散策
バスが施設につき、全員が一旦部屋に入った。
班の構成が五、六人なのに対し、部屋は四人ずつだった。
だから班とは別で部屋に入ることになる。麗子達はたまたま列車と同じメンバーで構成されていた。
部屋に荷物をおいて、散策ができる格好に着替えて食堂に集合することになっている。
麗子が部屋に入った時、まだ誰も来ていなかった。
「すごい、景色良い。こんな部屋にあたったの初めて」
この施設は一番高い建物で二階だった。
一階はからでは周囲の木々が高すぎて、湖も山も見えない。
過去の自然教室でもここにくるのだが、麗子は初めて二階になったのだ。
「おー、最高の眺めなんだケド」
橋口がやってきて、麗子が立っている窓にやってきた。
「一度だけ二階だったことがあるけど、全日天気悪くて」
「中三の時だよね」
「確か雨が酷すぎて、どこも出れなかったんだケド」
扉は開いているのだが、ノックの音がすると山崎が入ってきた。
「君たち『ユリユリ』してるのかにゃ?」
麗子と橋口の二人が振り返った格好でいるところを、山崎が写真に撮った。
すると後ろから水谷もやってきた。
「どお、二階からの眺めって」
麗子は聞き返した。
「優香も二階初めて?」
「うん…… うわぁ、やっぱりこうでなきゃね」
「私も感動しちゃった」
「ねぇ、三脚あるからみんな窓に立って写真撮ろう」
山崎がカメラをセットして色々露出の設定をして、カメラのセルフタイマーをセットした。
写真を撮った後、山崎が写りをチェックした。
「OKね」
「さあ、着替えて食堂に行こう」
麗子は着替え始めてから、訊ねた。
「みんなルートどこ? こっちの班は施設周辺の道を歩くことになっちゃった」
「麗子、この前は湖でサイクリングだって言ってたのに」
「急遽変わったのよ」
すると山崎が言った。
「私達は例の牧場のソフトクリーム食べにいく」
水谷も同じ班なので、山崎の話に頷いた。
橋口が着替えながら、オールを漕ぐ動きをして見せる。
「うちは湖でボート遊びなんだケド」
「いいなぁ。サイクリングでもボートでもなんでもいいから、湖に行きたかったな」
「まあ、まあ、班の決定なんだから」
「うん……」
着替え終わると、別棟になっている食堂へ集合した。
各自トレイを持って流れながら食事を取っていく。
座る場所は、長い机が三列に並べられていて、班員が固まって座るように班の番号と座り方が書かれたプレートおいてあった。
麗子達が席についた頃には、もう七割ほど人が埋まっていた。
麗子は班の座席の端に座り、全員の着席を待った。
全員の食事が始まると、一気に騒がしくなった。
食事を終えたものからトレイを片付けて元の席に戻ってくる。トレイが綺麗に片付けられると、教師が説明を始める。
説明は常識的なことを確認するだけで、興味が湧く話はなかった。
「……それでは各班、午後の散策に出発してください」
村地が、班員から虫除けスプレーを借りて手足の出ているところにかけまくった。
「これで虫がきたらそれはもう事故だと思って諦めて」
麗子達の班が歩く道は、殆ど木々に囲まれ、麓の様子も、山の様子も、湖も見えるところがなかった。
同じ高さの道を選んで歩くので、自然とそうなってしまう。
歩いていると、木の上を動くものを見つけた。
「なにっ!」
村地が大きな声をあげる。
班員が言う。
「どうしたの」
「なんかいた!」
立ち止まり、皆んなで木の上を見つめる。
「こんくらいの」
村地が手で大きさを示す。十センチ前後だろうか。
「リスかな?」
「けど、尻尾がリスじゃなかった」
「じゃ、ネズミかな」
少し間があって、誰も発言しないところで麗子が言う。
「あれ、ヤマネだと思うけど。背中に黒い線のような毛があったし」
「ヤマネェ〜ってやつ? そう言っている奴は、田中か」
「ちょっと何言っているか分からない。それより、麗子。ヤマネってなによ」
「あんたたち、自然教室何回来てるのよ」
「そんなの習ったっけ?」
「スマフォがあればすぐ映像を見せられるんだけどな」
「部屋にパソコンあるから、戻ったら調べればいいでしょ」
「そうだね」
「また歩いていれば見れるよ」
麗子が言うと、村地が怖がった。
「か、噛みつかないよね」
「こっちがなにもしなければね」
「なにもしないよ」
「さあ、行こう。目的地の写真が必要なんだから」
また歩いていると、村地が木々の中に光る目を見つけて騒ぐ。
「何かいる。目がピカって。ヤバいって」
村地は麗子に抱きついてきた。
「目が光ったように見えたんでしょ。イタチか、キツネか、ハクビシンとかかな?」
別の班員が言った。
「全部夜行性でしょ、こんな昼から行動しているわけないって」
「完全に昼寝てるってわけでもないけど」
麗子が言うと村地は怖がってしまう。
「やだ、怖い」
「大丈夫だよ。ヤマネと同じで、こっちが何かしなきゃなにもしてこないって」
「手を繋いで」
「……別にいいけど」
そこから先、麗子は村地と手を繋いで歩くことになった。
しばらくはヤマネなど、小動物が走り回っているのを見て、村地も他の班員も写真を撮ったりして楽しんでいた。
しかし、木々の枝葉が混み、次第に道が暗くなってくると前に進む勢いも削がれてきた。
時折、唸るような声も聞こえてくる。キツネだろうか。茂った草木の中で目が光るのが見えた。
「!」
麗子の霊感が危険を知らせている。
村地が言う。
「一匹だけじゃない。複数いる」
「キツネとかって、群れたりしないって。お互いの領域に入ったら喧嘩になるって」
「じゃあ、複数いるってことは狼?」
「……」
姿を見てないから、否定はできない。ただ唸り声からすると狼ではないだろう。麗子は集中して感覚を研ぎ澄ませる。
「怖いよ」
村地が後ろからしがみついてきた。身動きが取れなくなる。麗子は村地の指を剥がすように引っ張る。
「ちょっと、身動き取れなくなるから」
「やだ、怖いよ」
麗子は、村地の顔を強く手で押して、引き剥がす。
「班長をお願い」
他の四人に村地を任せ、麗子は潜んでいる動物を探す。
単に人間に入られたから威嚇しているのではない。周囲から感じる霊力がそれを裏付けている。この周りにいるキツネは、何かに操られている。今歩いてきた辺りでは感じなかったが、どこか近所に強い霊場があるのだろう。そこで霊に侵入され、操られたに違いない。
「ねぇ、麗子! こっちにキツネが出てきた!」
村地を囲んだまま走り出そうとする班員を制して、言う。
「動かないで、返って刺激してしまうわ」
麗子がゆっくりと出てきたキツネの方に周り、対峙する。
前傾姿勢で、キツネはすぐにでも飛び掛かってきそうだった。
班員達には、茶色の毛をした一般的なキツネに見えた。麗子は、キツネの出す霊波が、体を包むように広がっているのが見える。
単なるキツネではない。山の主のようなものか、あるいは……
『出ていけ。人間は出ていけ。狩場から出ていけ』
麗子に直接話しかけてきた。テレパシーとでも言うものなのだろうか。麗子は何度も経験していたので、驚かなかった。
「狩場?」
麗子が反芻すると、班員が不思議な顔で麗子を見つめる。誰も『狩場』などと言っていない。麗子だけ何かに気づいたのだろうか。何かの考えだろうか。班員は不安を声にする。
「ちょっと麗子、何言ってるの」
「まさかキツネに化かされてるんじゃない?」
「麗子ってば」
麗子は手を開いて、班員達にかざすように向ける。
班員達は、口だけがパクパク動くが、声が出なくなっていた。
『いいか警告だ。人間は狩場から出ていけ。二度と入ってくるな』
麗子が何も言い返せないでいると、キツネはフッと向きを変えると消え去った。
「えっ?」
「助かった!」
「帰って行った」
「もう戻ろうよ。ここ、ヤバいよ」
班員が元来た道を戻り始めるのを見ながら、麗子は狐の去っていった方向を見つめた。
これが『カア吉』の予告した危険なことなのだろうか…… それとも関係ないのか。
班員に名前を呼ばれ、麗子は施設の方へ歩き始めた。




