girl's side1 朱音 真美
この作品は短編小説[あるクラスメイトの登場によりヒロイン達は俺から離れていく。が、そのクラスメイトとクラスメイトの幼馴染みヒロインは俺と一緒にいてくれるようです。]の別視点でのお話になります。
まだ読んでいないという方はそちらの方から読んでいただけると幸いです。
私はずっと物語のヒロインに憧れていた。絵本の中の物語のように白馬に乗った王子様が颯爽と現れて、私の手を取って私の知らない新しい世界を見せてくれる、そして最後には王子様と結ばれて幸せな日々を送る。そんな夢物語に高校生になった今も私はずっと憧れていた。
でも、現実というのはいつも残酷だ。現実ではそんな夢物語は早々起こるものじゃない。
仮にそんな物語が現実で起こったとしても、それはきっと私に起こることはなく、私が夢見ていたような物語が起こるのは多分、私以外の他の誰かだ。
だから私は自分の想いを、憧れをそっと心の奥にしまい込んだ。起こりもしない夢物語を追い続けるのはとてもつらいことだったから。
それに私には私のことを大切に想ってくれる幼馴染みがいた。彼は決して王子様では無かったけれど、私の側に居てくれて、いつも笑顔を与えてくれる。誰よりも私のことを大切にしてくれる。
彼の側に居ると、とても安心して居心地が良かった。周りには冷やかされたりして恥ずかしいと思ったりもしたけれど、彼と一緒に居たいという気持ちの方が大きかったから気にせず彼の隣に居続けた。
彼が中学生のときに告白してくれた時には、幸せな気持ちでいっぱいになった。ヒロも私と一緒に居たいと思ってくれていたと知って、ヒロも私のことを好きでいてくれたんだって分かって、私は幸せだった。
きっとこれからも彼の隣に私が居て、ずっと一緒に居るのだろうと思っていた。
高校に入って、月宮 黎斗くんと出会うまでは。
◇◇◇
黎斗くんと出会ったのは高校の教室、高校生になって初めてのホームルームの時だった。
私は名字が朱音だから、大体が番号順の1番目だった。当然、席は1番前でしかも左端というあまり当たりとは言えないような場所。
いつもなら気分が落ち込んでしまうけれど、その時の私はワクワクとドキドキで心がいっぱいだった。
私は後ろを振り向き、彼が座っている席の方を見る。すると私の視線に気付いた彼もこっちの方を見て、控えめに手を振ってくれた。
そんな些細なやり取りでさえ、心が弾んでしまう。
ヒロとは中学時代は同じクラスになれなかったから、こんな風に教室で顔を合わせることはなく、学校内ではあまり一緒に居られなかった。
それが高校生になっていきなり同じクラスになったのだ。彼氏と同じクラスになれたら大抵の女子高生なら舞い上がってしまうだろう。私も例に漏れず、舞い上がっていた。
だからその時は気にしていなかったんだ。隣に座っているのが誰かなんて・・・・・
「さーて、高校最初のホームルームの時間だぞー。全員席につけー」
そう気怠げに言いながら担任の先生らしき人が教室に入ってくる。若くて綺麗な女の人だった。
先生は軽く自己紹介をした後に連絡事項を読み上げていく。この学校は他の学校に比べると少し特殊だから、その辺りの説明がメインに行われていた。
「っと、最初の説明はこんなもんかな。それじゃあ、次はお前達に自己紹介でもしてもらおうか」
説明を終えると、先生は名簿に目を通し、左端の席の奴から順番に行けーと言う。
こういう時に最初にやらされるのは大体が番号順が1番初めの人、このクラスで言えば私だ。
「朱音 真美です。出身は真城中学で、部活は吹奏楽部に所属してました。これから楽しい学校生活を送れるように頑張りたいと思います。よろしくお願いします!」
私は模範解答のようなことだけを言い、席に座る。こういう時にウケを狙ったり、あざとく男ウケを狙ったりする人もいるが、大抵の場合は引かれて終わるのでこの位がちょうどいい。
自己紹介は何事もなく進んでいき、順番は私の隣の席の人の番となった。私はその時、初めて彼を見た。
「月宮 黎斗です」
隣に座る彼はそう短く、自己紹介を終えた。
彼を見た時の衝撃は忘れられない。まるで絵本の中から飛び出してきたかのような美しさ、絹のように和らげな髪に、雪のように白い肌、どこか儚げなその瞳はまるで宝石のように鮮やかで、私はしばらくの間彼に見惚れてしまっていた。
そして・・・・・
「よろしく」
隣に座る私の視線に気付いた彼は無愛想に一言だけそう言うと、退屈そうに頬杖をつきながら目をつむった。
「王子様・・・?」
胸の奥にしまい込んでいた夢物語がそっと顔を覗かせた。
「真美」
初日の学校が終わり、帰りの時間になるとヒロが声をかけてくる。
「一緒に帰らないか?」
少し顔を背けながら恥ずかしげにヒロはそう誘ってくれる。中学ではいつも一緒に帰っていたからこの誘いは確認のつもりなのだろう。高校でも一緒に帰ってくれるかと。
「もちろんだよ、一緒に・・・・・」
「どうした?」
すぐに答えられることなのに先の言葉が出てこない。言い知れぬ葛藤が私の中で生まれるのを感じる。
「やっぱり高校では別々に帰ろ? 中学みたいに周りに冷やかされても困るし、それにヒロ一人暮らしになって家の方向も私とは別でしょ? それだとヒロも負担になっちゃうと思うし・・・」
「いや、それぐらいの負担なんでもないし・・・それよりももっと二人で居たいと思って」
「ごめん、そういうことだから私先に帰るね」
ヒロの言葉を遮って私は教室を出る。早くなる鼓動とともに罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。
でも、きっとこれが正解、王子様と結ばれるヒロインが彼氏なんていちゃダメだもん。
「ごめんねヒロ・・・・・私の物語はここから始まるみたい」
この日を境に、ヒロとまともに話すことはなくなった。
◇◇◇
私は物語のヒロインになるために努力を重ねた。可愛い女の子になるための自己研鑽はもちろんのこと、黎斗くんへのアプローチ、元彼氏のヒロとの繋がりも全て断ち切り、黎斗くんに気にかけてもらえるようにヒロからひどい扱いを受けたという噂も自分で広めて、悲劇のヒロインを演じた。物語のヒロインはいつも誰かに傷つけられているものだしね。
そのおかげでクラスだけでなく学年中から可愛いと注目されるほどの女の子になれたし、黎斗くんへのアプローチも最初はそっけない態度であしらわれていたけど最近ではかなり話を聞いてくれるようになった。
私が広めた噂もいい感じに広まり、クラスメイトはもちろんのこと、クラス以外の人からも心配されることが増えてきた。これなら絶対黎斗くんの耳にも届いているよね。
ヒロには悪いけど、これも私が王子様と結ばれるために必要なことなの。それにヒロなら私の幸せを願ってくれるはずだからこれくらいのことなら許してくれるよね?
全てが上手くいっている。夢物語だと思っていた憧れが今、私の人生に起こっていて私はヒロインの女の子なんだという喜びが溢れてくる。
「真美、あんた最近評判悪いよ」
「・・・え?」
妄想に浸る私に小学生からの友達の遠山 里香ちゃんが冷たい声を向ける。
「何言ってるの里香ちゃん?」
突然のことで何が何だか分からない私は動揺を隠せない。その様子を見た里香ちゃんは「はぁ」とため息をついた後、淡々とした口調で語り出した。
「何でってよく言えたね。あんた自分の周りとか見えてないわけ?」
周り? 周りってそんなのいつも見てるんだから見えてないわけないじゃない。
「私があんたに話かけるの、随分久しぶりだと思わない?」
「え? そうだっけ? 確かにそう言われるとそうかも?」
里香ちゃんとは小学校でも中学校でもいつも一緒に遊んでいた。一緒に居た時間の長さでは、多分ヒロの次くらいに長いと思う。けれど高校生になってから里香ちゃんと話した記憶がほとんどない。
「あー、その反応だと気づいてなかったんだ。あんたって昔からそういう所あるよね。何かに夢中になると周りが見えなくなるって言うか、周りに気を使えないって言った方が正しいかな? あと、自分を良く見せたいのか、他人を貶める嘘もつくしね。 まぁそんなことだからみんな離れていったんだけどね」
私は里香ちゃんの言っていることが何一つ理解出来ていなかった。いや、多分理解したくなかったんだと思う。
「あんた最近誰かと話した? 誰かと一緒にご飯を食べた? 誰かと一緒に遊んだりした? ・・・・・してないよね?」
こうして言葉にされる度に見えていなかった現実が見えてくる。
「この際だから言っちゃうけど、昔から真美にはそういう人から嫌がられる所があったよ。いつも自分のことばっかりで他人のことはどうでもいいと思ってるでしょ? 私もよく友達から真美の悪い話は聞いてたし、私自身でもそう感じる時が無かったわけじゃない」
ずっと友達だと思ってた里香ちゃんの告白は泣きたくなるくらいに私の心を抉っていった。
「それでも私が今まで真美と友達でいられたのはヒロが居たからだと思う」
「・・・・・なんでそこでヒロが出てくるの?」
思いがけない名前の登場で思わずそう聞き返してしまう。
「真美は知らなかったかも知れないけど、ヒロはクラスのみんなから真美が嫌われないようにしてたんだよ。自分は他のクラスだっていうのに、ウチのクラスを訪れては「真美は可愛い」とか「ちょっといじっぱりな所があるけどそこが真美の可愛い所」だとか「とにかく可愛い、みんなもそう思わないか?」とか言いに来てさ、ひどい時にはラインでも話しかけてきて。最初はこのクソ惚気野郎とか思ったけど、ヒロの人柄を知っていくうちにああ、これって真美を守るためなんだなって分かった。ほんと、凄い心配性のお節介野郎だよね」
そんな話、私は知らない。
「だからこそ、あの嘘は許せなかった」
そんなの知ってたら、あんな嘘流さなかったのに。
「ヒロがあんたを傷つけることなんて絶対に無い。そんな話、他のヤツは信じても私は信じない」
呼吸が荒くなる。目の前が暗くなる。自分のしてきた事が鮮明に頭をよぎる。
「あんたがヒロを傷つけるなら、ヒロを悲しませるなら、私はあんたを潰す」
里香ちゃんの声にはもう怒りの感情しか込められていない。私のことなど微塵も心配していないことが分かる。
「全てはあんたの自業自得、今までヒロを傷つけた分、今度はあんたが苦しみなさい」
その言葉とともに里香ちゃんは私から離れていく。私はただ、立ち尽くす事しか出来なかった。
◇◇◇
私は一人で机に座り、何をするでもなく、ただぼーっと空を眺めていた。
私に苦しめと言った里香ちゃんだけど、あれから私に何かしてくるということは無かった。
ただ私が流した嘘の噂を小中学の同級生達と払拭して回っただけ。
ただそれだけのことだけど、それでも私がみんなから引かれるのには十分だった。
きっと黎斗くんにもこの話が回っているだろう。今になって考えれば、私の話を聞いている時、彼は一度だって笑ったことは無かった。その時の私は気づかなかったけど、彼も私のことを嫌がっていたんだと思う。だって私が彼に話したことって嘘の不幸自慢ばかりだったんだもん。きっと彼にも嫌われてしまった。
でも、もうそんなことはどうでもいい。
今、私の頭を埋め尽くしているのはたった一人、私のことを1番大切に想ってくれていたのに私が裏切った恋人だった人。
彼に一度でいいから謝りたい。今はその思いでいっぱいだった。
もしかしたらまた前みたいになれるかもしれないという淡い期待もしていた。
そうだ、きちんと謝ろう。そしてもう一度やり直すんだ。あの楽しかった日常を・・・・・
「ヒロー、明日のデートどこ行くー?」
「デートじゃないだろ? 仕事だ、仕事」
弾むような楽しげな声と共に聴き慣れた・・・いや、少し私が知っている声とは違う、以前よりも落ち着いた声が聞こえてくる。
「いやいや、デートでしょ!! 二人っきりで遊びに行くんだよ? どうしよー、今から着ていく服迷っちゃうなー」
「まあ、依頼は[最近のカップルらしい写真を撮る]だからあながち間違いではないけどな」
聴き慣れた声の男の子は弾む声の女の子に振り回されているようだったが、その様子からは満更でもない感じが見てわかる。
「ヒロがなんで西園寺さんと・・・・・」
日本の名家、西園寺家の令嬢である彼女のことは全く関わりのない私でも知っているくらいに有名人だ。
その美貌は学年を問わず男子を魅了し、人柄も相まって校内でもトップの人気を誇っている。
そんな彼女とヒロが一緒にいることに私は言い知れぬ嫌悪感を感じる。
そして同時に涙が溢れてきた。
だって彼の隣に立ち、屈託のない笑顔を浮かべる彼女はまるで・・・
「・・・王子様とお姫様」
私の憧れた関係、物語に出てくるヒロインの幸せな日常そのものじゃない。
「ああ・・・・・いいなぁ」
隣に並び、笑顔溢れる二人を見て私は思い知らされる。
私はとっくに出会っていたんだ。私を幸せにしてくれる王子様に。そして私は彼を裏切った。
自分が切り捨てたものの大きさを知り、私は後悔の涙を止める事ができなかった。
今回は一つ目ということで真美視点でのお話になります。これから随時、他のヒロインのお話も出したいと思いますのでよろしくお願いします。