銃撃
橋口達がついた宿泊施設は、建物は洋風だったがいわゆる『旅館』だった。
警察であることを告げ、フロントから部屋の番号を聞き、外を有栖刑事が見張って、運転手をしていた男性の刑事が部屋のドアをノックした。
「林正徳さん。林さん」
部屋からは反応がない。
刑事はフロントから預かったスペアキーを差し込む。
『ちょっとお話し伺いたいんですが』
刑事の声が、有栖刑事の無線機に入る。
有栖刑事は、スマフォで車の中の橋口に連絡する。
『中、いるの?』
橋口は手元のスマフォを見てはいるが、『カァ吉』からの情報が頭の中で映像化されそれを同時に見ていた。
『まだいます』
『いるわよ』
「(入っていいですか)」
『令状はあるのよ』
「(行きます)」
キーを回し、ドアを押していく。見るとチェーンがかかっている。
ワイヤーカッターを使って、チェーンを切ってしまう。
「林さん……」
声をかけつつも刑事はゆっくりと部屋に侵入していく。
洋風ではあるが、安いビジネスホテルとは違い、部屋がいくつか分かれているようだ。
刑事は林らしき男の影を見つける。
「(いました。さっきのJKが言ってたように椅子に座って眠ったように……)」
『分かった。今いく、それ以上近づくな』
有栖はLINKアプリで橋口にメッセージを入れる。
『カンナちゃん、私の代わりに部屋の外の見張りをお願い』
橋口は慌てて車のドアを開け、宿泊施設を回り込む。
有栖は廊下を通って、容疑者の部屋に走った。
無線から、妙な唸り声が聞こえてくる。
「耐えてくれ……」
走りながら、有栖はそう呟く。
部屋に着くと、香を焚いているのか、匂いが漂っている。
「柴田?」
有栖は運転をしていた刑事の名を呼びかける。
「柴田、大丈夫か?」
扉を入った部屋には誰もいない。奥だ、この先。有栖は慎重に回り込む。
「ヴヴッ……」
いない。声は……
有栖は咄嗟に足左右に百八十度開き床に伏せた。同時に爆裂音がする。柴田が後ろから発砲したのだ。
避けなければ頭を撃ち抜かれていた。
「ヴヴ」
「おい柴田、『ヴヴ』じゃない!」
有栖はのけぞると、トランプを投げた。
糸でもついているかのように、トランプは正確に飛び、柴田の額に張り付く。
柴田は固まったように動かない。
有栖は立ち上がって、力が入ったままの柴田の指を剥がし、拳銃を取り上げる。拳銃はそのまま有栖が左手で持った。
そして後ろから膝を蹴って、柴田を倒し床に転がしておく。
「ここに集まっている霊気が強いわ。柴田にも護摩札は渡しているのだけど……」
有栖は隣の部屋の扉を蹴り開けた。
テーブルに五芒星を描いた紙と呪術道具が置かれている。
男はテーブルに突っ伏していて、ピクリとも動かない。
「林正徳さん。貴方に逮捕状が出ています。条文を読み上げ…… 意識ないですね? 聞こえてます?」
部屋の床のあちこちで、塵が勢いよく集まって山になった。
塵の山はさらに大きく伸び上がると、今度は手足が形作られた。
「私、気が短いのよね」
有栖は拳銃を向け、引き金を引いた。
人型の塵の『心臓』を正確に撃ち抜く。
撃ち抜かれると、全身の塵が火薬だったかのように小さな炎となって消える。
一体、二体、三体…… 有栖は次々に撃っていった。
少しずつ、撃たれるまでに時間の差があるせいで、色や形が変わる。
奥にいた塵の山は、完全に変態を終えて人の姿になった。
牙を生やした、青白い肌の男。
「それって、ヴァンパイアか何かかしら」
言った瞬間に、引き金を引く。
青白い肌の男は一歩も動けないうちに、細かな炎となって消え去った。
「これ、希少な銀を使った弾丸だから、霊体には効果抜群なのよね」
次々と塵が山になっていくのを見て、有栖はいう。
「弾が尽きるとか、そんなのを期待してるなら大間違いだから」
連続した炸裂音が部屋に響く。
弾が尽きると、有栖はワンピースをたくし上げ、ふとももに着けている予備の弾倉を取り出す。
「こんな狭い部屋でうじゃうじゃ……」
再び裾をたくし上げるともう一つの銃を右手に持った。
「別に私、ニンテン◯ーの『野上』をやりたいわけじゃないけど」
左右の銃をバラバラに、時には同時に、自在に打ち込む。
火柱となって消えていく吸血鬼、いや吸血鬼になりかけの塵。
部屋の塵が、尽きたのか、塵が山になる動きが止まった。
「……」
有栖は急いで、五芒星の前で寝ている男に近づき、両手に手錠をつける。
「林? おい、起きろ」
改めて林の体に手で触れると、霊力が感じられない。林が呪っていたこの呪術によって、霊に魂を抜かれたのだ。この状態が続くと、肉体としての『林』生きていても、目覚めることはない。
どこかで一人、塵人間を撃ち漏らしているんだ。有栖は咄嗟にそう思った。塵人間が、どさくさに紛れて林の霊を抜き、逃げた可能性がある。
有栖は慌てて銃を一つ置き、その手で窓を開けて外を確認する。
見つけた橋口に言う。
「誰か出てこなかった?」
「そこに! 危ないんだケド!」
窓の外に、突然、塵から出来た青白い顔の男、ヴァンパアが現れた。
何も足場のない空間に浮いている。
「しまっ……」
有栖はヴァンパイア手を引かれて、窓から引きずり出された。
生身の人間がが、宙に浮けるはずもなく背中から落下する。
「有栖刑事!」
橋口は落ちていく有栖刑事をどうすることも出来なかった。
下の池に落ちて、水飛沫が上がる。
「有栖刑事!」
今、除霊できる人間は、自分しかいない。橋口は決断し、上着に隠し入れていた鞭に手をかける。
手にしたのは、今まで使っていた『バラ鞭』とは違う『一本鞭』だった。
初めて使う鞭に、不安が過ぎる。ここから届くだろうか、届いたとして効果があるだろうか。
有栖を落とした青白い顔の男が言った。
『お前も除霊士か』
真っ黒なマントを羽織った、ヴァンパイアの『テンプレ』のような格好だ。
そのまま宙を歩くように、橋口に近づいてくる。
もう一歩、もう一歩近づけ…… 橋口の鞭を持つ手が震える。
『!』
ヴァンパイアは何かを察知して、|空中で踵を返した(、、、、、、、、)。
「逃がさないんだケド!」
橋口は素早く鞭を振り放った。
宙を延びていく鞭。編み込んで作られている鞭には、細かく呪文が書き込まれている。
届けっ、と橋口は祈った。鞭の重さで腕が引っ張られていく。
ヒュッと軽い音がして、先端がヴァンパイアの足首に巻きついた。
『何だと』
ヴァンパイアを倒すには、首をはねるとか、心臓に杭を打つとか言われている。が、霊体である限り、除霊の効果があるはずだ。
橋口は鞭を握る手に気持ちを集中する。
「霊体撃滅!」
電撃のように輝くオーラが橋口の体から、鞭を伝う。
激しく胸を掻きむしるように暴れるヴァンパイア、だが、消え去る気配はない。
さらに橋口は力を注ぎ込む。
『消えたく…… ない』
もっと直接的に弱点を攻められないのか。橋口は苛立った。
その時、有栖が池で立ち上がった。
正面の橋口を見たまま、有栖は右手を真上にあげる。
「ラストシューティング」
銃の炸裂音がして、銀の弾丸がヴァンパイアを貫いた。
霧のように分解し、全ての粒子が同時に、小さく小さく燃え上がる。
人の形をした赤い炎が着いて、消えると、鞭の先端が落ちてきた。
「塵は塵に、灰は灰に帰すんだケド」
橋口は左手で十字を切った。
有栖刑事はそれを見ていう。
「私たちこんなに出鱈目に宗教を扱ってバチ当たらないのかしら」
しばらく見つめ合った後、二人は笑った。




