企業案件
支給されている折り畳み式の日本固有携帯で地図を見ながら、橋口かんなが言った。
「ついたんだケド」
ガラスの継ぎ目が少ない、お金が掛かっていそうなビルだった。
麗子は外に立っているビルの案内を見る。ビルの名前自体が、依頼主の住建の名前になっていた。
「自社ビルなのね」
ビルを見上げる。十五、六階だろうか。この場所にこのビルを維持するのだから、案件の金額ももっともらって良いはずだ。と麗子は考えた。
「とにかく受付に行くよ」
橋口が先にビルに入っていく。麗子はそれを追って入っていく。受付のあるフロアは広く、簡単な商談なら仕切られた反対側でできるようだった。橋口が受けつけの女性に話すと、紙を渡されて麗子の方に戻ってくる。
「どうしたの? 案内の人が来るまで待ってろって?」
「違う。荷物搬入口に回れって書いてあるんだけど」
この仕事の性質として、依頼する企業側として、あまり表立って動かれると困る場合が多い。そう言う場合は平日夜間や、土日になるのだ。平日日中に依頼する場合は、こうやってこっそり入る必要がある。
麗子達は地下駐車場から通用口を通り荷物搬入口につく。
搬入口にある貨物エレベータが開くと、体格の良いスーツの男が二人乗っていた。
一人は完全に剃ってしまっている坊主頭で、もう一人もほとんどミリの状態に刈り込まれた髪をしていた。
秘書と聞いていたが、秘書兼ボディ・ガードなのだろうか。街で出会えば、○暴の人と思うに違いない。
麗子達が威圧され気味に言葉を失っていると、ミリの髪をしている男が口を開く。
「永江除霊事務所の方ですか?」
「はい」
麗子と橋口は名刺を渡し、事務所から渡されているIDカードも見せた。
ミリの髪の男が何度もIDの写真と顔を見比べる。
「お若いようですが……」
「除霊経験は豊富ですのでご安心を」
麗子はスーツの二人が見ている先に気づき、橋口を振り返る。ウインクして、指でまるを作っている。
「こら、そういうのやめなさい」
麗子が橋口の手を隠すように抑える。
「……」
「(ほら、信用が落ちちゃうじゃない)」
橋口は反省する様子が全くなかった。
「では、こちらにどうぞ」
秘書のスーツ二人と、麗子達は荷物用エレベータに乗った。
途中のフロアは通過するようになっているのか、全く止まることなく最上階についた。
剃っている方が先を歩き、麗子、橋口と続いて、ミリ髪の男がしんがりを歩いた。
通路を通っていると、ドアのない部屋に派手な服の女性が大勢いた。色やデザインが派手なのもそうだが、胸元のカットが大胆だったり、太ももが見えてしまうような服装だった。コスプレと思える服の女性も含まれていた。
麗子はチラリとその部屋を見て、視線を戻したが、後ろの橋口は立ち止まって、出入り口から首をつっこんでしまった。
「ここは関係ありません。先に進んでください」
強引に通路に引き戻された橋口は、麗子に耳打ちした。
「(何だと思う? あの女性達)」
「(やめなさいよ)」
橋口はむくれて、しんがりのミリ髪の男に訊いてしまう。
「すみません、あの女性達は?」
「依頼した仕事に関係ないので答えられません」
「本当に関係ないですか?」
ミリ髪スーツのこめかみあたりが引き攣ったように見えた。
「黙って前を向いて。そこが社長室だ」
頭を剃っている方のスーツが、社長室をノックする。
「下田です。除霊士の方を連れてきました」
麗子は正確には『除霊士見習い』なんだけど、と思った。資格を持った人間だけが『除霊士』と呼ばれる。一応、委託されているので『準』除霊士ではあるのだが。
「シ、下田! ちょ、ちょっと待て」
とドアの奥から声が聞こえた。
床の絨毯と、十分な厚い扉で声は小さくしか聞こえなかった。
しばらく待っていると、橋口がスッと前に出て、おもむろに社長室の扉に耳を付けた。
「こら、やめたまえ」
「……」
橋口は剃っている方、下田秘書にすぐ引き戻された。
静かな廊下で、絶対に周りに聞こえるという状況で、麗子に耳打ちする。
「(社長の息遣いと、女性の喘ぎ声が聞こえたんだケド)」
秘書の怒りが溜まっていくのがわかる。
二人の秘書は目で会話したのか、頷いた。
「少し補足が必要と思われますので、そちらへ」
曇りガラスで区切られた一角に入り、席に着くとミリ髪が話し始める。
「社長は問題の降霊をされてから、不安感ばかりが大きくなってしまって」
剃り頭が続ける。
「何もしていないのに、額から汗をかき、イライラと指で机を叩き始めてしまいます」
「その不安感を抑えるためか、性サービスを呼んでしまって」
「医者が…… その『依存症』だと」
なぜ交互に話すのかわからなかったが、話が終わったと思ったところで、橋口が口を開いた。
「ああ『セックス』依存症ってやつね」
言うだろうと予想していたが、麗子は笑いを堪えようと俯いてしまう。
「声が大きい」
秘書は手で抑えるような仕草をした。
「そうか、あの部屋の女性はそのサービスの方なのね。あんなに大勢待機させてたら、お金掛かりそう……」
「だから声が」
「かんな、やめなさい」
「……ですから。ですから、除霊を依頼しているのです。しっかり霊を落としていただかないと」
「ええ、しっかり除霊させていただきます…… ただ、念の為に言っておきたいのですが、もう一つの依存症に関しては、こちらの分野ではないので、除霊したからと言って改善するか分かりませんよ」
机の上で握り込んだ、秘書の拳が震えている。
「……わかっています」