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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第六章 東方内乱
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61.恩賞



 棄山(きざん)を望む討伐軍の陣では、九万の軍が無駄飯を食っていた。

 捕虜となった武信公を取り戻すため、乱賊との手ごたえのない交渉が続けられていたのだ。

 兵士たちには包囲の指令も、攻撃の指示も出なかった。


 日一日と退屈と倦怠が陣に充満する。

 押し寄せる暑気と相まって、士気は限りなく低下していた。


 突然、ある朝、兵士たちに召集がかけられた。

 総大将である征乾(せいかん)将軍狼奇(ろうき)の指示により、全軍の士官という士官が、陣の中央に集められる。


 早朝とはいえ、七月の日差しはきつい。

 集まった士官たちは、流れ落ちる汗にうんざりし、急な召集に同僚と遠慮のない声でぼやきあった。


 並ぶ列も乱れがちな士官たちの前に、総大将が現れた。

 人の身長ほどの高さの台に、軽快な足取りで登る。

 台の左右には、朱苛(しゅか)皓之(こうし)呂馬(りょば)を始めとした、烈侯軍、采侯軍、王軍の諸将が並び立った。


「皆、よく集まってくれた。ご苦労!」


 朗々とした声が、荒涼とした大地に響く。

 その瞬間、士官たちの背筋が伸びた。

 狼奇は若くとも堂々とした歴戦の将軍の風格を漂わせていた。


「よく聞け! 三日前、山に詳しい地元の連中を使って棄山の水場をつぶした。早晩あの岩山から、干上がった盗賊どもが這い降りてくるだろう。これから俺たちは棄山を包囲し、逃げ出してきた連中を捕縛する。いいか、雑魚には構うな」


 そこで言葉を切り、狼奇は荒れ地に並んだ士官たちをゆっくりと見回した。


「狙うべきは魁傑(かいけつ)、ただ一人」


 士官たちは、台上の将軍を目を凝らして見つめた。


「お前たちも知っているように、魁傑は化け物だ。三人がかりでも引けない大弓を使い、牛をも殺す毒でも死なん。あの化け物をなんとしても仕留めろ」


 命令をするだけの者は死なないから良い。

 最前線で化け物と戦う我々はどうなるのか。

 多くの士官が、胸の中で悪態をついた。


「化け物に向かって、ただで命を捨てろと言っているわけじゃあない」


 狼奇はにやりと笑って後を続けた。


「お前たちの部下にも伝えろ、そして山の上の乱賊の連中にも言ってやれ」


 見上げる士官たちに、力強く狼奇は叫んだ。


「魁傑を仕留めた奴には、烈侯領の一城をやろう! 城、領地、領民をくれてやる! 所属、階級は問わん! 工兵でも一兵卒でもいい! 魁傑の手下でも盗賊でもいい! とにかく俺の前に魁傑の首を持ってこい! そうすればお前は領主だ!」


 士官たちの列が乱れ、歓声が沸き上がる。


「化け物を退治できるならば報酬は惜しまん! お前たち、機会を、幸運をその手で掴め!」


 野太い叫び声が一斉に上がる。

 一介の士官から、封土を持つ領主に生まれ変わることができる。

 汗にまみれた士官たちは、自分の人生を大きく変える好機に、一瞬にして自分が領主になった幻想を見た。


 解散の声も聞こえないほど、興奮している士官たちをそのままに、狼奇は台から飛び降りた。


 皓之が首を振りながら近寄る。


「いやあ、盛り上がってるね。あんなこと言っちゃっていいのかい」


「構わんさ、俺の領地だ」


 狼奇は軽く答えた。


「命を危険にさらして、化け物退治をしろって言うんだ。せめて、褒美ぐらいはたんまり出すべきだろ。組織も訓練もない、盗賊の集まりだ。首領さえいなくなれば、烏合の衆だ。あとは何とでもなるだろうさ」


 総大将を取り巻くように、三軍の諸将たちが集まっていた。

 狼奇は彼らを見回す。


「さて、分担して棄山を包囲をする。一攫千金を狙う連中は、別行動を許す。残りで包囲網を作ってくれ。山から逃げ出す乱賊どもを討ち漏らさんようにな」


 諸将は総大将を見て、頷いた。


「失いたくないものがある奴らは、無茶をしないものだ。褒賞を狙わない部隊は、乱賊の捕虜となっている武信公をお助けすることを最優先に動くように」


 狼奇は白い髪の目立つ呂馬に、目を向けた。


「老将軍、よろしいか」


 呂馬は、片方の眉をぴくりと動かすと、重く頷いた。


「承知した」


 恩賞の話が、乾燥した野原を焼く野火のように、瞬く間に陣に広がった。


 我こそはと思う者たちが、続々と指揮官に名乗り出る。

 敵の首を取り人生の大逆転を狙う連中が気合を入れる雄たけびが、陣に響いた。


 どんよりと漂っていた停滞が、一瞬で吹き飛んだ。

 降ってわいた大博打に全軍が浮足立つ。


「さあ、化け物を狩るぞ」


 楽しそうに狼奇は向かいの険しい岩山を見つめた。


 烈侯軍の将たちは、頼もしげに主を見た。

 一方、呂馬をはじめ、王軍、采侯軍の将たちは考えざるを得なかった。


 狼奇は危険な男であると。



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