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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第七章 王都解放
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68.使者



 真夏の街道を、馬が走っていた。

 白い土埃をもうもうと上げながら、黒い影が駆けてゆく。


 各地に伝令を伝えるための、早馬の使者だった。

 街道沿いにある駅ごとに馬を乗り換え、目的地へとひたすらに急ぐ。


 山を越える道の途中、立ち並ぶ木立が切れ、遠くを見晴らせる地点があった。

 騎手は反射的に手綱を引く。

 馬を大きく前脚をあげ、棹立ちになった。


「どうどう」


 驚いて(いなな)く馬の首を叩いて宥めると、騎手は道の端に馬を寄せ、山の下、更に遠くを見渡した。

 何かを探している。


 街から街に急報を伝えるのであれば、なんら迷うことはない。

 しかし、彼が今急報を伝えようとしている相手は、軍を伴い移動中なのだ。


 烈侯軍は、采侯領の棄山(きざん)から、ひたすら西に移動を続けていた。

 すでに王都冠城(かんじょう)をも通り過ぎている。


「あれか!」


 ようやくそれらしき大量の天幕と人影を見つけた使者は、喜びの声を上げた。

 しかし、すぐに不審に顔を歪める。


「なんだ、あれ」


 彼に近い手前の陣は、規則正しく大小の天幕が並び、柵が作られ、人も、馬も、整然と動いていた。


 一公里(キロメートル)ほど離れた向こう側には、ばらばらと人の塊が散在していた。

 人の多いところ、少ないところがまだらに、しかしどこまでも広く続いていた。

 何の秩序もなく、お揃いの天幕などの用具も持たず、五十人、あるいは百人と寄せ集まっているように見える。

 そのうえ、地平の向こうから、新たに集団が途切れることなくやってくる。


「とにかく、行こう」


 早馬の使者は、馬に合図を送り、手前の陣に向けて走り出した。




***




 陣の中央に張られた天幕に、烈侯軍の将が集まっていた。

 その数五名。

 中には、狼奇(ろうき)朱苛(しゅか)もいる。

 向きあうように、野外用の椅子に座っていた。


「昨夜も衝突がありました。東に、王都に向かおうとしていた連中を、夜番の部隊が追い返しました」


 部下の報告に、狼奇は眉を寄せた。

 低く問う。


「こちらと相手の被害は」


「御命令通り、盾を使って追い返しています。お互いに打撲ぐらいでしょう」


「そうか」


 短く狼奇が答えると、部下が声を荒げた。


「狼奇様、いつまでこれを続けるのですか! 兵に不満がたまっています。このままでは、命を落とす兵も出かねません。武器を使用する許可を!」


 狼奇が更に大きな声で怒鳴り返す。


「駄目だ! (くわ)(すき)を振り回す農民を相手にするのに、槍が必要なのか!」


 その場が静まり返る。

 朱苛が静かに指摘した。


「陣を張った一週間前より、明らかに数が増えています。今はまだ持ちこたえていますが、これ以上農民が増えると、武器を使わずに抑えることができるかどうか」


 狼奇は大きくため息をついた。

 両手で膝を叩き、頭をかきまわす。


「武信公は一体どれだけ動員かけたんだ」


 王家の陵墓を新たに作るために、大勢の農民が駆り出されていた。

 陵墓のある地方に移動をする農民たちが、乱賊に誘われ、次々と反乱に参加した。


 問答無用に里ごとに人が集められ、遠く離れた地方で墓をつくるための労役に駆りだされたのだ。

 何年後に故郷に戻れるのかもわからない。

 それならば、王家を倒すための反乱軍に加わろうと、声を掛けられるままに農民たちが集まってきているのだ。


「農民たちが、三々五々に動いているうちは問題ないでしょう。しかし、向こうには猪狄(いてき)の赤虎将軍がいます。奴が指揮をとって戦闘を挑んでくれば、我々とて武器を持って戦わなければ、大きな損害を出します。敗北もあり得ます」


 部下の指摘に、狼奇はうめいた。


「ああ、どうすんだよ」


 そのとき、天幕に兵士が駆けこんできた。


「失礼します! 江邑(こうゆう)から臨烈侯宛てに早馬が来ました!」


 五人の将は、目を見かわした。


「通せ」


 狼奇は膝を叩き、勢いをつけて立ち上がった。




***




 使者の差し出した信書をざっと読んだ狼奇は、軽く笑った。


「俺に謀反の疑いあり、江邑に戻って弁明しろ、だとよ」


 四人の将は息を呑んだ。


「ついに来たか、という感じだな」


 明るく笑う狼奇に、朱苛は眉をひそめた。


「どうなさいますか」


「行くさ。ちょうど江邑には用がある」


 軽く狼奇は答えた。

 不審な顔の部下たちに笑みを見せる。


「陵墓造営のための農民労役令を撤回させたい。武信公が臨王としての命を出した以上、現在の臨王、文成公の名で撤回する必要がある。労役はなくなったと、故郷に戻っていいと言って、反乱軍に集まっている農民たちを解散させるんだ」


「危険ではありませんか」


 主の身を案じた一人が、指摘した。


「わかってる。だが、お前だって墓を作るために駆り出された農民を殺してまわりたかないだろ。かといって、連中を好きにさせれば、王都に殺到して、手当たり次第に略奪を始めかねない。軍じゃないからな、統制なんて取れないだろ」


 動きようのない状態に、天幕に重い沈黙が降りた。




***




 出立前の兄に呼ばれ、朱苛は狼奇の天幕に訪れた。

 旅装を整えた狼奇が振り返る。


「わかっていると思うが、俺が帰ってこなかったときは、お前が烈侯を継げ」


「はい」


 最悪の事態を常に想定しなくてはいけない。

 朱苛は短く答えた。


「この戦線は放棄して、烈侯領に引き上げろ」


「王都は」


「言ってる場合か。一族と領民の命を考えろ」


 厳しく兄に指摘され、朱苛は唇を噛んだ。

 ふいに狼奇が明後日の方向を向いた。


「なあ、お前さ」


 天井に向かって話しかけた後、妹を振り返る。


皓之(こうし)のことどう思っているんだ」


 朱苛がさっと赤面する。

 狼奇は片手で頭をかきまわし、大きく息を吐いた。


「あのさ」


 朱苛が兄の言葉を遮った。


「私は烈侯の娘です。一族のために命をかけて戦ってきました。お疑いになりますか」


 強く兄を睨み、朱苛は続けた。


「私がどこかに嫁ぐのであれば、それは一族の安全と繁栄を担保するためのものでなくてはなりません」


「お前、いいのか、それで」


 沈痛な顔で狼奇が妹に訊く。


「一族と領民のことを考えるべきでしょう」


 妹の言葉に、大きく息を吐いて狼奇は頷いた。


「わかった。後を頼む。できる限り早く、江邑に残してきた三万の兵を連れて戻る。戦端を開かずにもたせろよ」


「承知しました。お気をつけて」


 狼奇はすれ違いざま、片手で妹の肩を叩き、天幕を後にした。



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