バイトの依頼
事務所の小さい会議室で、麗子と橋口は朝の出来事を説明した。
永江所長自らが聴取を行った。
所長は目が悪く、室内でもサングラスをしている。短い髪は綺麗に後ろに撫でつけられていた。
「けど有栖の言った通りよ。人命が優先だから、事務所の仕事ならともかく、学校で何かあった場合は慎重に」
「なんで事務所の仕事はいいんですか?」
「バイト契約書に『自己責任』って一筆もらっているからよ」
これはブラックバイトだ。麗子は思った。確かに除霊士の仕事を間近で見れるし、お金ももらえて実務経験として受験資格を満たせるし、試験のサポートもしてくれる。除霊士を目指すにはこの上ないバイトなのだが。
「嘘よ。あなたたちに頼むときに処理できそうか、こっちで判断してからやっているから大丈夫なの。けど、今朝の出来事のような、突発的なものは予想が付かないからね。問題が発生した時、待つべきか、進むべきかを判断するには場数を踏むこと、つまり『経験』が必要なの。有栖はあなた達にそれが『ない』って言いたいんじゃないしら」
橋口はむくれる。
「そりゃ警察の霊能課と比べられたら経験はないんだケド」
所長の口元は笑っている。
「あなた達才能あるわよ。それは間違いない。だから後は、質の良い経験を積むこと」
「はい」
麗子がそう返事をすると、所長は紙をテーブルに広げた。
「早速なんだけど、今日の仕事ね」
所長から説明が始まった。
企業案件で、除霊の仕事だった。最近、企業スキャンダルを連発している住建の『OKホーム』だった。社長の除霊をすることが目的になる。社長は会長の息子で、近年、企業経営がうまくいっていなかった。心配した会長が、息子の能力を高めるために降霊を頼んだのだが、どうやら社長はその降霊師から質の悪い霊を付けられたという話なのだ。
「社長なら、結構な金額をいただけるんですよね? 永江事務所は歩合制でしたよね?」
「残念ながら、それほど頂けないのよ。さっきも言ったでしょう。経営がうまく行っていないって」
橋口が依頼の内容を書いた紙を片手で持って読んでいると、言った。
「こういうのって、ワザと悪い霊を降霊しておいて、じゃあ除霊してやるってところまでセットだと思ってたんだケド」
「法外な価格をつけて、ね」
所長は微笑んだまま、言った。
「……そこはあなた達で考えてちょうだい」
そう言って立ち去ろうとするところを、麗子は呼び止める。
「あの、すみません。さっきのタクシー代の件なんですけど」
「無理無理。そういうの通勤とかの経費で落ちないから」
「さっき話したような事情だったんです」
「ダメ。絶対ダメ」
所長の笑っていた口元がキリッと引き締まり、会議室を出て行った。
唖然とする麗子は、知らんぷりして立ち上がるかんなの手をとって言った。
「かんな、半分払ってよ」
「麗子が経費で落ちるっていうから乗ったんでしょ。落ちなかった時は麗子が丸かぶりになるに決まってるんだケド」
「はぁ…… 今回の依頼で取り返すしかないね」
特殊技能を必要とするバイトなので、高校生のバイトとしては時間単価が非常に高い。
一件で料金を取っていることもある。そういう場合は、短時間で終了させればさせただけ短ければ短いだけ時間単価としては上がることになる。
麗子とかんなは仕事のために、事務所のロッカーで着替えを始めた。家庭内の除霊などは、学校の制服の方が都合の良い場合もあるが、今回のような企業案件ではスーツに着替えていた。
「今回みたいな日中のビジネス系の仕事が一番楽で、一番もうかるんだケド」
「……えっ、かんな、今の『ケド』はどういう意味の『ケド』なの」
「私の『ケド』は口癖なんだケド」
訊くだけ無駄だった、と麗子は思った。そして、もう一度依頼の紙を読み返した。うん。やっぱり、大したことはない。会長の息子である社長に憑いた霊を落とせば良いだけだ。こう言う悪質降霊師の案件は、変な霊がついて被害者に『ぜひ落としたい』と思わせることが目的なので、憑いていると厄介だが、除霊すること自体まで厄介だったり、難しかったりする霊であることは少ないのだ。
「……」
「どうした麗子? もう出かけるんだケド」
「うん。行こう。速攻で終わらせよう」