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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第七章 王都解放
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69.罠



 広い街道を、のんびりと人が歩き、馬車がやる気のない速度で進んでいた。

 暑さに負け、ところどころで休憩する集団もいた。

 江邑(こうゆう)に続く道は、舜国北部や東部での戦乱など何も関係ないかのように、商人や旅人たちが絶え間なく行き交っていた。


 人を避けながら、馬を進めていた狼奇(ろうき)は、久しぶりに江邑の城壁を目にして、笑みを浮かべた。


「ようやくか」


 従ってきた部下が馬を寄せる。


「このまま街に入りますか」


「入るしかないだろう。どうした、ここまで来て怖気付いたか」


 冠城(かんじょう)の西に張った陣から、腕の良い士官を二人同行させていた。


「いえ、その、三騎では少なすぎたかと」


「大勢連れて帰れば朝廷の連中も警戒するだろう。叛意がないということを示すには、無防備に見えるほうがいいさ」


 部下を安心させるように笑うと、狼奇は江邑の大門にゆっくりと馬を進めた。


「失礼します! 征乾(せいかん)将軍とお見受けします!」


 門をくぐった途端、槍を手にした衛兵から声高く呼び止められた。


「そうだ」


 狼奇は馬上から、兵士を見下ろした。


「文成公が、ご帰還をお待ちしております。どうぞ、貞固館にお向かいください」


 狼奇は軽く頷いた。


「わかった。太守公邸に戻って埃を落としてから伺おう」


「いえ、どうぞこのまま」


 部下が心配そうに狼奇を見る。

 門の周囲から、兵士たちが十人、二十人と集まってきた。


「わかった、伺おう」


 平静を装って狼奇は笑った。

 

 約二十人の兵士に囲まれて、狼奇たちは王家の逗留する貞固館に向かった。

 江邑の住人たちが、遠巻きにそれを眺める。

 ひそひそと話す様子が、何かおかしい。


 貞固館の正門が見えたとき、勝手口の方向から、包丁を持った料理女が飛び出して声を限りに叫んだ。


「馬鹿将軍! 入っちゃだめだ! 中は武器を持った兵士でいっぱいだよ!」


 狼奇は反射的に腰の剣を抜いた。

 兵士たちが身構える。


「逃げるぞ!」


 部下に声をかけ、馬を強く煽る。

 兵士たちを蹴飛ばすように馬をぶつけた。


「くそっ! 捕えろ!」


 門の中からどっと兵士が飛び出した。

 狼奇たち目指して走り寄ろうとしたとき、突然、兵士が足を滑らした。


「なんだ?」


 ぬるぬると滑る魚が、竹のざるごと、門の前にぶちまけられた。

 兵士たちの足元で、勢いよく魚が跳ねる。


「これでも食らえってもんだい!」


 魚売りの女が笑いながら、更にざるをふるって魚を投げる。

 彼女の足元には魚が満載された背負い籠があった。


「あたしにも貸して」


 料理女、李負が包丁を投げ出し、魚を山盛りにしたざるを両手で大きく振った。

 大量の魚が宙を飛び、地面を滑って兵に当たる。


「貴様ら! 何をする! ひっとらえるぞ!」


 叫んだ兵士の顔に、魚が派手な水音を立ててぶつけられる。

 びたびたと跳ねる魚を見て、女たちは笑った。


「生きのいい魚じゃないか!」

「当たり前だろ! 疸水(たんすい)の魚は最高なんだ!」


 馬が走り去り、狼奇の姿が見えなくなった。

 怒りに顔を歪ませた貞固館の兵士たちが、女たちの目掛けて走ってくる。


「やばいよ、逃げよう」


 そういって腕をつかむ魚売りの女に、李負は首を振った。


「あたし、行くとこないよ」

「うちにおいでよ」

「……いいのかい? 助かるよ」


 狼奇たちは馬を励まし、全速力で江邑の大通りを駆けた。

 門までたどり着けるか。

 後ろを振り返ると、馬に乗った騎兵が追いかけてきていた。


「狼奇様! こっち! こっち! 南門は閉まってる!」


 子供の声に顔を上げると、大通り沿いの家の屋根の上で、弧張(こちょう)が飛び跳ねて手を振っていた。


「曲るぞ!」


 部下に声を掛け、弧張の差す西門に向かって狼奇は急に方向を変えた。


「今だ! 張れ!」


 弧張の叫び声に、脇道の両脇に隠れていた少年たちが道に綱をぴんと張った。


 狼奇を追いかけていた騎兵の馬が、綱に引っ掛かり横転する。

 馬に押しつぶされた兵士が悲鳴を上げる。

 狭い道は、倒れた馬と兵で通れなくなってしまった。


「やったね! 皆、逃げろ!」


 浮浪児たちは歓声を上げて、蜘蛛を散らすように逃げて行った。

 西門から江邑を飛び出した狼奇たちは、門外で見知った烈侯家の者に迎えられた。


「将軍! 良くご無事で! こちらへ! 姜和(きょうわ)様がお待ちです!」


「どういうことだ! 何があった!」


 馬を並べて駆けながら、狼奇は叫ぶように尋ねた。


「二日前に、江邑に告示が出ました。臨烈侯狼奇を謀反の罪で追捕すると。庇い立てすると同じように罰すると」


「やってくれる」


「家の者は、すでに隠れ里に逃げています。部隊も分散して北に、烈侯領近くに向かわせていますのでご安心を。とにかく、今は逃げましょう」


「わかった」


 李負や弧張たちは無事なのか。

 不安に思いながらも、狼奇は馬を進めた。




***




 追手を振り切り、馬を休めながら狼奇は隠れ里に向かっていた。


 のんびりと道を進んでいた馬車の御者台から、すれ違いざまに陽気な声があがった。


「おっ、旦那、ご無事でしたかい。取っ捕まったかと心配していたんですよ。良かった、良かった」


夫曽(ふそ)じゃねえか。お前何してんだ」


 場違いなまでに明るい声に、狼奇は呆れた。


「姜和様に頼まれて、物を届けた帰りですよ。まあ、色々秘密にしないといけないんで、人を使わずに私がこうやってますけどね。いやあ、こういう時分は危険料つきで儲かりますねえ」


 太鼓腹をふるわせてからからと笑う商人に狼奇は苦笑する。


「なあ、江邑で弧張が無事か確認してくれないか。俺を助けるのに無茶やったんだ」


「なるほど、わかりました。弧張なら多分大丈夫だと思いますけどね」


「頼む、礼はする」


「はいはい、たんまりお願いしますよ」


 鼻歌を歌う夫曽が馬に合図を送る。

 馬車はのんびりと江邑に向かって帰っていった。




***




 父が用意していたという隠れ里に着いた狼奇は、迎え入れられた簡素な家の一室で、目を見張った。

 粗末な椅子に、行儀よく伯洛(はくらく)が座っていたのだ。

 姜和に冷たい目を向ける。


「お前さ、いつ誘拐犯になったんだ」


「いえ、違います! 誤解です!」


 姜和は目を見開き首を振って必死に否定する。

 狼奇はわざとらしく深々とため息をついた。


「これさ、文成公を脅して譲位を迫ったって言われても言い訳できないよな」


「いや、その! そんなつもりじゃなくて!」


 慌てる部下の肩を軽く叩いた。


「冗談だ」


 姜和は脱力して息を吐く。


「心臓に悪い冗談はやめてください。頼みますよ。本当に」


 沈黙を守っていた伯洛が、静かに口を開いた。


「私のせいで、問題が大きくなってしまいましたか。申し訳ないことです」


「いや、お気になさらず。成り行きですから。弧張に助けられたのは私も同じです」


 狼奇は軽く笑った。


「本当に弧張がいて助かりました。それにしても、狼奇様、迂闊すぎますよ。もうちょっとで謀反人として捕まって牢屋行きだったのですから」


 姜和の苦言に、狼奇は苦笑した。


「いや、会いもせず話もせず、いきなり捕えにくるとは思わなかったんだよ。今、皓之(こうし)が朝廷にいるだろ。あいつがそんなに思いきりの良いことすると思わなかったんだ」


「まあ、振り切ってますね。もう交渉の余地なし、ってところでしょうか」


 水を飲んで、狼奇は椅子に深く腰を掛けた。


「さて、どうするかな」


 そのとき、予想外のところから声があがった。


「臨烈侯が、謀反人ではない、ということを広く訴える必要があるのではないでしょうか」


 伯洛が、まっすぐに狼奇を見ていた。


「誰が流したかわからない一方的な噂で、臨烈侯の叛意が事実のように流布されています」


「確かに、身に覚えはないし、反論したいのは山々ですが、その場所は与えられなかったようです」


 狼奇は苦笑した。

 朝廷で反論をする心づもりをしていたのだが、残念ながら機会を得られなかった。


「これを見てください」


 立ち上がった伯洛が、背後の机に向かった。

 顔を見合わせて、机に向かった狼奇と姜和は一目みて、絶句した。


「これは」

「凄い」


 机の上には、二枚の画紙があった。

 一枚は、王都の聖宮、大礼拝堂で斎女が神玉を手に、狼奇に預言を与える場面が描かれていた。

 もう一枚には、冠城(かんじょう)の城壁から錫杖を手にした斎女がやはり狼奇に語り掛けていた。

 その頭上、夜空に火球が光る。


 どちらもまるで目の前に迫るかのような質感と迫力にあふれた絵だった。


「斎女が次王を定めることは良く知られていますが、臨烈侯がその預言を受けたことは、一般には知られていません。朝廷でもそれはなかったことにされています」


 伯洛は目を見張って絵に見入る二人に、説明を続けた。


「説明書きを付け、この絵を版画にしてばらまけば、臨烈侯が王となることの正当性が理解されるでしょう」


「素晴らしい! 文成公は絵がお上手だと伺ったことがありますが、まさかこれほどとは! ありがとうございます!」


 姜和は感激して、伯洛の両手を握りしめた。


「いや、待て、待ってくれ」


 慌てて狼奇が両手を上げた。


「それ、俺が王になるのが前提になってないか」


 伯洛は瞬いた。


「違うのですか」


「いや、違う。俺は王になるなんて言ったことないぞ」


 首を振る狼奇に、姜和が呆れて言った。


「今更何をおっしゃっているんですか。いい加減、腹をくくってくださいよ。狼奇様が王になる以外に、私たちがどうやって生き残るんですか」


 なぜか必死に狼奇は否定する。


「た、例えばだ。ほら、皓之がいる。皓之が王になって、朱苛を王后にすれば、采侯領、烈侯領を治めるにも問題ない。後は俺が国外に出て行けば、万事丸く収まるじゃねえか」


 姜和が深々とため息をつく。


「そんなに王になるのが嫌なんですか? っていうか、それなら別に狼奇様が国外に出て行かなくても、臨采侯の家来になって臣従すればいいんじゃないですか」


 その瞬間、狼奇が叫んだ。


「ふざけんな! 誰が皓之に臣従するんだ!」


 姜和が目を見開く。

 主人の怒りに身を縮ませる。


「えっ、あの、その、例えばの話ですよ」


 狼奇は荒い息を吐いて姜和を見る。


 狼奇は自分自身の激烈な反応に衝撃を受けていた。

 突然、反射的に、怒りが満ちた。

 ありえない。ただ、その思いで全ての思考が飛んだ。


 一体どういうことなのか。


 では、それでは、狼奇が斎女から次王の預言を受けたとき、皓之はどう思ったのだろうか。


 狼奇は愕然と、ただ宙を見つめていた。


 ――気づくのが遅すぎた。



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