逃走劇
マキタと麗子の落下のスピードは、ほぼ同じ。
つまり、先に落ち始めたマキタのリードが縮まらない。
マキタが一足先に搬入口のフロアに降りた。
そして、最後の扉を開ける。
「かんな! 頼むわよ」
麗子は落ちながら、そう言った。
声が届かなくても、意思は通じる、そう思っていた。
「かんな?」
非常階段の扉が閉まる。
ようやく麗子も搬入口のフロアに降り立ち、扉を開けた。
「かんな! マキタが行ったわよ、捕まえて!」
扉を出ても、駐車場が広がるだけで、マキタも橋口の姿も見えない。
「かんな、どうしたの、何があったの……」
麗子はそれでも搬入口周辺の駐車場を走り出した。
すると、スロープを降りてくる人影があった。
目が隠れるぐらいの前髪。マキタだった。
なぜ戻ってくる?
「かんな?」
返事はない。
マキタは、完全に麗子に狙いをつけていた。
「お前を捕まえて、人質にして脱出してやる!」
「何一人で好き勝手なことを……」
「オラァ!!!」
マキタがまた両手を振り出すと、霊糸が出てきた。
「もう通用しないって」
麗子は左手の前に光の玉を作り出すと、手の前に浮いた光の玉は渦を巻きながらマキタの霊糸を吸い込み始めた。
一方で、麗子は右手の人差し指だけを突き出し、銃の形を作った。
「これでも食らって眠りなさい」
「何、まさか、霊弾? 使える奴がいるなんて」
「いけっ!」
青白い霊光が針のような形になって、マキタの左足に当たる。
霊光は足の中に入り込み、足そのものを光らせた。
固まったようにピッタリ左足が止まると、マキタはバランスを崩して倒れる。
強く駐車場の床に体を打ちつける
「やめてくれ、殺さないでくれ、頼むから」
麗子は、右手で狙いをつけながら少しずつマキタに近づく。
「わかった。俺の負けだ。大人しくするから、足を、足を元に戻してくれ」
「だめよ」
「せめて、仰向けに寝かせてくれ、足が鉛のように重くて何も出来ない」
「?」
マキタが降りてきたスロープを、制服の警官たちが降りてくる。
「警察? どうして?」
マキタが、右手を振り上げ、指を開いた。
麗子の体に巻き付こうと、霊糸が広がる。
巻き付かれた、と思った瞬間、右の人差し指から霊光が飛び出し、霊糸をぶつかるとお互いが消え去った。
最後の力だったのだろうか。マキタは動かなくなった。
「君、大丈夫か」
と制服の警官が呼びかけてきた。
「大丈夫よ。今朝の除霊事務所のJKだわ」
聞き覚えのある声が、警官の奥から聞こえてきた。
「全く。無謀なことばっかり。今朝の反省はないの?」
その声の女性が現れる。
金髪に水色のワンピース。白いエプロンにリボン。○ィズニーの『不思議の国のアリス』から飛び出してきたかのような格好をしていた。
有栖アリス。今朝、麗子達が説教を受けた刑事だった。
「なんでここに……」
私服の刑事が逮捕状を見せて、逮捕することをマキタに説明している。
「調査していた悪徳降霊師集団に逮捕状が下りて、端から捕まえて最後の最後、ここでマキタを捕まえて終わるところだったの」
マキタの状況を一瞥して、さらに麗子に近づいてくる。
「あなた霊弾を使えるのね」
「霊力が強く、危険だわ。一つ間違えれば、そっち側に……」
そう言って、有栖刑事はマキタの方に視線を動かす。
「私は除霊事務所で、霊力の正しい使い方をしっかり学んでいます」
「除霊事務所の人間には、他人を逮捕するような権限はないわ。状況から正当防衛とすることは出来るけど、一つ間違えれば過剰防衛、つまり傷害罪や暴行罪になることもあるのよ」
有栖刑事の物言いに、麗子は辟易した表情を浮かべる。
「知っています。今回は今朝の登校の時とは状況が違います。除霊事務所のバイトで来ているんです。プロとして」
「そう。それ知っていて、霊弾を使ったってことね。本当に正しい判断だったと言える?」
「犯人は私を捕まえて人質にするつもりでした。本人が叫んでいましたから。音声は、このレコーダーに記録しています」
そう言ってポケットから小型のボイスレコーダーを取り出す。
「……」
「ちなみに今の会話も録ってますよ」
「しっかりしているわね。安心したわ。そうだ、永江所長はお元気?」
「さっきも今朝の件や、この仕事の件でお話ししました。ピンピンしてますよ」
「しつこく聞こえるでしょうけど、あなたみたいに才能のある娘に変なことで躓いて欲しくないのよ」
「……」
麗子は、急に慌てたような表情を見せる。
「どうしたの? 急に血相を変えて」
「かんなのこと忘れてた……」
ヤバイ。こんな会話をしている場合じゃない。
「失礼します!」
麗子は走り出した。
「こら、調書を取るから、待ちなさい!」
まだ事件は終わってない。
「あれ?」
警官と一緒に橋口がスロープを降りてくる。
「何やってるの?」
「搬入口で、警察に保護されちゃったんだケド」
「……なんだ、降霊師の一味に捕まったのかと思ってた。脅かさないでよ」
「さあ、二人とも。調書を書くから、詳しくお話しを聞きましょうか」
有栖刑事が二人の肩に手を置き、引き寄せた。