girl's side2 香住 葉月
二つ目のお話になります。
私はいつも一人だった。私の学校生活は常に一人で完結するものだった。
朝は一人で登校して、授業を受ける、休憩時間は席で一人本と向き合い、昼休みは一人でお弁当を食べる、学校が終わると帰りは誰よりも早く下校する。
それが私の日常だった。私の日常は他の人から見れば寂しいものだったかもしれないけれど、私は寂しいと思ったことは無かったし、他人と一緒にいることは私にとっては苦痛でしか無かったから一人でいるのは楽だった。
それに一人の時間は私に色々な恩恵を与えてくれる。他の人が遊んでいる時にも私は一人で自分を磨き続けた。いっぱい本を読んで、いっぱい勉強して、テストでも常にトップの成績を取ってきた。小説もたくさん読めるし、誰にも邪魔されない静かな時間を過ごすことも出来る。
だから私は自分の人生を悲観したことは無かった。例え他のみんなから疎まれ、クラスから浮いた存在になっているとしても・・・・・私は自分を変えることが出来なかった。
これが私なんだと私自身が納得し、このまま生きていこうと思っていた時だった。
彼が私の前に現れたのは・・・・・
いつも誰かと一緒にいて、いつも楽しげに笑っている、私とは対極の存在。
一人で殻に閉じこもっていた私を引っ張り出してくれた。私がどれだけ振りほどこうとしても決してその手を離さず、私のそばにいてくれた。
そんな彼と私は出会った。
◇◇◇
彼と出会ったのは中学校の2年生の時だった。
きっかけはクラス委員決め、私は自分自身の評価のためにクラス委員に立候補した。クラス委員という役職の性質上、最低限他人と関わることは必須ではあるから正直気は進まないけれど、私が進学を希望している高校は内申を重視している傾向があるからクラス委員や生徒会などの役職に就いておいた方が断然有利になる。本当は生徒会に入れたらもっと良かったのだけれど、私が立候補した所で票を集まられる気はまるでしないし、そもそも後見人を引き受けてくれる友達がいないから立候補自体が不可能であるためそちらの方は諦めた。
クラス委員の方も他の誰かが立候補した場合は諦めるつもりだったが、幸い他の立候補者はいなく、私はクラス委員になることが出来た。
私は無事クラス委員になれたことが出来て心の中で安堵したが、もう一つの問題にすぐさま直面することになる。
それは男子の方のクラス委員は誰かという問題。同じ役職に就く以上、他の誰よりも多く関わることになるだろう。もし私と相性の悪い人がなってしまったらと考えるだけで憂鬱になってしまう。まあ、私も人のことをどうこう言える立場では無いけれど・・・
そんなことを考えているうちに男子のクラス委員も決まったようだ。どうやら立候補者は現れず、推薦によって決まったらしい。クラスの男子達がやたらと盛り上がっている。
「よーし、それじゃあクラス委員は前に出て一言ずつ何か言えー」
担任に促され、私と男子のクラス委員の二人は教壇に立たされる。
「っ・・・・・」
私は思わず唇を噛みしめる。目線を前に向けることが出来ない。
人前に立つ事がほとんどない私にとって、この状況はキツいものがある。クラス中の視線が私たちに集まり、私たちの言葉を待っていると思うと視界がぼやけ、鼓動が早まってしまう。
は、早く、何か言わないと・・・・・そう思って私は口を開こうとするが身体が言うことを聞かない。それどころか身体が震えて始めてしまう。
やっぱり私にはクラス委員なんて無理だったんだ、そう思った時、
「宣誓ー!」
私の頭が真っ白のなる中、彼は右手を上げ、胸を張ってそう言った。
「えー、俺 空峰 大翔と」
そこまで言うと彼は私に目線を移し、口角を上げる。それだけで彼が何を言いたいのかが伝わってきた。
「わ、私 香住 葉月は」
私も彼に続くように左手を上げる。
「クラス委員シップにのっとり、正々堂々職務を全うすることを誓います!」
彼はそう言い切った後、クラス中から笑いと拍手が飛び出した。クラス委員としての初めての仕事はどうやら上手くいったようだ。
彼は緊張で動けなくなっていた私に気づいて、私を助けてくれたのだろうか? それともただ単に私を巻き込んだだけだったのだろうか?
真相は私には分からない。でも、少しだけ彼に対する警戒心や緊張が和らいだ事だけが私の中で事実として残っていた。
◇◇◇
私と空峰くんは同じクラス委員として交流を重ねていった。
最初の一ヶ月くらいはまともに話すことができなかったけれど最近になってようやく少しは話せるようになった。
長い間、人との関わりを断ち切ってきた私にとって彼との交流は何もかもが新鮮で、全てが輝いて見えた。
彼と一緒にいると楽しい。これからもずっと彼と一緒にいたい、そう思い始めていた時だった。
私がそのことを知ったのは・・・・・
「え?・・・彼女?」
夏の林間学校のためのしおりを私と空峰くんの二人で作成している時に、唐突にその事実は告げられた。
「うん、隣のクラスの女の子で朱音 真美って言うんだけど」
朱音 真美という名前には聞き覚えが無かったが、その子のことを話す空峰くんを見ているだけで、私はその子に嫉妬の感情を覚えてしまう。
だってその子のことを話す空峰くんは私には見せたことの無い優しく柔らかい笑みを浮かべて、心の底から楽しそうにしているんだもの。
こんな顔を私の知らない所で、その子はいつも向けられていたかと思うと胸が締め付けられたみたいに痛かった。
「へぇ、じゃあその子のことが一番好きなんだ」
「まあな、・・・言葉にされるとなんか恥ずかしいな」
照れ隠しで笑いながら、それでも満更でもなさそうな様子を見せる。
その幸せそうな表情に私は苛立ちを感じる。
「さんざん優しくしておいて・・・」
「・・・え?」
私はこんなにもあなたを想っているのに、あなたは他の人に夢中だなんて、そんな残酷な仕打ちは許されない。
「いえ、なんでもないわ」
私の心はさっきまでの幸福に満ちた心とは打って変わって、嫉妬と憎悪で埋め尽くされていた。
「・・・ふふふっ」
「楽しそうだな」
「ええ、とても楽しいわ」
あなたにはそれ相応の罰は受けてもらうわ。私が受けた屈辱、私が受けた悲しみを何倍にもして返してあげる。
私の彼への想いは少しずつ、その姿を変えていった。
◇◇◇
私はそれから彼と友達として交流を続けて行った。
彼には多くの友達がいたけれど、その中でも一番の友達になるために私は積極的に彼に近づいた。
中学2年、3年と順調に仲を進展させていき、高校も同じ所に進学した。元々私の目指していた高校と彼の志望校は一緒だったから、都合が良かった。
長い時間を共に過ごすうちに彼も私を信じ、友達として親しく思ってくれた。
全ては私の思惑通りに進んでいた。
後は、どう終わらせるか。一番彼に傷を与えられる終わらせ方を私はずっと模索していた。
出来るだけ彼に深く、重い傷を負わせたい。彼女のことなんか考えられなくなるくらい私のことでいっぱいにしてやりたい。そう思っていた。
そんな時だった、彼に出会ったのは・・・・・
昔の私のように一人でいて、私と同じものを感じた。けれど、私と違って人を惹きつけるものを持っている。
月宮 黎斗くん・・・・・彼を利用しよう。
私と同じように大切な人が他の人しか見ていないという屈辱をあなたも味わってもらうわ。
「悪いけれどこれからは学校やそれ以外で話しかけたりしないでもらえるかしら」
そう切り出した時の彼の表情を私は一生忘れることはないだろう。
悲痛に歪められた顔、今にも泣き出しそうな彼の表情はひどく痛々しく、とても可愛いかった。
ああ、気持ちいい。今この瞬間、彼の頭の中は私のことで埋め尽くされている。私のことだけを考え、私のことだけを想い、私のことだけを見てくれている。
今まで積み上げた分だけ、彼は大きな傷を負うことになるだろう。私のことも嫌いになってしまうかもしれない。
けれどこれでいい。好きの反対は嫌いではない、嫌いということは相手を意識して初めて成立するものだ。無関心と比べればずっといい。
彼をどん底まで落とした後に、私自身が救いを与えればいい。私が流した噂で、彼に近づく女の子はほとんどいない。
朱音 真美も最近は空峰くんとは疎遠みたいだった。つまり彼に救いを与えられるのは私だけ。
考えただけでニヤけてしまいそうだ。私は上がりそうになる口角を必死で抑えて、目の前の彼に視線を送る。
すると彼は怒りと悲しみが共存したような目を私に向けてきた。私はその視線に興奮を感じながらも表情には出さずに彼にとどめの一言を送る。
「金輪際話しかけないで」
そう放つと、彼はもうそれ以上何も言わなかった。
そんな彼の様子に私も多少の罪悪感を覚える。
けれど止めたりはしない。だって私も彼に傷つけられたんだもの、彼だってこれくらいの傷は負うべきだわ。
歪んだ愛は、さらにその形を歪めていく。
それを受け入れてくれる人間など一人もいないことを彼女はまだ知らなかった。
ここまでが離れていった側のお話でした。
次からは一緒にいてくれる側のお話です。
引き続きよろしくお願いします。