有栖刑事の秘密
有栖と麗子達は、秘書と共に社長室のあるフロアに戻った。
現場の検証をしながら、今回の住建社長の除霊依頼について、麗子達は起こった出来事を順に説明した。
「なるほどね。高校生にはちょっと刺激の強い案件だったわね」
「自主規制したから、良く覚えてないんだケド」
橋口は手で目を隠すような仕草をした。
「社長の生霊から一部を切り取って、ドレスやブーツに入れた呪文によって、女性に切り取った生霊の一部を付けておく。だから、女性に触れている間だけ、社長の生霊が補完され、精神が、心が、落ち着くということね。けれど、同じように呪文によって生き霊が社長に流れ込むことがないから、女性が離れると、急に不安になる。そんなところかしら」
「その通りです」
「じゃあ、その風俗店も調査しないとダメね」
「お取り込み中すみませんが」
そう言って秘書の下田がやってきた。
「なんでしょう?」
「そちらの除霊士の方に用件が」
「かんな、秘書の方から用事があるみたい」
橋口は、有栖刑事の顔色をうかがう。
「大丈夫よ、ちょっとくらいなら。その間は麗子ちゃんから聴取しておくし」
「そういうことなら、ちょっと行ってくるんだケド」
橋口はそう言って、剃った頭の下田秘書について出ていった。
「今回の降霊師集団は今調べただけでも十数の会社法人に跨っていて、一つ一つ複雑な事件を起こしてるわ。もしかしたら、まだ上の組織があるのかも。だとすると、報復があるかも知れない。注意して」
「はい。永江に報告しておきます」
「危険だ、と思ったら警察に頼るのも必要よ」
有栖刑事は麗子の手を握ってきた。
悲しみのようなものが伝わってくる。
朝の事件の時もそうだった。麗子は考える。しつこく、何度も、危険だ、調子に乗るな、と言ってくる有栖の言葉の裏に何か、特別な感情が伝わってくる。大切な誰かを失った、もしくはそれに相当する事があったのでは……
「あの……」
「えっ? 手握ったら『ヤ』だった?」
握っていた手を、大袈裟に手放した。
「いえ、そんなことは。そうじゃなくて、訊いていいのか悩んでいて」
両手で麗子の手を握ると、有栖は前がかりになってきた。
「いいよ、いいよ、なんでも教えちゃうから」
その表情は明るげだ。こんな時に、訊いていいのだろうか。麗子は戸惑いながら、口を開いた。
「……有栖刑事、私達の事、過剰に心配してくれるじゃないですか。それってもしかして、過去に誰か、私みたいな娘がいて、事件に巻き込まれたとか、そういう事があったのかしらって」
「……」
有栖は握っている手をじっと見つめて黙ってしまった。
やっぱり訊いちゃいけない事だったのか。麗子は後悔した。もっと親しくなってからとか、訊くにしてもタイミングが悪かった。
「!」
二人は突然背中を叩かれた。
そこには橋口が戻っていた。
満面の笑顔で二人を見つめていた。
「どうしたの二人とも? なんか暗いんだケド」
救われた、と思った麗子は橋口を突っつく。
「なんでもないわよ。それよりなんなのその全開の笑顔は」
「個人的に高額のバイトが入った、とだけ言っておくんだケド」
両手の人差し指と中指を伸ばし、ピースサイン。
頭悪そうな仕草だ、と思うと麗子は心配になった。
「ヤバイやつじゃないでしょうね」
「大丈夫。企業案件だから」
「そう」
有栖刑事を見ると、表情が少し明るくなっていた。
「麗子ちゃん。その件はまた別の機会に」
「あ、はい」
「さあ、もうこんな時間だから、二人ともお家に『遅くなる』って連絡して」
「えっ?」と麗子。
「何それまだ拘束されるなんて聞いてないんだケド」
と橋口が言うと、有栖は手を振って否定する。
「聴取じゃないわよ。ご馳走するから、一緒に夕飯食べない?」
「ええ、喜んで」
「奢りなら断る理由はないんだケド」
「決まりね」
「じゃあ、私たち一回事務所に帰っていいですか。着替えてきます」
「なら、私も仕事を片付けてくる」
散開すると、二人は永江事務所で制服に着替えた。
所長に案件の報告をしてから、有栖と約束した場所に移動する。
約束の時間にはまだ時間があったが、有栖刑事が待ち合わせ場所に来ていた。
声をかけるには遠すぎたので、二人は有栖を見たまま歩いていく。
街中で『アリス』の格好は目立っていた。
声をかけられ、写真を撮られている。
「やっぱり派手だね」
「○ィズニーのキャラとしか思えないんだケド」
「なんか声かけるの気が引けちゃうよ」
三人は合流して仲良く食事を済ませる。
帰り際に、服装の話になる。
「なんでアリスの格好なんですか?」
「気になる?」
「ええ。めちゃくちゃ気になるんだケド」
「警察の霊能課なんてめっちゃ地味なのよ。だから服装だけでもこんな風にしてないと気が滅入っちゃうのが一つ。私の苗字も名前もアリスなのが一つ。あとは、これは『シンボル』なの。灯台のような役割をする、と言った方がいいかな」
「どういう意味かわからないんだケド」
「今朝も、さっきの住建の件もどちらも『人』が動いてたけど、本当に『霊』だけの案件ってあるでしょ? 拗らせ系の地縛霊とか」
「ええ」
「派手な服ってのは、そういう霊からも見やすいみたいね。標的になりやすい、という意味じゃ困るんだけど、自分ならなんとか出来るから、自分が引きつけますって感じ?」
「霊の影響を避けるんじゃなくて引き付けるって事ですか」
「それにショーウインドウに映った自分を見れば、元気になるし」
有栖は通りの右手を向く。
ちょうど、大きなガラスのショーウィンドウがあり、鏡のようになって三人の姿が写っている。
裾を摘んで持ち上げ、片足を内側に曲げ可愛く挨拶して見せる。
「それって自分大好き、ナルシストってヤツなんだケド」
「地味な仕事にはナルシスト重要よ」
「なんでしたっけ、その挨拶」
「カーテシーよ。私、幼稚園の頃、これをすると周りの大人が喜ぶから、死ぬほど何度もやったわ。一時は反抗期で絶対にこんな事しなかった時期があったんだけど」
「有栖さんの反抗期、見てみたいな」
麗子は、腕を組んで胸を張り、ツッパった風の格好をする。
「その件はまた別の機会に」
三人はショーウィンドウに映る自分達の姿を見ながら、笑い合った。
その晩、麗子と橋口は有栖の車で送ってもらって家に帰った。