事後の処理
警察が事件を処理するため、しばらくの間バス止まったままにされた。
麗子と橋口、刃物を握ってしまった一年生以外は、大雑把な状況が分かった時点で解放され、別のバスで宝泉院へ向かった。
「君たち、ものすごい危険なことをしたって分かってる?」
警察の説教が繰り返されていた。
「……」
初めは言葉を出して謝っていた麗子もついに黙って俯くだけになってしまった。
橋口の方をチラッと見て小声で言った。
「(しつこいんだよね。この人)」
「(いつまでここで話聞かないといけないんだろ)」
「こら、人の話を聞いているのか?」
二人は、聞こえないように小さくため息をついて俯いた。
説教を繰り返していた警官が、バスの外を見て言った。
「おっ、来た来た。あれが霊能課の刑事だな」
そうか。麗子は思った。霊能課の人にこの状況を見せて終わるんだ。鑑識の人が回収したり記録しただけだと、霊的な状況が時間の経過と共に変化してしまう場合がある。しっかり霊能課の人間がきて、その当時の霊的状況を記録する必要があるのだ。
「霊能課の有栖です」
「金髪!」
と、麗子と橋口が指さしてしまう。
刑事なので、私服だった。私服はバフスリーブのブルーのワンピースと白いエプロン。白いエプロンは後ろで大きく蝶々結びしていて可愛い。
どうやら刃物を握ってしまった一年生に何か『残って』いないか確認しているようだった。
「(何あれ。ロリロリなんだケド)」
と、橋口が麗子に耳打ちする。
「(不思議の国のアリスの服じゃない)」
「(刑事にしちゃ、目立ち過ぎ何だケド)」
霊能課の刑事は一年生の頭を撫でた。一年生は、頭を下げてから迎えに来ていた母の元に行った。こんなことがあったのだ、今日は学校をお休みするのだろう。
刑事は、麗子達の会話に気づいて、指を差した。
「そこ。警察に対しての批判はやめてくれるかな」
「(警察に対しての批判じゃなくて、個人的なTPOの問題だよね……)」
などと、橋口が麗子に話し続けていると二人のところに、その『不思議の国のアリス』がやってきた。
「君たち、除霊士の勉強をしているって聞いたけど。どこの事務所?」
除霊士は学科試験があるが、受験に際し実務経験が必要となる。だから、大抵の場合、除霊事務所や除霊業務をしている会社などに勤めたり、バイトをしたりして実務を積むのだった。
「……そんなの言わなくても良い個人情報なんだケド」
「別にいいじゃない。私も、かんなも、永江除霊事務所です」
橋口がむくれる。
「なんで言っちゃうの」
「永江除霊事務所。有名ね。ブラック勤務で」
「社員の熱意が高いんです」
「まあ、そんなの『ただの噂』なんだケド」
霊能課の刑事は訊いておきながら、二人の話など興味がないとばかりに、手袋をし、凶器となった包丁を手にとって眺めている。
「生霊だったのかしら」
「はぁ? もうそっちの包丁は麗子が『祓った』んだケド」
橋口は驚いていた。
麗子が九字の印を切った時、一年生が持っていた包丁から、霊気が抜けていくのを橋口は、はっきり見ていたのだ。警察の除霊課の人とは言え、しっかり祓われた包丁から、そこまで分かるものだろうか。
「祓っても、わかる人にはわかるのよ」
霊能課の刑事は二人の顔を交互に見つめ、言った。
「じゃあ、また事件があるかもしれないわね」
「それまでには捕まえとくから、とかではないんですか?」
「あいにく、私は自信過剰などこかの女子高生とは違うの」
「別に私は自信過剰じゃ」
霊能課の有栖はパン、と両手を合わせた。
麗子と橋口は、ビクッとして姿勢を正した。
「さっきから説教されてたことに対して、反省はないの?」
「……」
有栖は腰に手を当て、胸を反り気味にし、ムッとした顔をして立っていた。
「今回は除霊出来たから良かった。出来なかったら、あの娘が怪我をしていた、もしくは命を落としていたのよ。霊と対話して、時間を稼ぎ、我々警察の到着を待つのが正しい行動。あなたは自信過剰で半端な除霊事務所のバイト!」
「すみません」
「永江事務所にはこっちから言っとく」
クルッと振り返ると、ワンピースのペチコートがチラリと見える。
麗子達が一瞬、カワイイと思うと、再び有栖は振り返った。
「そうだ。直接名前を聞いてなかった。私は有栖アリス」
「アリス・アリス?」
「いつも名前を説明するときに困るのよね。有栖が苗字でアリスが名前」
有栖が麗子の方に手のひらを差し出す。
「学校の校章が描かれているリボンで髪を留めている、そちら」
「冴島麗子です」
「レイコちゃんね。おぼえとく」
同じようにかんなの方に差し出す。
「橋口かんな、なんだケド」
「了解。こっちがカンナちゃん」
そう言って有栖刑事は頭に手を当て『記憶しました』という仕草をした。
それから両手を腰に当てると、顔を突き出すように体を曲げた。
「もう危ない橋は渡らない。危ない橋は資格を取ってからにしてちょうだい。また会うかもしれないから、私のことも覚えといてね。じゃあ」
再び背を向けると、わざと腰を振っているように歩き始める。エプロンを結んでいる背中の蝶々結びが、歩く度、ゆらゆら揺れる。
大勢の警察官の中を歩く有栖の姿は、一際目立つものだった。
「めちゃ見られてるんだケド」
「……」
橋口は麗子の浮かない顔を見て言う。
「気にしてるの?」
「とりあえず、学校に行こうか」
麗子と橋口が学校に着くと、同じように学校側から麗子達への事情聴取が行われた。
朝の事件の影響で、麗子達の学年の授業はほとんど自習となっていて、どのみち教室にいてもやることはなかったのだが。
「ふぅ。話し疲れたんだケド」
「全く同じことを、入れ替わり立ち替わり聞き返して」
「しかも、全員があの中一の娘の心配してんだケド」
ようやく聴取が終わり、学校から帰ろうとしていた。
外に出ると、学校のバス待ちのロータリーは混雑していた。
どうやら今朝の事件のせいで、お迎えの車が来ている生徒が大勢いるためらしかった。
バス自体も、乗り降りを警備の人が監視するらしく、少しずつ乗るため、学校の内側でバス待ちの列が出来ていた。
「だめだ。どうしよ」
「今朝の話、今日の内に事務所にしないとまずいよね」
「そっか。ならタクシー使おう」
「えっ? 今日、そんなに持ち合わせないんだケド」
「着いたら、事務所の人に払ってもらおう」
「絶対無理だと思うケド」
「電話で聞いたら絶対ダメだって言うよ。もう無理矢理行くんだよ」
麗子は笑って学校を出ていく。
「やめようよ」
麗子は通りに出ると手を振ってタクシーを止める。
「Tヒルズまで」
タクシーの運転手は、ルームミラーで麗子をジロジロと確認する。
体を見られている。そんな気がした。
「あの、道分からなければ、指示しますけど」
「……大丈夫です」
麗子は少し、嫌な予感がした。
タクシーはかなり特異な空間だ。全く見知らぬ他人同士が狭い空間に閉じ込められる。
行先は運転手の良心に委ねられている。いや、そんなに大袈裟なものではないが、どういう運転手かは分からない状態で、乗り込むのだから賭けのような部分はある。バスも同じようなものだが、バスは空間も広いし目立つ、そして乗客が少数ではないことが救いだ。
タクシーは順調に走行し、Tヒルズについた。
車回しにタクシーが入って、停車する。
「事務所の人呼ぶってったって、どうするの?」
「……」
麗子は自分の手をポン、と叩いた。
「そうか領収書を持っていって精算すればいいんだわ」
「千七百円になります」
「領収書をください」
タクシーの運転手は、やはり麗子をじっと見ていた。首元、胸、腰、太もも。その視線にゾッとした。降りようと座席を横に移動したときに、急にドアが閉じる。
「おっと、失礼」
「……」
まさか、私だけ乗せて、再び走り出そうとした? 麗子は鞄を体に引き寄せた。
再びドアは開き、麗子はタクシーを降りた。