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スクールバス

 K駅から宝仙院女子高等学校までは一キロ半ほど離れていた。

 他に最寄りの駅がないため、ほとんどの学生はこのK駅を降りて同じ道を通ることになる。

 宝仙院は幼稚舎から大学まであり、それらの敷地も隣接している為、K駅から宝仙院までは往復のバスが出ていた。通学する生徒が歩道を独占し、近隣住民の邪魔にならない様にということでもある。

 バスは幼稚舎、小学校、中学高校、大学と職員の四つに分類され、それぞれ待合場所が設けられていた。

 今朝も何度もバスが宝仙院とK駅の間を往復していた。

 宝仙院女子高等学校に通う二年生冴島(さえじま)麗子(れいこ)は、K駅にあるチェーンの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

 そこから駅近くの木々の様子を眺めている。

 彼女は学校の制服を着ていて、宝仙院の生徒であることが丸わかりだった。

 長い髪は、学校校章が描かれたリボンを使って、後ろで一括りにしている。髪を全て後ろに引っ張るのではなく、前髪と触覚(ネットで調べたが『触角』じゃないのか?)で可愛く見せようとしていた。

 麗子がたまたま、窓ガラスに映る自分の髪を見て整えていると、麗子の正面の窓ガラスを、トントン、と叩く者がいた。

「何やってんの。朝っぱらから堂々と校則に違反して」

 話しかけてきたのは、同級生の『橋口かんな』だった。

 確かに校則では行き帰りに寄り道してはいけないことになっている。けれど、高校ともなれば喫茶店に入るぐらい、誰だってしているだろう。麗子は窓の外の橋口に向かって怒った感じの『変顔』をして見せた。

 麗子が座面の高い椅子(スツール)に座っていたとはいえ、橋口の顔は窓の低い位置に見えた。

 橋口は背が低かったが、胸は学年一大きかった。だが、胸が大きいと、学校の制服ではどうしてもお腹まで出て見えてしまう。橋口は背が低い以外、プロポーションは最高だったが、制服せいでその良さは一つも出ていなかった。

 麗子はどうやって橋口に答えるかを考えた。この分厚い窓ガラス越しに声が聞こえるぐらいなのだから、相当大きい声で言っているな、と考えた。こっちは室内だから、大きな声を上げれば周りに迷惑がかかる。麗子はLINKアプリを起動してメッセージを返した。

『この近くのカラスが、巣を壊されたって鳴いてるのよ』

 ガラス越しに顔は見えているものの、橋口も今度はLINKアプリで返信した。

『何かの予兆ってこと?』

『おそらくね。だから、ここでかんなを待っていたってわけ』

 そう書くと同時に、麗子はコーヒーを片付けて店を出た。

 一緒に歩き始めると、橋口が訊ねてきた。

「そろそろ起こるっていうこと?」

「うん。けど、起こってほしくない……」

 橋口と麗子は中学・高校用のバスの待合所に並んだ。

 バスがやってきて、列の先頭から次々に乗り込んだ。

 宝仙院を行き来する専用のバスとはいえ、中は普通の路線バスと同じ椅子の配列をしていた。

 橋口がいつものように奥の席に進もうとすると、麗子が袖を引っ張って止めた。

「立ってましょう」

「……」

 橋口は黙って頷いた。

 制服の女子学生が端から座っていき、奥から埋まってくる。

「先輩、よろしければ座ってください」

 立っている橋口と麗子を見て席を譲ろうとする中学生がいた。

 宝仙院の中学、高校は同じ制服なのだが、学年カラーがあって、入った時の色を持ったまま学年を移っていく。その色は体操着や上履き、制服のリボンに使われている為、学生同士であれば上下関係が見た瞬間に分かってしまう。

「ありがとう。けれど遠慮しておくわ。私達が立っているのは理由(わけ)があって」

「どういう理由ですか」

 麗子はまさか理由を訊かれるとは思っていなかった。

 橋口を肘でつつく。

「(かんな、何か理由を考えてよ)」

「(なんでよ。あんたが考えるべき答えなんだケド)」

 橋口に突っ返されて、麗子は意地悪なことを考えついた。

「ほら、友達のシェイプアップのために付き合ってるのよ」

 後輩は手で顔を隠しながら、微笑んだ。

 橋口は怒って麗子を睨む。

「何、その理由。私、別にシェイプアップなんてしなくても良いんだケド」

「(ごめん)」

 ブザーがなってバスの扉が閉まる。

『はい、出発します』

「!」

 閉まりかけの扉から侵入してきた男。運転手は慌てて扉を開ける。

「閉めろ」

 刃物を運転手に突きつける。先の尖った刺身包丁だ。

 麗子は手を伸ばし、静かに前方の生徒を後ろに送る。

 バスの運転手が一呼吸置いて、問い合わせる。

「このバスは宝仙院女子中学と高校への……」

 男は刃物を更に近づける。

「わかってる! こいつら、毎朝毎朝、俺の事、ジロジロみて、バカにしやがった」

 バス内の生徒は、騒ぎ出さない。変質者慣れしているわけでは無い。麗子が静かにするように指示しているのだ。

「さっさと車を出せ。宝仙院女子にバスを回せ」

 運転手はサイドブレーキを引くような仕草で、緊急通報のボタンに手をかける。

「まて、なんだその指の先にあるのは」

「サイドブレーキです。かかっていると出発出来ませんので」

 運転手は慌てて普通のサイドブレーキの操作をして、シフトレバーをローに入れる。

「では、出発します」

 運転手はバスを動かした。バスはロータリーを回って行く。

 普段よりゆっくり、バスの様子がわかるように、スピードを抑えていた。

 外にいる何人かが、バス内の異常に気づいて、驚いた表情を見せる。

 駅には交番がある。外にいる彼らが連絡すれば、すぐに警察が来てくれるだろう。運転手の狙いはそこにあった。

 更に大通りに出る時に、行先表示の機械に手をかける。

「ちょっと待て。行先掲示で緊急事態を表示できるって聞いたことがある」

「……手癖のようなもので、別にそのような目的ではないです」

「妙なまねするなよ」

 男は車内に向き直った。

「やけに静かじゃねぇか。声も出ねぇ…… って訳じゃなさそうだな」

 男からバス内の生徒を守るように、橋口と麗子は、立ち塞がっていた。

「どうやら最初に死にたいらしいな」

 両手の包丁を、歯を上にして持ち直した。

「死ねっ!」

 男は、両方の手を同時に麗子の腹に向けて突き出した。

 麗子は包丁を背中側から、つまり下から持ち上げるように指で摘んで止めた。

 もう一方の手に持っている包丁は、橋口が持っていたバラ鞭が振り下ろされ、絡まって止まった。

「何っ」

 右手の麗子の指につままれている包丁も、橋口のバラ鞭に絡まった包丁も、ビクとも動かない。

 橋口や麗子が特に大柄だったというわけではない。刃物を持った男も、標準的な成人の体格だった。

 つまり、包丁が動かないのは、何か『特別な力』が働いているのだ。

「お前ら霊能者だな」

 男が言った通りだった。

 橋口と麗子は国家資格の除霊士を取る為、学校の勉強以外に資格取得のための勉強をしていたのだ。

「やっぱりバカにしてやがるな、殺してやる、殺してやる、本当に殺してやるぞぉ!!」

 男は叫んだ。それが引き金となった訳ではないが、バスが揺れた。

 バスの前の歩道に、駅へ急ぐ小学生が飛び出したせいだった。

 大きく前、そして後に揺れた。最初は離さなかった指も、急に逆方向に働いた力に耐えきれなかった。

 橋口と麗子が尻餅をついてしまう。が、男は倒れることなく、持ち堪えてしまった。

「死ね。毎朝毎朝バカにした罰だ」

 男は刃物を振り上げる。

 麗子は立ち上がり、両手を交差するように構え、踏み込んだ。

 踏み込んだため、麗子の腕は刃物を避け、腕をブロックした。

 男はそのまま麗子に突き立てようと力を入れる。

 麗子も押し返す。

 その時、橋口のバラ鞭が男の腕を叩いた。

 痛みに耐えかねて、左の刃物を落としてしまう。

「ありがとう!」

 麗子は男の腕を取って、ねじあげた。

 持っていた刃物が床に落ちると、麗子は刃物を前方に蹴り出した。

「痛い痛い痛い」

 男は腕の痛みを和らげようと膝をついてしまう。

 麗子は膝で背中を突くと、男は気を失った。

 橋口は鞄からタオルを取り出して、男の腕を後ろで縛った。

「これで、警察に引き渡せばお終い……」

「?」

 橋口が麗子を振り返り、引き攣ったような表情を浮かべる。

 麗子は表情を読み、警戒しながらも、素早く後ろを振り返る。

 一人の生徒が、男が持ち込んだ刃物を拾って自らの喉に突き立てていた。

 自らの手による意図しない行動に、怯え、涙を浮かべる生徒。

 その()の制服のリボンの色から、中学一年生だと分かる。

 周囲の生徒たちまで騒ぎ始めた。

「……」

 自分を襲ってくるよりタチが悪い。麗子は考えた。この刃物に呪いがかかっている。早く呪いを解放しないと、何かの拍子にバスが揺れてもこの()が怪我をするかもしれない、扱いを間違えれば命を危険に晒してしまう。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」

 唱えながら、指を組み変えていく。

 一つ、一つ、と組み替える度、一年生が握りしめている刃物から蒸気のようにオーラが抜けていく。

 最後の印を結び、そのまま両手を押し出すように前に突き出すと、一年生は持っていた刃物を落とした。

 麗子は素早く刃物を回収する。

「運転手さん、全員無事です」

 バスは急停止した後、そのままハザードを出して道の端に止まっていた。

「そうか! よかった」

 ドンドン、とバスの扉を叩く音がする。

 見ると、K駅の交番から警官が来ていた。

 運転手がサイドの大きな扉を開けると、警察官が言った。

「何があった? 大丈夫か」

「ええ。この通り」




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