地縛
『ようやく元に戻れた』
新しいキツネは、膨らむように大きくなっていく。
キツネ本来の大きさではない。ライオンや虎のようなサイズだ。
『久々に食ってやるか』
「えっ?」
キツネは、何かを探して、地面に鼻を擦り付けるように進む。
探し当てたように頭を上げた。白い棒を咥えている。
「骨?」
キツネが麗子の方を向き『フウ』と大きな音を立てて口気を吐いた。
「ん!?」
麗子の周囲に、炎が上がった。
初めてみるが、これが狐火というやつか、と麗子は思った。赤いものもあれば、青白いものもあった。点いては、消え、点いては消える。
狐火は少しずつ、中心をずらしながら、麗子に近づいている。
こんな狐火、消してやる。麗子はそう思った。右手の人差し指をピンとたて、空をさした。
その指を水平に回すと、周囲の空気が渦を巻き始める。
狐火は麗子が回している方向に、なびき始める。
一つ、二つ、三つ、と狐火は消えていく。
それでも消えない狐火が、いくつか残った。
麗子は、むきになって指をより一層、激しく回した。
真白いキツネの口が、笑ったように歪んだ。
「しまった!」
残っていた狐火が、麗子の起こす渦でより一層燃え上がった。
狐火は回した指の通り輪を描いて繋がり、激しく燃え始める。
足を噛まれてそもそも逃げれなかったが、周囲を狐火に囲まれ、麗子は逃げ場を失った。
『お前は、たっぷり霊力を持っているからな、少しぐらい食っても死なんだろう』
このキツネをこのままにしては行けない。このままにしていたら誰かが犠牲になる。
麗子は精神を集中した。
指を組み替えながら呟く。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
キツネは霊弾を警戒してか、左右に飛び跳ねながら山道を下りてくる。
『大人しくなったな。食われる覚悟が決まったか』
川岸まで下りてきたキツネは、さらに加速して、ジャンプした。
唯一の逃げ場である頭上から攻撃するつもりだ。
麗子に向かって、大きく口を開いて落ちてくる。
食われる! 手足がその恐怖で動かなくなった。
キツネの開いた口が、麗子の頭に届く。
だが麗子の精神は、自らの恐怖心を抑え込んだ。
「えいっ!」
麗子の術が放たれる。
真っ白なキツネは、大きく口を開けたところで静止した。もう麗子の頭は口の中だ、閉じればいいだけなのに、動けないのだ。
同時に、麗子を中心にして、何かが弾けたように狐火が消し飛んだ。
麗子の真上、キツネのさらに上の、何もない空間が、丸い歪みを作って光り始めた。
光る円の内側は、星も見えない暗闇だった。空間に開いた穴だった。穴には何か力が働いている。
キツネの姿をした霊は、その力で『上に』落ちるかのように加速していく。麗子の解いた髪も、逆立つように上がっていた。
それが始まると同時に、キツネの動きを止めていた拘束が解ける。真っ白なキツネは、体の向きを変え、口で光の輪に噛みついた。もう一方は尻尾を巻きつけて、穴に吸い込まれないよう抵抗する。
だが、その空間の穴の吸引する力が激しすぎた。
歯を食いしばり、尻尾も手足も使うが、体が少しずつ穴にずれていく。
キツネは言った。
『待った、待った、取引しよう』
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
麗子はさらに力を加えようと、術を重ねる。
『やめてくれ、改心する。地縛れないなら、お前の曼荼羅を埋めよう。それならどうだ』
「……」
おじいちゃんの言葉が思い出される。
『入ってこようとする霊を見極めよ』
「なら、何か、私に従うという証を見せて」
『分かった、分かった、分かったからこれを止めてくれ』
「まだ吸い込まれていない。余裕はあるはずでしょ」
麗子は組み替える指を止めない。
『そこの岸にお前の友達がいる、さっきの猟師に撃たれそうになって滝壺に飛び込んだ』
滝の方向に、光の柱が立ち、山崎と水谷の姿が浮かび上がる。
『それと、後ろをみろ、教師がくる』
川下の方に光の柱が二本立ち上がり、松木先生と内田先生の姿が映像のように見えた。
『助かる。必ず助かるから。それと、足の怪我も治してやる』
白いキツネから、光の粉のようなものが注がれ、足の痛みが消えていった。
「分かった。しばらくはお試しってことで。裏切ったら、いつでも除霊するから、覚悟して」
麗子は手を払った。
すると空間に空いていた穴が塞がり、光っていた輪が消えた。
「私の曼荼羅に収まりなさい」
麗子は立ち上がり、浮いている白い狐に両手を伸ばすと、キツネが細かな光となり振り注いだ。
目を閉じると、曼荼羅が見えた。
右上の普賢菩薩の位置に、白いキツネが重なるように描かれ、キツネが消えて菩薩の姿になった。
「ふぅ……」
不思議と雨と雷が止んでいた。
麗子が晴れた夜空を見上げると、沢山の星が見える。
そこにおじいちゃんの笑顔が見えた気がした。




