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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第七章 王都解放
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76.命運



 早朝の薄暗い控室、立会人の監視の元に皓之は決闘の準備を進めていた。

 不正がないことを示すために、部屋には王軍と烈侯軍の士官がいる。


 机の上には、規則により定められた武器、長剣と短剣の二本が並べられていた。


 決闘では仕掛けが何もないことを示すために、立会人の用意した武器を使用する。

 同じものが、狼奇の控室にも用意されているはずだった。


 主人に鎧を着つけていた采侯軍の士官が、沈黙に耐えかねて声をかける。


「皓之様」


 静かに精神を集中させていた皓之は、ぴんと張り詰めた空気をまとっていた。

 しかし、平素と変わらない穏やかな声で答える。


「どうしたんだい。まるで私が負けるような顔をしているね」


「どうしても、お命を賭けなくてはならないのですか」


 長年仕えてきた主人の身を心配し、泣きそうな顔をする部下に、皓之は優しく微笑んだ。


「群れをなす動物には厳格な序列がある。序列を一つ上げるためだけに、死闘を繰り広げるものだ。ましてや私たちは、お互いが群れを率いる一位の雄になるようにと子供のころから育てられてきた。群れを一つにするからといって、今更二位にはなれないんだよ」


 軽く部下の肩を叩いた。


「槍ならとにかく、剣なら私の方が狼奇より一日の長がある。勝利を祈って待っていることだ」


 皓之は机に歩み寄ると、用意された剣を取り上げた。

 一本ずつ抜いて状態を確かめ、頷くと鞘に戻す。


 二本の剣を腰に下げると、立会人たちに穏やかな笑みを見せた。


「さて、行こうか」




***




 長年使用されることのなかった王宮の決闘場は、廃墟のようになっていた。


 円形の決闘場に敷かれた不揃いな石は、摩耗して、ひび割れ欠けている。

 中央から同心円状に、歪な模様を描くように大小の敷石が敷き詰められていた。


 決闘場の屋根を支える八つの巨大な柱に、松明が掲げられている。


 全身と頭を隙間なく鎧兜に覆いつくした兵士が、決闘場を取り囲んでいた。

 手には足元から肩に届くほどの巨大な盾を持っている。

 彼らが決闘者が逃げるのを防ぐ柵の代わりとなる。その数、およそ五十。


 壁際の外周部には、烈侯軍、采侯軍、王軍の士官たちが所せましと立ち並んでいた。


 重い沈黙と、肌を焦がすような緊張感が薄暗い室内に満ちる。

 突然、火に松の枝がはぜる音が響いた。


 西と東の扉が同時に開き、立会人に先導された決闘者が入ってきた。

 歩むにつれて鳴る鎧の金属音が、静かな決闘場に反響した。


 東からは臨采侯皓之、西からは臨烈侯狼奇。

 背格好の良く似た二人は、武装をすると遠目にはほとんど見分けがつかなかった。

 ただ、白い秀麗な顔と、良く日に焼けた無骨な顔が大きく異なっていた。


 丸い決闘場の中央に、距離を置いて二人が立つ。

 立会人が退くと、完全武装の兵士たちが決闘場を一分の隙間もなく丸く囲んだ。


 狼奇と皓之を、湾曲した巨大な盾が取り囲む。


 皓之は音高く腰から剣を引き抜くと、高く掲げた。


「天に二日なく」


 皓之の朗々とした声が高く響く。

 狼奇も剣を抜く。同じく掲げて受けた。


「地に二王なし」


 狼奇の低い声が、地面を這う。

 掲げた二人の剣先が、わずかに触れ合った。


 周りを囲む兵士たちが、盾を上下させ敷石を叩く。

 徐々に叩く速度が速くなる。

 その拍子に合わせ、闘争心を煽るように、兵士たちが低くうなった。


 視線を合わせたまま、狼奇と皓之は腰を落とし、ゆっくりと円を描いて横に足を滑らせる。

 間合いをはかりながら、少しずつ距離を詰めた。


 二人が同時に床を蹴った。

 剣が打ち合わされる固い衝撃音が高く響いた。




***




 王宮の一室で、朱苛は壁にもたれ、両足を床に放り出して座り込んでいた。


 部屋にあった家具という家具は、扉に投げつけられ、窓に叩きつけられ、その残骸が床に転がっていた。


 閉じ込められてからどれだけ経ったかわからない。

 扉も窓も厳重に封じられ、外に出ることができない。


 無残に割れた窓から日が差し、夜が明けたことに気が付いた。

 過剰な装飾のついた鉄格子が視界に映る。


 そのとき、窓の外から、何かが聴こえた。

 耳を澄ませると、それは地を這う低いうなり声。


 ――決闘が始まった。


 反射的に立ち上がり、激しく両手で扉を叩いた。


「ここを開けろ!」


 返事はない。

 朱苛は力任せに足で蹴る。

 たわむ扉の向こうで、見張りが扉を抑え込んでいる感触があった。


「今すぐ開けろ!」


 何を叫んでも返事はない。

 朱苛は執拗に蹴り続けたが、やがて力尽き、扉に爪をたて、ずるずると床に膝をついた。


 窓の外からは、低いうなり声が聞こえる。


「ああ!」


 朱苛は床に手を突き、吐くように叫んだ。

 力いっぱい立てた爪が床をかきむしる。


「ああ!」


 血走った目から、涙が落ちた。

 決闘場で、兄と皓之が戦っている。

 この声が途絶えれば、必ずどちらかが死ぬのだ。




***




 斬撃を刀身で受けた狼奇の体が飛ばされた。

 背中が兵士の持つ盾にぶちあたる。

 衝撃で狼奇の息が止まった。

 兵士が盾を力いっぱい押し、狼奇は勢いよく決闘場の中央に押し戻された。


 戻ってくる狼奇を待ち受けていた皓之が、大上段から剣を振る。

 狼奇はすんでのところで身をよじって逃れると、皓之の剣を、自らの剣で跳ね上げた。

 勢いを流された皓之は、舌打ちをして剣を持ち直した。


 すでに、二十合を超えて打ち合っている。

 二人の息は完全に上がっていた。

 肩が大きく上下に揺れる。

 荒い息が耳にうるさいほどだ。

 しかし正面からの打ち合いは少なく、ひたすら狼奇が皓之の攻撃を流していた。


「いつまで逃げる気だ!」


 常の余裕が消し飛んだ険しい顔で皓之が叫ぶ。

 狼奇は汗まみれの顔で、不敵に笑った。


「どうした。焦るなよ。体力が持たねえのか」


 狼奇も相当に消耗しているのは明らかだった。

 しかし、長期戦になれば皓之のほうが不利となる。


 視線だけで相手を殺そうというほどに強く、二人はにらみ合った。

 ゆっくりと円を描くように移動を続ける。


 見開いた眼に、汗がしみる。

 歪んだ視界のせいか、狼奇が欠けた床石につまづいた。

 その瞬間を逃さず、皓之が剣を振り上げ襲い掛かる。


 狼奇は長剣を手放して床を転がり、斬撃を避けた。

 皓之の剣が床石に当たる。

 石を打った衝撃に手首が痛み、皓之の動きがわずかに止まる。

 床に転がった狼奇が反転し、皓之の右ひざを内側から外に蹴り上げた。


 乾いた音とともに、皓之の右足がありえない方向に曲がる。


 皓之は悲鳴を飲み込んだ。

 狼奇は背をそらせ勢いをつけて床から飛び上がると、皓之の両肩を掴み、皓之の額に自分の頭を叩きつけた。


 皓之がふらつき、視線が宙に飛ぶ。

 狼奇は短剣を抜き、小さく鋭く振りかぶって皓之の鎧の隙間から脇腹に突き入れた。


 皓之が目を見開き、大きく息を吸い込むと体を震わせた。

 狼奇の体に両手をかけるが、力なくずるりと落ちる。


 狼奇は大きく肩で息を繰り返し、床に倒れ落ちた皓之を見た。

 顔を背け、口から血の混じった唾を吐き捨てる。


「お前はお上品すぎるんだよ」


 少し離れたところに落ちている自分の長剣を拾い、皓之に近づく。

 床に横たわる皓之と視線が合った。


「言い残すことは」


 皓之が覚束無い動きで右手を動かし、懐から神玉を取り出した。

 狼奇は側に膝をつくと、手を伸ばした。

 すると皓之が左手で狼奇の手首をひっつかみ、力任せに引き寄せた。


 震える皓之の唇が、狼奇の耳にあたる。


「私より王に相応しいことを証明しろ、命をかけて」


 掠れた声に、友人の最期を知る。

 狼奇は震える声で短く返した。


「ああ、必ず」


 皓之は脱力し、薄く笑むと、宝玉を狼奇に手渡した。


「殺せ」


 声は聞こえなかったが、皓之の口がそう言った。

 狼奇は、何も言えなかった。

 まだだ。まだ、正気に返ってはいけない。

 自分に言い聞かせ、震える手で長剣を掲げて、打ち下ろした。


 すべてを終わらせて、狼奇は右手を掲げた。

 そのてのひらで神玉が輝く。

 薄闇の中、松明の火を反射し、幾千ものまばゆい赤い星が放たれた。


 決闘場から、広大な王宮に響き渡る野太い歓声が上がった。




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