girl's side3 ? 月宮 黎斗
更新遅くなってしまい申し訳ありません。
窓の外が紅く染まった4時頃の教室、私と彼の二人っきりで言葉を交わす時間が私にとって一番好きな時間だ。
この時間を私は何よりも大切にしている。
クラスメイトとこうして交流することはほとんど無かったから初めは戸惑ったりもしたけれど、今では緊張することもなく、ありのままの自分で話すことが出来ているし、ただ友達として言葉を交わしてくれる人は私にとってとても貴重なことだから、そういう会話は心の底から大切にしたいとも思っている。
元々人付き合いが苦手だった私は誰かと話す時、中々言葉が出てこないことがあり、大抵の人はそれにイライラしたり、不快に思ったりして、だんだん話しかけてくれなくなっていた。
私自身もそう思われることが怖くなってしまい、積極的に他人と関わることをしなくなった。元の性格と相待って私はどんどん暗くなって、ついにはどう他人と接していたかも分からなくなってしまった。
中学でも友達と呼べる存在は1人も居らず、唯一まともに話すことが出来る陽菜ちゃんも友達と呼べるような関係ではなかった。月宮と西園寺という家柄が私たちにそれを許さなかったのだ。
周りの楽しげな様子を眺めては自分の状況と比較して、自己嫌悪に陥る。そしてそんな自分がさらに嫌いになる。その繰り返し。それを思い出すだけで顔が曇ってしまう。
「・・・・・どうかしたか?」
私の表情を見て心配してくれたのかな? こういう風に人の機微にすぐに察することが出来るのも彼の魅力の一つだ。
「・・・ううん。何でもないよ」
私がそう答えると彼はそっかと一言だけ言って深く追求してくることはなかった。
その彼の対応にまた私の心が揺さぶられてしまう。人には他人と共有したい悩みと他人に触れられたくない悩みがある。一つ目は他人に相談したりすることで解決したり、気が楽になったりするけれど、二つ目は他人に触れられると余計に傷ついたり、嫌な気分になってしまう。そして厄介なことにこの二つ分別は人によって違うし、それぞれに対する適切な対応ができる人はとても少ないと思う。人の心に真に繊細になれる人など滅多にいないのだ。
けれどそれが出来るのが彼、空峰 大翔くんなのだ。人に寄り添い、自分と相手の距離を見て、その相手が自分に何を求めているのかを常に考えている。
だからこそ私は彼に心を開くことが出来たのだ。誰からも相手にされず、誰とも繋がりを持たなかった私が唯一繋がれたクラスメイト、多くの人達と繋がりを持つことの出来る私にとって憧れの存在。
だったのだけれど・・・・・
「いや、お前眺めてると改めて思ったわ。マジでかっこいいし、優しいし、俺がもし女だったら間違いなく惚れてるなってさ」
ヒロくんから投げつけられた回避不能の爆弾発言。その爆弾は見事に私に命中し、大ダメージを受けてしまう。
「ええ!? そ、そんなこと・・・いきなり言われても困るっていうか、その心の準備が・・・」
頭の中が真っ白になって考えが纏まらない。心拍数はどんどん上がって心臓が今にも飛び出てしまいそうだ。思わず声も震えてしまう。
まさか、ヒロくん私のこと・・・・・
「冗談だよ、冗談。そんなうろたえるなよ、こっちが恥ずかしくなるだろ」
「え・・・? あっと、冗談? ああ、冗談かー。・・・・・そっか」
上げて落とされるとはまさにこのことかと私は先ほどまでのドキドキの時間から一転して地の底に落ちた様な感覚に襲われる。本気になってた自分がなんだかどうしようもなく恥ずかしくなって来た。
やっぱりヒロくんは人の気持ちに鈍感かもしれない。うん、きっとそうに違いない。全然繊細でも寄り添ってもなかったよ。
「もう!!変な冗談は止めてよ!! 本気で驚いちゃったじゃん!!」
あーちょっとイライラしてきちゃったな。ここは一度ちゃんと言った方がいいよね。ヒロくんにも反省してもらわないと私の受けた辱めと釣り合わないよ。
ヒロくんに注意しようと前のめりになって口調を強くするとヒロくんは少したじろいでそそくさと話題を変えようとする。
これは彼のいつものやつだと私はすぐに察する。彼は私が注意モードに入るとすぐに話題を変えようとする。きっと彼の中で私への対策として確立されているんだろう。私が気づいていないとでも思っているのだろうか?
まぁでも、こういう余裕のないヒロくんもあまり見られない貴重なものだしここはヒロくんに乗せられてあげるよ。なんだか私がヒロくんの手綱を握ってるみたいでちょっとドキドキしちゃうな。
ヒロくんの望む通りに話題を元々私がヒロくんに話しておきたかったことへ戻して、私はあの二人、朱音さんと香住さんのことを話し始めた。
あの二人は最近、私から見ても分かるくらい何か様子がおかしい。朱音さんも香住さんもヒロくんと長い付き合いでとても仲がいいとクラスメイト達も言っていたけれど、最近はヒロくんに対して酷い態度を取ったり、悪口を言ったり、全くの嘘の噂を流したりしている。それに朱音さんはヒロくんという彼氏がいるにも関わらず、男である私に対して過度なスキンシップをとってくる。正直に言ってしまうと気持ち悪いくらいだ。
それで私は明らかにおかしくなっている二人とヒロくんの間に何かあったのではないかとヒロくんに探りを入れることにしたのだ。もし、二人と何かトラブルがあったのなら解決のために力になれることがあるのではないかと。もしかしたらこの話をすることでヒロくんを深く傷つけてしまうかもしれないけれど、二人の態度は日が経つにつれ酷くなっている。このまま放っておいたらもっと酷いことになってしまうかも知れない。だから私は話した。ヒロくんもそうされることを望んでいると信じて。
「悪いけど、この件に俺から何か言うことは出来ない」
二人の名前を聞いてもっと取り乱すかと思っていたけれど、予想に反してヒロくんはとても落ち着いていた。そしてヒロくんから返ってきた答えは私の予想とは大きく異なったものだった。
「え・・・? 何で?」
思わずそう口に出してしまう。あの二人はヒロくんにとって特別な存在であることは私にも分かっていた。それは少し嫉妬してしまうくらい私の入り込む余地の無いものであったはずだ。だからこそ私は動揺を隠せないでいた。
そこから語られたのは私の知らない所で起こっていた二人とヒロくんとのやり取り、信じてきた人たちに裏切られたというあまりにも残酷な真実だった。
私はそのあまりにも酷い二人からの仕打ちに怒りが込み上げてきてしまい、自分でも驚いてしまうくらい大きな声を荒上げてしまう。
外に発散しなければ爆発してしまうのではないかと思えるくらいの怒り、第三者の私でもこうなのだからヒロくんは一体どれだけの苦しみを植え付けられたのか、それを考えると余計に怒りが込み上げてくる。そしてその苦しみに耐えている彼を見るだけで心が軋み、締め付けられる。
私の頬にはいつの間にか涙が流れていた。それを見たヒロくんは私の頭を撫でてありがとうと言ってくれた。
自分のために涙を流してくれてありがとうと、本当は苦しくてそれが少し楽になったと感謝の気持ちを伝えてくれて、頭を撫でてくれた。
私は彼の大きな手がまるで私の全てを包んでくれているような感覚を感じ、先程までの荒上げた状態から自然と落ち着いていた。
彼と一緒にいることは私にとって、やはり特別なんだと思う。だってこんなにも心が安らいで、ざわついて、上がって、下がって、沈んで、浮かんで、とても高揚している。
それはまさしく恋と言っていいのではないだろうか。
目の前で優しく、でもどこか寂しそうに笑う彼。
あなたに恋をしていると伝えたら一体どんな顔をするのかな? きっと驚くだろうね。
だって・・・・・
私の本当の性別すら未だにわからないままなんだから。
月宮家の事情で男として生活しているからクラスメイトや他の人が私を男だと思うのは当然のこと、むしろ絶対にバレないだけの対策を取ってる。だけどね、ヒロくんには特別にヒントをあげてるんだよ?
たとえば言葉遣い、あなたの前だけなんだよ? 私って言ってるのは。他の人の前や、二人きりじゃない時には私は一人称を僕にしている。男を装っているのだから当然のことだし、どっちも聞いていたら普通は気づくものじゃない?
他にもいろいろヒントを散りばめてきたけれど、一向に気づく様子もなく、今日まで彼は私を男と認識して接している。
やっぱり相当鈍感だ。全然ダメダメだった。全然人の気持ちに寄り添ってない。
まあ、でも今まではあの二人のことばっかり気にしてたから仕方ない所もあるし、これからだよね。
私が女だと明かした時、きっと今の関係は粉々に砕け散ってもう戻れなくなる。
だったらもう少しだけ、この関係を続けていたい。
近すぎず遠すぎずのもどかしくて暖かい、この距離を。
今回は3人目、月宮黎斗のお話でした。
最後の一人の話も出来るだけすぐに出しますのでこれからもよろしくお願いします。