girl's side4 西園寺 陽菜
今回で最後となります。
なかなか投稿出来ず申し訳ありませんでした。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
西園寺家・・・日本三大名家の一つ、その起源は平安時代まで遡り、表裏の様々な方面で日本を支えてきた実績と歴史を持つ由緒正しき家系である。
そんな名家に生まれた人間に求められるのは優秀だとかそういう生優しいものじゃない。完璧、文武に限らず作法や対人能力は当然のこと、容姿なんてものも求められる。だから、もし生まれた時点で醜い容姿と判断されたならば即座に失格者の烙印を押され、西園寺に居場所は無くなる。
常識で考えれば、そんなことは許されない。しかし、西園寺を裁くことができる人間などこの国には存在しない。故に今日までこの頭のおかしい一家は日本の支配者として君臨している。
っとまあ、西園寺について説明はこの辺にしておこうかな。西園寺の裏なんて語り出したらキリがないし、それに私にとってはどうでもいいことなんだから。
なぜって? それは私が生まれながらに完璧な存在で、西園寺の評価基準を大きく越えていたから。容姿端麗、文武両道、淑女に相応しい振る舞いと他者を完璧に支配する力、それら全てを合わせ持ち、あらゆる分野において他の追随を許すことなく圧倒的な成果を上げてきた。
そんな私を西園寺が手放す訳もなく、誰よりも大切に育てられた。三人姉妹の中でもかなり特別な扱いを受けていたと思う。
だから私にとってはそこまで悪い家って訳でもなかったんだよね。多少制限はあるけれど、それに見合うメリットもある。権力者の家系とはそういうものだと私は理解していた。
それに同じ境遇に立たされている黎、今は黎斗って名乗ってるんだっけ? 彼女に比べれば私にかかる制限は軽いものだと思う。一生自分の性別を偽り続け、言葉遣いや仕草、服装、自分の好みさえ他人に強制される。それは果たして自分の人生だと言えるのだろうか。
今にして思えば、昔から彼女を気にかけていたのは同情の意味が大きかったんだと思う。同い年で同じ三大名家の生まれ、にも関わらず比較的自由に生きてきた私と何もかも制限されて生きてきた彼女、その差に私は思うところがあったのだと思う。
黎と初めて会った時のことを今でも覚えている。いつも目を伏せ、俯き、何かを求めるでもなくただ周りの言う通りに動く人形、それが私が彼女にもった最初の印象。私が話しかけた時も一々他に意見を求めて、まるで自分の意思がどこにもないかのようであった。
そんな彼女のことを初めは鬱陶しく思った。話すという簡単なことさえも他人に指図されなければ出来ないのかと、強制を受け入れるどころか、強制されることに依存している。そういう人間を私はあまり好ましく思っていない。自分から自分を捨てることは自分に対する最大の侮辱であり、そういう人間の一生は大抵つまらないもので終わる。
きっと彼女の人生もそんな他人に支配されるだけのつまらないものなのだと私は彼女の目を見て直感した。そして彼女と実際に交流を重ねてその直感は間違いではないと理解できた。
そしてそれと同時にもう一つ分かったことがある。
それは私と彼女がとても似ているということ。
彼女の世界は無色透明、自分では黒にも白にもそれ以外にもなれない透明人間。そして私の世界もまた無色透明、何もかもを手にすることができるがために、全てに対して熱を持つことができない、なにもかもがつまらない。何かに満たされたことがない。
・・・・・きっと私は人生を楽しめていない。
ははっ、私も人のことをどうにか言える立場じゃなかったってことだね。
傲慢な考えかも知れないけれど、私は全てを合わせ持つが故に何もないのだと分かってしまった。
きっと私と黎は同じ位置に立っている。
私たちは同じ、同い年で、同じ境遇、そして同じ苦しみを抱えている。そう思うとなんだか黎に対して持っていた印象は私の中でガラリと変わった。
黎は私の仲間なのだと思っていた。
高校に上がってしばらく経ったあの時までは・・・・・。
◇◇◇◇
私と黎は日本でも有数の進学校であり、多くの権力者の子息、令嬢が集まる名門校として知られている『天野ヶ丘学院』に入学した。
この学院は私たちの父親、西園寺と月宮の当主様の母校であり、私たちがそこに入学することは確定事項ではあったけれど、同じ学校に入学出来たことは素直に嬉しかった。クラスは離れてしまったけれど、そんなことは些細なことに思えた。
学院に入学しても私が満たされることは無く、いつも通りの退屈な日常が待っていた。日本中の権力者が集まると聞いて少し期待していたけれどどれもこれも大したことのない人間ばかり、言動や態度はデカいくせに中身が伴っていない連中とそんな連中に媚びへつらう連中、特別試験を経て入学を果たしたという優秀な一般人枠の人達には多少良さげな人もいたけれど、私が満足できるような人はいなかった。
高校でも退屈な日々が続くのだと落胆し、それから私はただ日々を何となく浪費していた。
そんな時だった。
「・・・・・何、あれ?」
とある日の昼休み、とても天気が良くて心地よかったことを覚えている。私の目に映ってきたのは、笑い合う二人の姿。
黎だ。あの黎だ。一瞬誰なのか分からなかったけれど、あの黎なのだ。いつも下を向き誰かの後ろに隠れ、笑顔のひとつも見せなかった彼女なのだ。
私が誰だか分からなくなったのも当然のことだ。何故ならあのような黎は見たことがない。誰かと一緒にいるということも驚きだが、それ以上にあの屈託のない笑顔が衝撃的だった。何故あのように普通の少女が浮かべるような純粋な笑顔をあの子が? そんな考えが頭に浮かんだ。
それは友達のようでもあり、けれどそれだけじゃ表現としては足りないと思ってしまうほどに仲睦まじい様子だった。
私の知る今までの黎はそこにはもういなかった。
「黎と・・・あれは・・・」
黎の隣にいる男の子、その姿には見覚えがあった。確か黎と同じクラスの特別入学生で名前は空峰 大翔。学年内で何やら良くない噂を立てられている人物であり、その噂を広めたのが彼にもっとも近い位置にいた二人だという特殊な状況に身を置かれている生徒だ。詳しくは知らないが特に女生徒からの評判が悪く、学院内のほとんどが彼に悪いイメージを持っているだろう。
「彼が黎を変えたっていうの?」
だとするなら彼の噂は全くのデタラメということになる。女性の敵のような男に黎が心を開くとは思えないからだ。彼女を覆う氷を溶かし、その心に触れることが出来た唯一の存在、私と同じだった少女を解き放った存在、それだけで私が惹かれる理由は十分だった。
「彼を知りたい、彼に触れたい、彼と一緒にいてみたい」
生まれて初めて溢れ出したこの感情に私は何かが変わる、そんな予感を感じていた。
◇◇◇◇
彼、空峰大翔と接触してから三ヶ月が経過した。
その三ヶ月間何があったかというと、一言では言い表せないくらいにたくさんの出来事があった。
例えば昼食を一緒するようになったら、彼のことをヒロと呼ぶようになったり、放課後一緒に帰って寄り道をしたり、流れで部活に参加することになって色々な所に出掛けることになったり・・・・・っと、言い出したらキリがなくなってしまうほどに濃密な時間を過ごした。
その中でいくつか分かったことがある。一つ目は黎と彼の関係、近くで見ていて気づいたのだけれど、どうやらヒロは黎のことを男だと思って接しているようなのだ。
もちろん、黎自身が男として振る舞い、学籍上も男とされているから他の生徒達がそう思うのは当然だけれども、ヒロに限って言えば気づかない方がおかしいのだ。
何故なら黎自身がヒロに対しては純粋な少女として接しているからだ。もちろん表面上の体裁は守っているが、内面の部分は素の彼女であると言ってもいい。だというのにヒロは全く黎の真の姿に気づいていないのだ。
二つ目は彼の悪い噂広めた二人、朱音真美と香住葉月の真の目的について。これはヒロのそばにいたから分かったというよりもヒロと彼女達の今までの関係と彼女達の裏の顔を少し調べたことでそれに辿り着けたと言った方がいいかも知れない。
朱音真美は異常なまでの妄想家であり、それゆえに現実での大切なものを蔑ろにしていた。
まあ、彼女からすれば小さい時からすでに持っていたのだから彼は自分の隣いて当然のことであり、それがどれだけ特別であるのかを分かっていなかったのだろう。
言ってしまえば王子様が初めからそばにいるような状態で始まってしまったのだ。だから彼女が思い描くような物語なんて始まるわけがない、何故ならもう彼女の物語はハッピーエンドだったのだから。
きっと彼女はそのことに気づかず、失って初めて気づくのだろう。何と哀れな女なのだと可哀想になってしまうくらいだ。全部自業自得なんだけれどね。まあとにかく自分が主人公になること、それが朱音真美の目的だった。
香住葉月はある意味、朱音真美よりもタチが悪いものだった。
彼女は幼少期からの孤独な人生をヒロの手によって変えられ、ヒロに依存するようになってしまった。何をするにもヒロを中心に考え、それ以外の一切を排除する。
それだけでも十分ヤバいんだけど、彼女はそこからさらに壊れてしまう。ヒロにはすでに意中の女性がいると分かった途端に彼女はヒロに対して愛憎とでも言えばいいのだろうか、そのような感情を抱くようになる。自分を裏切ったことへの憎悪とそれ以上の愛情、相反する二つの感情は混ざり合って、溶け合って、最悪の形でヒロに注がれることになる。
ヒロに消えない傷を負わせ自分という存在を刻みつける、そして同時に救いの手を差し伸べてヒロを自分という色で塗りつぶす。依存する側から依存される側になること、それが香住葉月の目的。
三つ目はヒロ自身について。彼と言葉を交わし、その内側を覗こうとするたびに思うのだけれど彼はなんだか不思議なのだ。
掴みどころがない、という表現が的確かは分からないが会話の主導権が常に私にあるにも関わらず、何故か私の方が彼のペースに巻き込まれてしまう。私が揺さぶりをかけた時でも逆に私が揺さぶられてしまうといったことが多々ある。
生まれてこの方、誰かにペースを握られたことのなかった私にとってはより一層不思議な気分にさらされてしまった。
会話以外にも彼の態度も今までの人達とは違っていた。西園寺の息女という肩書きを持つ私には誰もが一歩引いて媚びへつらうように近づいてきた。こちらの様子を伺いながら、とにかく気に入られようと必死に私を持ち上げていた。私はそんな奴らが一番嫌いだったわけだけれど、彼は違った。
彼は初めて会った時から一貫してその態度や言葉遣いは変わらず、まるで普通の女の子を相手にしているかのようにフランクな接し方をしてきた。
もしかして彼は西園寺家のことを知らないのかな、っと思ってしまうくらいに彼は私に対して良い意味でも悪い意味でも普通だった。まあ、この学院に入学している時点で知らないってことはあり得ないと思うけど。
とにかく彼と一緒にいると今までに感じたことのない感覚と感情を持つことが出来る。そしてこの一ヶ月の間、私は退屈とは無縁の時間を過ごしていた。
何もかもが新鮮で新しいものばかりで世界がカラフルに色づいていくのを感じていた。そして何より彼との時間があまりにも暖かくて、優しくて、溶けてしまうかのような甘い時間が私の中の暗く冷たい部分を確実に変えているのを感じた。
黎もきっと、こんな想いだったのかな?
誰とも繋がることが出来ず、誰からも理解されず、孤独という氷の中に閉じ籠った私達。
そしてその氷を溶かし、手を引いてくれる彼。
それだけで理由は十分だった。
「あははっ、何この気持ち。・・・嘘でしょ?」
心臓がこれでもかというくらいポンプして、鼓動がうるさいくらい聞こえる。
頬の辺りが妙に火照って、紅く染まるのが分かる。
頭の中が彼のことでいっぱいになって思考がまとまらない。多分今の私は今まで出会ったどんな人よりも馬鹿になっていると思う。
「はぁー、これは完全にやられちゃってるなー」
知識としては知っている、この感情が何なのか。けれどまさか自分がこれを経験するとは思わなかったな。
だってそうでしょ、 私は西園寺陽菜ちゃんだよ? ルックス、頭脳、身体能力、全てを持っているパーフェクトヒロインな私が惚れられることはあっても惚れることがあるなんて思わないじゃない。
だけど、この高鳴りが答えだ。素直に認めなければならない。・・・・・私は彼に恋をしているんだと。
「だったら、やることはひとつだよね」
恋だというのならやるべきことは一つ、それは好きな相手を自分のものにすることだ。そしてこの気持ちが本物なのかどうかを確かめる。
そのためにヒロを落とす。私の持つ全てを使ってでも。
この決意の日から、私、西園寺陽菜の生まれて初めての挑戦が始まった。
◇◇◇◇
あれからさらに三ヶ月が経過した。
今私がどこにいるのかと言うと、そうヒロの家にいる。
何故って? それは私が合鍵を持っているからだよ? 何で合鍵を私が持っているのかって? もちろん、ヒロ自身から貰ったのだ。ヒロが高熱を出して倒れた時にね、私が一日中付き添って看病をしてんだけどその時のヒロはとても弱っていたの。
多分、溜まりに溜まったストレスが一気に吹き出してしまったんだと思う。あの二人からの執拗な嫌がらせと罵倒、一つ一つは大したことなくてもそれが積み重なればやがて大きな塊となって押し潰されることになる。それが大切な人からだとすると余計にね。
そんな時に彼は私に合鍵を渡してくれた。彼は看病してくれたお礼にとそれをくれたのだが、本当に渡したい相手は私ではないとすぐに分かった。
彼の目は私を見ているようで見ていない。多分、ぽっかり空いた心の穴を私で埋めようとしていたんだと思う。結構屈辱だった。
けどまあ、その時は合鍵を貰った喜びでそれどころじゃなかったんだけどね。そんなこんなで私はヒロの家に自由に入ることが出来るようになったんだけれど、もちろん無断で入ったりはしない。
ちゃんと一言断りを入れてから入るようにしている。たまに無視されるけど。
ただ、確実に距離は縮まっていると思う。彼の中で私は当初の友達の友達から、友達くらいにはランクアップしているんじゃないだろうか。
そうやって考えるだけで嬉しくなってしまう。まるで恋する乙女のようだなと我ながらおかしくて笑ってしまう。
っと、自分語りはこれくらいにして現実に話を戻そう。帰ってきた彼は私がいたことにはぁ、とため息をつく。それでも満更でもないところを見ると、そこまで嫌がっていないことがわかる。その点に安堵しつつも彼の様子が少しおかしいことに私はすぐに気づいた。
目の当たりが少し赤くなっているし、なんだか疲れた顔をしている。そして明らかに心が疲弊していることに私は気づいた。
「何があったの?」
そう切り出しヒロに問いかけると、少しの間悩み込んだ後に、今日起こった出来事を私に話してくれた。
それを聞いて私はついにかという感想を抱いた。内容はやはりあの二人のことであり、明確に拒絶されたというものだった。
こうなることは分かりきっていたことだけど、相当堪えたみたいだね。まあ、ヒロからしたら今まで大切にしてきた人から拒絶されたのだから無理もない。これがもし自分に起こったのならと想像するとその悲痛さが垣間見える。
けれど、この拒絶は彼にとっても悪いものではない。あの二人はハッキリ言って害悪だ。百害あって一利なし、それを体現したような存在、だからこそ私は何も手を出さなかった。
事前に手を打って防ぐことも出来たけれど、彼のためには傷を負ってもらってでも二人と距離を取って欲しかった。
まあ、それだけじゃないけれどね。
半年、彼と一緒にいたのだ。いい加減分かった。
彼が私のことを全く見ていないってことに。
視線の先にはいつもあの二人がいたってことにね。
なんとも恵まれた環境だなとちょっと嫉妬してしまうくらいに彼を独占していたその二人が勝手にいなくなってくれた。
こっちの理由の方が大きかったかも知れない。
だから今なんだ。今ここで伝える。
私の本当の気持ちを。
きっと彼は私がどれだけ彼を想い、見つめていたのかをカケラも知らないだろう。でも、それでいい。
ここからなんだ。私達の恋愛は。
私は自分の気持ちを伝えた。ストレートに伝えるのは無理だったからちょっと変化球気味に。
そうしたら案の定、彼は私の想いに気づいておらず、それを理由に断った。
うーん、やっぱりそうなるかー。覚悟していたことだけどちょっとショックだなぁ。
まあ、でもここからだよね。
やっとスタートラインを辿り着いたのだ。
「俺を惚れさせるのは至難の業だと思うぞ、陽菜」
前向きに気持ちを切り替える私に彼は初めて名前を呼び、私をさらに燃え上がらせる。
黎には悪いけど、待ってなんてあげないよ。だってもうこの恋は私自身でもどうにもならないほどに前だけを見ているのだから。
「ふふっ、むしろ望むところだよ。絶対惚れさせてやるんだから!!」
私は心の底からの本心を彼にぶつける。そしてもう一つ、彼に願うように伝えた。
「だから私達のことも、ちゃんと見ていてね」
自然と溢れる笑顔とともにそう伝える。
彼の目に映る私はきっと、ただの少女のような屈託のない笑顔を浮かべているのだろうと思った。
最後の一人、西園寺陽菜のお話になりました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!