なぁに?
「早く除霊してください」
髪を剃っている方の秘書が言った。
「ちょっと確認したいことがあるので、ご協力をお願いします」
「なんでしょうか」
「こちらの女性の体を調べさせてもらっていいですか?」
秘書の二人は答えられない。
「……」
女性側が自発的に返事をしてきた。
まず、ショートのボンデージの女性。
「傷が残るようなことするんじゃなければいいわよ」
机の下からも声がする。
「あはしも」
ボンデージの女性が補足してくれる。
「エイコも良いって言ってるみたいよ」
麗子は頭を下げる。
「ありがとうございます」
と言ってから、麗子は、
「かんなが赤いドレスの女性を調べるんでいい?」
「別にどっちでもいいんだケド」
麗子がボンデージの女性の後ろにつき、見えている肌をあちこち確認を始める。
橋口が赤いドレスの女性の後ろに行くと、丁度社長の反り立つものを舌で舐め上げるところだった。
「麗子、ちょっと文句があんだケド」
「なぁに?」
「あっ、ムカつく! その『なぁに』を言った時って、罠に嵌めてる時じゃない。こっちはその、社長とエッチなことしてて、目のやり場に困るんだケド」
「下にいるんだから、ナニしてるかは先に想像を働かせないと……」
麗子はボンデージの女性のブーツを脱がせたところだった。
「あった! これだわ。そっちは?」
「こっちだって必死に探してるんだケド」
麗子はボンデージの女性のふくらはぎに描かれた呪文を手でさすった。
おそらく呪いをかけた水を使ってなぞったモノだ。霊感のない人間には全く見ることが出来ない文字。
麗子は精神を集中し、指を組み替えながら、ボソボソと呟く。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
最後にその手でスッと横になぞると、その呪文が消え、キラキラと光る霊が社長に帰っていく。
この光も霊感のない人間には全く見る事が出来ないモノだ。
「お嬢ちゃん、そこに何があったの?」
「あの…… 誰かにここ触られてないですか? この社長さん以外に」
「仕事柄、いろんな人が触るんだけどな」
麗子は考えた。呪文は能力のある人が描いて効果が出る。今回は、衣装に呪文が描かれていたわけではないのだ。だが、どうだろう。鏡文字にして、衣装に描いておいて、それを体に転写させるのだとしたら。
「じゃあ、ブーツは、ブーツに触った人物は?」
「衣装? 衣装ならそこにいるマキタさんが用意してくれてるけど」
「ありがとうございます」
麗子が頭を下げた。
橋口に声を掛けようとすると、目の前の社長は椅子に座ったままで、赤いドレスの女性に跨られていた。
手で見たくないところを隠すようにして橋口に近づく。
「どう、かんな、見つかった? 多分、服で隠れているところよ」
「腰振り始めちゃって、見るに見れないんだケド」
長いドレスの裾を捲り上げると、女性のお尻の上に呪文が見えた。
橋口はバラ鞭を手に持ち、言った。
「我、鞭を用いて呪文の効果を打ち消す者なり!」
バシッとバラ鞭をお尻に叩きつける。
鞭は対魔の呪文が刻まれている特殊な物だった。
『痛いっ!』
社長と赤いドレスの女性、同時に声を上げた。
社長の太ももにもいくつか鞭が当たってしまったようだ。
橋口の鞭によりお尻に描かれていた呪文は消え去り、社長へと帰っていった。
麗子もそれを確認していた。
「エイコさん。お取り込み中申し訳ないんですが、その赤いドレスはマキタさんがご用意されたモノですか?」
「はぁ、あん、はぁ……」
ボンデージの女性が言った。
「そうよ、エイコのドレスもマキタが用意したもの」
橋口と麗子は顔を見合わせ、頷く。
「秘書さん。そのマキタさんに合わせてもらって良いですか」
ミリ髪の秘書は、言った。
「それより除霊を」
「除霊の為、マキタさんって人に話を聞く必要があるんです」
麗子と橋口の口調に、ミリ髪の秘書は気圧されて動いた。
廊下に出て、途中で見た女性のいる部屋に向かった。
ミリ髪の秘書は言った。
「すみません。マキタ様いらっしゃいますか」
一人の女性が、スマフォを見たまま大声で読んだ。
「マネージャー、お客様がお呼びでーす」
そしてスマフォから視線を外すと、麗子と橋口を見て、
「こっち転職したいの?」
部屋の中の別の女性が言う。
「それともサービス受けたいとか? 女性同士も出来るヨ。優しいのがいいの、それともキツイのがいい?」
さらに別の女性が戒める。
「ちょっと、そういうのやめなさいよ」
「あ、来たよ、マキタマネージャー」
部屋に戻ってきたのは、前髪が眉の下あたりまで伸びていて、痩せていて、大人しそうな男性だった。
姿勢も少し猫背で、顔を前に突き出している。
「何か?」
「ちょっとお聞きしたいことがありまして。マキタさん、エイコさんの赤いドレスに……」
麗子が話している途中で、マキタは両手を前にだし、指を広げた。
指から、白い糸が何本も放射状に広がった。
麗子は、その糸を払おうとして、逆に絡め取られてしまった。
一瞬の内に、繭のように霊気の糸で巻かれた麗子は床に倒れてしまう。
「麗子!」
マキタが部屋を出ていく。
「悪霊退散!」
橋口のバラ鞭で叩くと、麗子を包んだ糸が分解する。
部屋の外を確認すると、橋口は秘書に言う。
「逃げられたんだケド!」
秘書も廊下に出て考える。
「エレベータは、ロックされているので逃げられないはず…… いや、非常階段が!」
麗子が言う。
「かんなは秘書さんとエレベータに乗って搬入口で待ち伏せして。私は非常階段から追いかける」
「秘書さん、エレベータのロックを解除して欲しいんだケド」
「分かりました」
橋口と秘書がエレベータへ。
麗子はマキタが逃げたと思われる非常階段へ向かった。
非常階段に出ると、近くから足音が聞こえた。マキタに違いない。
麗子は非常階段を覗き込む。
この非常階段は階段が切れ目なく繋がっていて、真っ直ぐ下に落ちることが出来なくなっていた。逆に、真っ直ぐ落ちることができる非常階段には、落下防止のネットが張られているのだが。
麗子は、数段降りてから手すりを跨いだ。
反対側の階段に落ちる前に、何もない『空間』に霊力の壁を作り、その壁を蹴って再び反対側の階段に落ちていく。
それを数度、繰り返す。
最後は、足をつく階段に割れやすい霊力の壁を幾つかつくり、霊力の壁でショックを吸収して着地する。
まともに階段を走って降りるより、落下している分、早く降りることができた。
もう一度、手すりから覗き込む。
まだ先に足音がある。
麗子はもう一度手すりを飛び越える。
蹴って、落ち、蹴って落ちる。
マキタの姿が見えた。
麗子が下の階段に着くと、マキタは上の踊り場で立ち止まる。
「俺を捕まえても何もならないぜ」
「あなたが下っ端ってことでしょう。けれど、少なくとも、ここの社長さんは救われる。今回の依頼においてはそれで十分よ」
「悪あがきはさせてもらうぜ」
マキタは両手を突き出して、指を開く。
さっきの部屋でやった霊糸で絡めとる作戦だ。
麗子は右手に光の玉を作り出すと、大きく円を描いてその糸を絡め取った。
「チッ!」
マキタが手すりを飛び越えて、麗子と同じように霊壁を蹴ってジグザグに階段を落ちていく。
麗子は糸を全部巻き取るまで手を回し続けていて、マキタに先を越されてしまった。
「待ちなさい!」
麗子も追いかけるように非常階段を落ちていった。
一方、橋口は秘書と一緒に貨物エレベータを使って荷物搬入口についていた。
「こっちが非常階段です」
橋口は非常階段の出口を目指していると、後ろから呼び止められる。
振り返った後、橋口は目に入った銃口を見て、静かに両手を上げた。