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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第六章 東方内乱
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64.急報



 東の地平線から顔を出した真っ赤な太陽は、見る間に高くなり、白く色を失っていった。

 真夏の強烈な日差しが、あっという間に大地を焼く。


 討伐軍は乱賊の頭目、魁傑(かいけつ)を討取ることに成功した。

 兵士たちは棄山(きざん)に分け入り、捕虜となっていた武信公を探していた。


 山にはまだ乱賊の残兵が残っていた。

 王軍の将軍呂馬(りょば)が指揮をとり、慎重に乱賊を狩りながら、捜索を続けていた。


 総大将である狼奇(ろうき)は、恩賞を与える相手を特定することに手間取っていた。

 なにしろ、百人近くの兵士が一度に魁傑に襲い掛かったのである。


 誰もが、自分こそが魁傑に致命傷を与えたのだと主張した。


 かなりの時間をかけて説得を続け、最終的に魁傑にそれぞれ一太刀を浴びせた四人の男に分割して恩賞を当て与える、他の者にもなにがしかの金品を与える、ということで落ち着いた。


 徹夜明けのまま興奮した兵士たちと話し合っていた狼奇が、仮眠を取ろうと天に向かって大あくびをしたときだった。


「将軍! 武信公が見つかったそうです!」


 士官が一人走ってくる。


「何? ご無事か」


 狼奇のすぐ側にまで寄った士官は、顔を曇らせ首を横に振った。


「お亡くなりです。酷い状態だとか」


 狼奇は瞑目した。

 静かに、深く息を吐く。


「そうか」


 目標としていた敵は倒した。

 しかし、捕虜となっていた主君を救うことに失敗した。

 お世辞にも望ましい主君と言える人物ではなかったが、主君は主君である。

 狼奇は、小さく死者を弔う聖句を口にした。


 歯車が、また一つ動く。

 行きつく先はどこなのか、狼奇にはまだわからなかった。




***




 昼過ぎ、討伐軍の諸将が集まった。

 戦いを終え、お互いの苦労をねぎらいあう。

 武信公の遺体を回収した呂馬は、江邑(こうゆう)への一刻も早い帰還を主張した。


 総大将である狼奇は、頷いた。


「御遺体を痛めてはいけない。老将軍はお先に江邑へ立たれるといい」


 呂馬は年若い将軍に礼を言い、改めて尋ねた。


「総大将はどうされる」


「相当の数の乱賊が西に落ち延びた。連中がまた王都を襲うとまずい。冠城(かんじょう)あたりまで乱賊を掃討してから、江邑に戻ろうかと」


「承知した。先を急ぐのでこれで失礼する」


 呂馬が諸将に一礼し、その場を去った。

 どこか小さくなった老将軍の背中を見送り、狼奇は皓之(こうし)に訊いた。


「お前、どうする」


「うちは、補給が怪しいんでね。先に江邑に戻るよ。気を付けて」


「わかった」


 皓之が片手をあげ、去っていく。

 それを見ていた朱苛(しゅか)が、兄に不審の顔を向けた。


「兄様、何か、臨采侯の御様子がおかしくないでしょうか」


 狼奇は妹を見、もう一度、皓之の背に目を向けた。


「そうか? いつもどおりに見えたけどな」


 朱苛は、自分の中にある正体不明の違和感を表現できず、唇を噛んだ。


 何かが違う。

 しかし一体それが何なのか、彼女にも良くわからなかった。




***




 先に陣を引き払った王軍と采侯軍を見送った後、烈侯軍は西に向かった。

 王都に続く街道沿いに、乱賊の掃討を続ける。


 小さく分けた部隊が街道から離れて、雑木林や、里に隠れた乱賊を探している間、本隊はゆっくりと街道を進む。陣を出た後、東に向かわせていた斥候が帰ってきた。


「将軍! 棄山から東の方には、残兵は見当たりませんでした」


 馬で駆けより、大声で報告した兵に、狼奇は手を挙げてねぎらった。


「わかった。ご苦労さん」


 馬上で狼奇は首をひねった。


「ほとんど西に逃げてるんだな。何か指示があったのか」


 そのとき、街道の西の彼方からただ一騎、馬が走ってくるのが見えた。

 馬上の騎兵は烈侯軍の旗を認めると、喜色を浮かべて叫んだ。


征乾(せいかん)将軍はいらっしゃいますか! 沈約(しんやく)様の命で参りました」


 沈約は、王都を守る烈侯軍の将である。


「俺はここだ! どうした! 王都に何かあったか」


 騎兵は、馬から飛び降りて、狼奇の前で膝をつく。

 地に向かって大声で叫んだ。


「西より、敵大軍が王都に向かって進軍しております! 将は、猪狄(いてき)の赤虎将軍と!」


 狼奇の周りにいた士官たちが驚愕の声を上げた。


「何だと! 生きていたのか!」

「猪狄だと!」

「大軍とはいかほどだ!」


 急報を告げた騎兵が叫んだ。


「三万はくだらないかと」


 狼奇は呆然とつぶやいた。


「どういうことだ」


 五月に王都の西方平原の戦いで、赤虎の率いる猪狄軍は壊滅したはずではなかったのか。


「分隊を回収しろ! 西に向かうぞ!」


 自失から瞬時に立ち直ると、狼奇は全軍に指示を出した。

 乱賊の掃討を打ち切り、烈侯軍は王都の方角、西に急いだ。




***




 棄山から南の江邑(こうゆう)に向かって、長い隊列が続いていた。


 連日の暑さにうんざりとしながらも、戦いを終えて帰る兵士たちの足は軽い。

 当面の危険は去ったのだ。

 荷車を押す兵の中には、鼻歌を歌う者もいた。


 采侯軍を率いる皓之(こうし)は、馬上で一人考えに耽っていた。

 ゆっくりと進む隊列の中、馬の脚に任せてただ鞍の上で揺られていた。


 改めてわかったことがある。

 戦いで狼奇(ろうき)に勝つことはできない。

 明らかに、軍を指揮する能力が違う。


 認めがたい苦い現実を、皓之はゆっくりと嚙み砕いて受け入れた。


 それでもできることがあるはずだった。

 軍事力がすべてではない。


 皓之は、片手で胸元を押さえた。

 その感触、形を、無意識のうちに何度も何度も確認していた。

 不思議と懐が温かいような気がする。


 ――神玉


 誰にも教えてはいない。

 懐にあるその存在が、彼を落ち着かせた。


 江邑に着くまではまだ時間がある。

 これからのことを考えようと、皓之が深く息をついた時だった。


「臨采侯! 臨采侯はおいでですか!」


 前方の王軍からやってきた騎兵が、皓之を呼んでいた。


「ここだ。どうしたんだい」


 馬上で騎兵が、皓之に顔を寄せて囁いた。


「江邑から、呂馬様に急使が来ました。一週間前から文成公(ぶんぜいこう)お姿が見えないと」


 皓之は息を呑む。


「どういうことだ」


 皓之の声が自然と小さくなる。


「館中お探ししても、街を探しても見つからないと」


 皓之は目を見開き、息を止めた。

 武信公が死亡し、文成公が失踪した。


 王家には、もはや王位を継ぐ者がいない。


 懐の石が、熱を発して皮膚を焼いた。



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