

 エトワール様の話は続いた。かなり憔悴仕切っているようで、ぽつりぽつりと言葉を句切りながら話をしてくれた。




「まあ、ありがとう。ほんと、星流祭で色々あって疲れてて、調査に行けーとかいわれて、ちょっと見栄はって大丈夫っていっちゃったけど、本当は大丈夫じゃなくて。凄く不安で怖くて、今でも逃げ出したいって思ってる。だって、魔物のこと……ルクスとルフレの家に行ったとき、襲われたとき凄く怖くて、今でもたまに夢に見て思い出しちゃうから」




 エトワール様の身体が震えているのを俺は見逃さなかった。


 彼女がいったそれは、俺にとって一番悔しい出来事だったから。忘れるはずもなかった。

 その悪夢に、あの時の出来事にまだ魘されているのかと思うと。会議があったとは言え、彼女についていくべきだったと思った。だが、俺がいなくても彼女は魔物を退治し、功績を残した。俺がいなくても大丈夫だったのだ。多少の怪我はあったものの。


 俺に今言えることは何だろうと考え、口を開いた。




「怖いなら……逃げるのも、一つの手だと思います」

「え?いや、でも私は聖女で」

「ですが……聖女であっても、貴方は人じゃないですか。怖いと思うのも普通です。逃げたいって言う感情があるのも普通だと思います。それを押し殺して聖女だからと理由付けて……俺は、貴方が強くて弱いことを知っています。だから、逃げてもいいと思います」




 自分でもこの言葉が良くでたと思った。


 俺には、逃げるという選択肢ははじめから無い。それがエトワール様の命に関わることであるなら、俺の命がどうなろうと彼女を守ると公言できるぐらいに、俺には逃げるという選択肢はなかった。だが、俺は彼女に逃げるという選択肢を告げた。


 いくら聖女と言え、俺だって、聖女が災厄を払った後どうなるか知っているとは言え、彼女を逃がしたいと生きて欲しいと願っている。彼女が役目から逃げたいと思うなら、俺はどんなことにだって手を染めようとすら思う。この感情が汚く醜く、黒いことは気づいてはいても。



 そう、俺が言うと、エトワール様は、少し困ったような表情を浮べ俺を見つめた。

 夕焼け色の瞳は俺だけをうつしていた。その優越感に俺は浸りながら彼女の答えを待っていた。

 逃げたいというなら、その命令に、その願いを叶えてあげたいと。そう、覚悟を決めていた。だが、彼女は少し考えた後何かを思い出したかのように声を荒げた。




「待って、もうすぐじゃない!?」




 彼女はそう言うと、頭を痛そうに抱え唸っていた。


 何がもうすぐなのか、俺には分からなかったが、とりあえず彼女が落ち着くまで待つことにした。

 そして、暫くしてエトワール様は話し出したが、俺に誰かと会う予定はあるのだとかまた訳の分からないことを言い、俺はてっきり試されているのかと思って、心の内を少しだけ吐き出してしまった。

 その言葉を聞いてエトワール様はなんとも言えない、少し怯えたような表情をしていた。




「俺が貴方を守ります。ですから、エトワール様は何も心配しなくて大丈夫です。必ず貴方を守ります。だって、俺は貴方だけの騎士ですから」




 本心だったんだ。だから―――――





―――――

――――――――――




 目の前で主人を奪われるほど、これほど屈辱的で絶望的で惨めなことはない。無力なことは無いと思った。


 何故、どうして、そんな思いだけが脳内を埋め尽くしていく。

 俺がもっと強ければ。せめてもっと剣の才があれば。

 そうすればきっと、こんな結果にはならなかったはずだ。


 回る頭で、ちらりと殿下の方を見れば彼は俺よりも取り乱していた。リース皇太子殿下の噂は良く耳にする。

 何でもエトワール様にご執心だとか。あれだけ、血も涙もない暴君だと言われていた彼も、エトワール様が来てから穏やかに……少し違った意味で荒れやすくなったと聞く。

 そんな彼は、今まさにエトワール様を目の前で奪われ荒れ乱れてしまっていたのだった。




(俺も……俺も同じ気持ちで……)




 きしむ身体を押さえながら、エトワール様から貰った剣を支えに立ち上がり、魔物を睨み付けた。

 睨み付けたところで、あの怪物に感情などありはしないのだから怯むわけないと分かってはいたが、それでも、ここで引くという選択肢はなかった。 


 エトワール様を守れなかった。

 その事実が俺の心を大きく揺さぶる。


 そばで荒れ狂っている皇太子殿下を横目に、俺は何度も魔物に特攻した。どれだけ切りつけてもその赤黒い肉の塊はすぐに傷口を回復させ、まるで不死身のゾンビのように俺の前に立ち塞がった。


 いくら俺が攻撃しても、無駄で。


 だが、剣も心も折れていなかった。エトワール様を助けられるという光があるのなら。

 そう思い、再び剣を構えると、赤黒い魔物は何かを吐き出した。それは、青紫色の火球のようなものだった。




(魔法も使えるのか……!?)




 俺は、柄を握りしめるとその火球を斬るために神経を研ぎ澄ませた。俺の魔法は、魔法を斬る魔法である為、魔法攻撃はほぼ効かないと言って良い。しかし、俺はその火球を切る事は出来なかった。

 俺の剣は、その火球をすり抜けて、そのまま俺に直撃した。


 一瞬にして視界は暗転して、その火球に呑み込まれるような感覚におそわれた。幸い、火傷も何もないが、身体が震えだし上手く動かなかった。

 先ほどまでなかった恐怖や不安と言ったマイナスの感情が押し寄せてくるようで俺は怪物を見上げた。先ほどより大きく見えた怪物に俺は一瞬にして顔が青くなった。

 助けなければいけないのに何故か身体が言うことを効かないようで。




(まさか、今の……いや、この魔物自体が)




 俺の中で一つの仮説が立つと同時に、先ほどまでもめていた殿下とその補佐官であるルーメン様が俺の隣まで来ると、急に風が吹きつけ、目の前に紅蓮が降ってきた。

 それは、よく知る花の匂いで、忘れもしない赤色で、俺は思わず言葉を失った。


 だが、俺よりも先にその紅蓮の髪の持ち主の名前を呟いたのは殿下だった。




「アルベド・レイ……?」




 憎い男が、そこに現われたことにより、恐怖よりも怒りがわき上がってき、俺は自分を抑えられるかまた、その不安にも板挟みになった。






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