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私の恋は前世から!  作者: 黒鉦サクヤ
第二章
13/24

003

 廃太子ご一行様たちがやってきてから数日後、ヴィルヘルム様が私の元を訪れていた。

 今の時期は魔獣たちや隣国も大人しくしているとのことで、だいぶ自由が利くのだとか。それでちょくちょく私の元を訪れてくれるのは嬉しいのだけれど、山男の風貌ではなくきっちりとした姿でやってくるので、私も気合いを入れなければならない。自分の支度もそうだけれども、主に精神面を強化し気合いを入れないと倒れてしまいそうだった。ヴィルヘルム様の格好良い姿に未だに慣れずにいる私が悪い。たまに顔を覗かせる可愛いところも好きだけれど、格好良いのは特に心臓に悪い。

 私が年下で前世を含め恋愛経験皆無のお子様なのもあるだろうけれど、時たま見せる大人の色気がすごいのもいけない。全開で来られたら完敗だと思う。

 そんな大人なヴィルヘルム様の隣に立てるとまではいかなくても、少しでも追いつきたいと考え、今は辺境伯領の領地運営についても詳しく勉強している。

 努力するのは苦ではなかった。前世で思うように体が動かなくて、できることが少なかったという反動もあるのかもしれない。今は努力してできることがあるなら、なんでもやってみようと思ってしまう。


「それにしても、ここに押しかけてきたなんて」

「なんとなく、なんとかしろ、ってやって来るような気はしてたんです」


 それが言い渡されてからきっかり2日後とは思いませんでしたけれど、と告げれば苦笑される。そんな顔も素敵だ。

 ヴィルヘルム様の今日の服装は、腰辺りまである黒のコートに美しい刺繍が施されたものが目を引く華やかなものだった。そういった華美な服を着こなしているところはさすがだと思うのだけれど、山男のような姿とのギャップに悶えてしまう。


「しかし、あの従兄弟殿は懲りないんだな。この間の婚約式での騒動のあと、妃殿下から拳も交えた雷が落ちたらしいと母が言っていたんだが。それだけ絞られても駄目だったか。救いようがないな」

「まあ、妃殿下が……。気落ちされていないと良いのだけれど」

「母がたびたび鬱憤晴らしに付き合っているようだから大丈夫だと思うが。諸々落ち着いたら、妃殿下には母に会いに来る名目でお越しいただき、お目にかかれば良いんじゃないか?」


 私が妃殿下のことを心配しているのに気付いて、優しい提案をしてくれた。妃殿下から私は本当に多くのことを教わったので、ずっと今どうされているのか気になっていたのだ。


「ありがとうございます。でも、よろしいのですか? 妃殿下をお迎えするとなると色々と大変なことが……」

「ああ、よく母に愚痴を言いに――まあ、問題ない」


 顔を見合わせて笑って、私は紅茶に手を伸ばす。今日もレラの入れてくれた紅茶は美味しい。

 そうだ、と私はヴィルヘルム様に尋ねる。


「ヴィルヘルム様はイーナ嬢と話したときに何か感じたりしませんでしたか」

「不快感はあったがそれ以外は特に」

「そうでしたか。それならばよろしいのですけれど……確信はないのですが、イーナ嬢は魅了かなんらかの力で男性を虜にしてしまうのではないかと思っているのです。彼女と出会ってからヨエル様たちの性格や行動が、目に見えておかしくなり始めたので」

「ああ、それならばおそらく俺には効かないな」


 ヴィルヘルム様はとても良い笑顔で告げる。


「母の血筋に呪術に強い者がいたようで、体質的にそういった精神系のものを無効化するらしい」

「よかった!」


 私は安堵の溜め息を吐き、胸の前で両手を握りしめる。ヴィルヘルム様にはイーナ嬢のなにかよく分からない力は効かないのだ。そのことに安心する。ヴィルヘルム様が無理矢理どうこうされることがないのならば良い。


「もしかして、あの時不安そうな表情をしていたのはそのせいか」

「それは!」


 違います、と言いかけたけれど、そう告げたところでもう気付かれているのだから遅い。私は渋々頷いた。するとヴィルヘルム様はとても嬉しそうに笑う。イケメンの笑顔は心臓に悪い。ときめいてしまう。さらに告げられた言葉に、私は顔を赤くする。


「そうか。あの者に心を動かされるようなことは、今後もまったくないだろうから安心して良い」

「は、はい」

「あの二人との話を早く切り上げようとしたのもそれだったか」


 くつくつと笑うヴィルヘルム様はご機嫌で、私はその目の前で頬を染めて俯いた。とてもじゃないけれど、ご機嫌な分、表情がいつもよりも麗しいヴィルヘルム様を直視できない。そんな理由から顔は上げられないけれど、私は掠れる声で呟く。


「私、ヴィルヘルム様だけは、イーナ嬢にとられたくなかったんです」


 色々と頑張ってきてようやく心の底から欲しいと思っていたものに手が届いた。それなのに、それを不正な手段で取り上げられたくなかった。

 白くなるほど握りしめていた両手を、ヴィルヘルム様の温かな手が包み込む。その瞬間、強ばっていた体から力が抜けた。


「それは嬉しいな。だが、そういうことなら用心するに越したことはない。何もないことが一番だが、二度も押しかけてきた者たちだ。安心はできない。国王陛下も精神攻撃無効化のアイテムを身につけていたから大丈夫だったんだろう。同じものを俺の周りにも付けさせておこう。それと、こちらにも必要数贈るから、あとで数を教えてくれ」

「こちらの分までよろしいのですか?」

「もちろんだ。国王陛下が身につけているのと同じものを用意できる。効果は実証済みだしな」


 確かに国王陛下はイーナ嬢の言いなりにはならなかったけれど。

 私の婚約者は本当に頼もしい。私も負けないくらい、役に立つようになりたい。


「私の取り越し苦労なら良いんですけれど」

「だが、あの者たちはしぶとそうだったからな。何もなければ無いで良いが、少し気にかけておこう。それに備えておけば、すぐに対応できる」


 辺境伯領は常に危険と隣り合わせだから、そういった考えになるのだろう。本当に何も起きなければ良いと願う。

 その後は互いの領地の話をしながら、ヴィルヘルム様と和やかな一時を過ごしたのだった。

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