父の形見
麗子達は特別列車に乗り込み、自然教室へと出発していた。
座席をボックス状に組み直し、山崎と橋口、麗子が固まって座っていた。
「良かったね。アメリカンポリスだけじゃなくて」
「やめてよ麗子。その単語聞きたくないんだケド」
初日、二日目、三日目と全て別の服を着るつもりで服を用意していた橋口は、初日と三日目を同じ服にすることでアメリカンポリスを着ることを回避することができそうだった。
「やっぱり、余興でアメリカンポリス着てよ」
「弘恵もふざけすぎなんだケド」
「さっきから言ってる、そのアメリカンポリスってなんのこと」
「優香、そうだよね。ごめんごめん、実はね……」
麗子達のボックス席にはもう一人、水谷優香が座っていた。
水谷は水球部で、麗子と同じくらいの背丈だったが、全体に筋肉と脂肪がついてふっくらした体をしていた。
学校のプールだけでは練習が足りないため、屋外のプールで練習するらしく、肌は綺麗な小麦色をしていた。
水谷の横、通路側に座っている橋口が、ムッとして言った。
「麗子、余計なことを広めなくていいんだケド」
麗子の横の通路側に座っている山崎が言う。
「優香だけ会話に入れないから可哀想よ」
「他の人に聞こえないように言うから」
優香と麗子は対面で座っていたので、席から腰を上げて顔を近づけなければならなかった。
「(えっとね、カクカクシカジカ……)」
変態社長に呼び出されたバイトの話から、今日間違えてリュックにその衣装を入れてきてしまったことまでの流れを話した。
話の途中、途中で小ネタを入れる度、水谷がクスクス笑った。
説明が終わった時、列車がカーブに入り、大きく揺れた。
水谷は体幹がしっかりしていて、かなり不自然な体勢だったにもかかわらずふらつかなかった。
「わっ!」
麗子は不意の揺れに耐えきれず、水谷に抱きついた。
「ご、ごめん」
そもそも耳打ちするために顔を近づけていた二人は、抱きついた為にゼロ距離になった。
「……」
日焼けでその場の誰も気づかなかったが、水谷は顔を真っ赤にしていた。
「いいよ。なんともないから」
麗子は抱きついたまま、水谷の体を触り始めた。
「すごいね。いい体してるね。脂肪も筋肉もバランス良くついてて」
「えっ、イイ体って……」
水谷の目が泳いでいた。
「ザ・水球選手って感じよ」
山崎が立ち上がる。
「どれどれ、私にも抱かせてごらん」
麗子が引いて、山崎が水谷を抱きしめる。
背筋や、上腕部分、脇腹、お尻に至るまで触りまくる。
「うむ。よい体しとるの」
最後に、ポンポン、と頭を叩くと、二人は席に座った。
「この席は変態ばっかりなんだケド」
「アメリカンポリスは変態じゃないのかにゃ?」
山崎がまた例の単語を使ってしまった。そのせいで橋口がムッとした顔になる。
麗子は話を逸らそうと、窓の外を見て言った。
「ほら、川が流れてる!」
実際、本当に綺麗だった。
他の座席でも同じような声が上がっている。
山崎がカメラを取り出し構えた。スマフォは特定の時間帯以外取り出して使うことは禁じられていた。だが、自然教室の時は、カメラの機能だけを持った機械の携帯や使用が許可されていたのだ。
他の座席でもカメラで写真を撮っている。
「ほら、写真撮ろう、みんな窓際に寄って」
最初は三人で、次に四人で、カメラを麗子が持って残りの三人を撮った。
山崎のカメラを手にした時、麗子は感じるものがあった。
遺品だ。おそらく広江の父…… だろう。
「すごい良いカメラだね」
「ああ、これね。父の形見なの」
「……なんか、ごめん」
「良いのよ。もうだいぶ前の話だから。このカメラで、いっぱい私やママのこと撮ってくれたの。だからこれから私が見るものを撮って、パパに見せてあげようと思ってるんだ」
そうか山崎の優しくて、大人な対応は、弘恵の父親が守護する様に心にいるからなのかも知れない。麗子は思った。直接的に守護霊や背後霊のように、はっきりとした霊的存在でなくても、思い出や心の中に故人は存在し続ける。それが人を導いたり、生き方に影響を与えたりするのだ。
「そうだね。きっとお父さんも喜ぶと思うよ」
車窓は、川の流れではなく、並走する国道に変わる。
ふと見たその窓の景色に麗子はハッとした。
「カァ吉だ」
「?」
橋口が窓の外を確認する。
少し離れた大きな鉄塔にカラスが一羽止まっていた。
「ああ、あのカラスのこと? もしかしてK駅の近くにいたカラス?」
「うん。けど、なんでこんなところに」
窓の外の国道を走る車から、麗子は気味の悪い視線を感じた。
「……」
「麗子? 麗子。何があったのかはっきり説明して欲しいんだケド」
麗子は車両のデッキ側を指さした。
「ちょっとそっちに出て。そこで話そう」
「えっ、何、何があったの?」
「ごめん、心配ないから。ちょっとかんなと話してくる」
そう言ってボックス席から車両のデッキ部分にでた。
「カラスが教えに来てた」
「また悪いことなのね」
「そうね。あと、ターミナル駅でも感じた変な視線を、今そこの国道を走る車からも感じた」
「やだ。この自然教室の間に何かあるってこと?」
「所長も言ってたし。もうだいぶ確率が高くなってきたのかも」
橋口は少し震えた。自分で自身を抱きしめるように腕を回す。
「落ち着け私、落ち着け、って感じなんだケド」
「そうよ。焦っても仕方ないからね。ただ、開き直って、のんびりしてると足元を掬われる。警戒は解いちゃいけない。それだけは言える」
「わかった」
「後、皆んなを脅かさないでね」
「そんなの百も承知ってヤツなんだケド」
そう言うと橋口は腰に手を当てて胸を反らした。
「よかった」




