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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第六章 東方内乱
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56.使者



 棄山(きざん)は岩山である。

 人の背丈を超える巨大な岩が積みあがって山を作っている。

 太古の昔、天の巨人が戯れに石を投げ捨てて積み上げたのだ言われていた。


 一人の男が、岩に打ち込まれた鎖を両手でつかみ、垂直の断崖を這い上った。

 鎖が重みに耐えかねて耳障りな悲鳴をあげる。


 断崖を登り切った男が大きく息を吐くと、弓を持った見張りがお疲れさんと、男の肩を叩いた。

 棄山を登ることができる経路は限られており、見張りは大抵一人か二人だった。


 男が進む先には、どうやって資材を運んだのか不思議になるほどの立派な小屋が建てられていた。

 乱れた息のまま小屋に入ると、男は大声を上げる。


「大将軍! また下に討伐軍の使者が来てますぜ。金を出すから王を返せって。どうします?」


 部屋の中央にどっしりと腰を下ろした縦にも横にも巨大な男が、眩しそうに入り口を振り返った。


 乱賊の頭目である魁傑(かいけつ)は、先般から銀河大将軍を自称している。

 そのため、身内は彼を大将軍と呼んでいた。


「ああ? 面倒臭えな。石投げて追い返せ」


 軽く答えただけなのに、その声は部屋の隅々まで重く響いた。


「ええ、またですかい。もったいない。身代金もらったらいいじゃないですか。んで、腕の一本でも落として返してやりゃあいい」


 崖下から登ってきた男はそう言ってげらげらと笑った。


「馬鹿か、お前。ああいうのは生きてるから価値があるんだ。下手なことして死んじまったらどうする」


 魁傑の言葉に、隣にいた小さな男が大きく頷いた。


「その通り! 簡単に相手にしちゃあ、こっちが低く見られますぜ」


 小柄な男の声に、魁傑は満足そうに頷いた。


「そうだ、金を取るにしろできるだけつり上げろ。陳申(ちんしん)、お前、良く考えろよ」


「任してください!」


 そのとき、小屋の入り口に、別の男が飛び込んできた。


「大将軍! 下に使いが来てますぜ!」


「はあ? またか。先に送った使者の返事も待てねえのか、あいつら」


「いや、それがね、討伐軍じゃなくて、赤虎(せっこ)将軍の使いだって」


「赤虎将軍って誰だ? 聞いたことねえな」


 魁傑が答えを求めて周りを見回すが、部屋にいた男たちは皆首を横に振った。


 突然、陳申が立ち上がって叫んだ。


「あ! わかった!」


 全員の視線が陳申に向かう。

 興奮を隠せず、陳申は上ずった声で叫んだ。


「うちの国じゃなくって! 西隣の猪狄(いてき)の将軍ですよ! なんでも王を殺したとかいう」


 思いがけない回答に、その場にいた者たちは顔を見合わせた。

 外国の、それも王都を超えてずっと向こうの西国の将軍が彼らになぜ使いをよこすのだろうか。


「ほう。なるほど」


 魁傑は面白そうにそういった。


「大将軍、どうします?」


 途方に暮れたような手下たちをぐるりと見回し、魁傑はにやりと笑った。


「敵の敵は味方だな。連れて来い!」


 小屋の外にまで轟く声に、男たちは一斉に走り出した。




***




 棄山の向かいにある丘陵地に討伐軍の陣があった。

 一時的とはいえ、九万の軍が寝食を行うために、天幕だけではなく、簡易的な小屋や、溝、柵が作られていた。


 陣の中央には、日々各軍の将が集まる軍議場がある。

 その日も諸将が集まり、状況を共有しているときに、突然兵士が駆けこんできた。


「どうした」


 上座に座っていた総大将の狼奇(ろうき)が、地に膝をついた兵士に声をかけた。


「只今、乱賊との交渉に向かっていた兵が戻りました! 至急総大将にご面会を願っております!」


 狼奇は眉を寄せた。


「何? 使者は今朝出たばかりだろう。もう戻ってきたのか」


 その場にいた約二十名の諸将たちも顔を見合わせる。

 兵は顔を上げずに地に向かって叫んだ。


「その、交渉はできず、追い返されたというのですが、帰る途中で捕虜とされていた王軍の兵を拾ったというのです」


 狼奇は立ち上がった。


「何だと! 連れて来い!」




***




 左右を兵士に支えられ、捕虜だった男が軍議場に連れられてきた。

 使者に助けられたときのまま、黒く汚れ切った格好だった。


「大丈夫か。すぐに休みたいだろうに、悪いな」


 力なく地に座り込んだ男の前に、狼奇は膝をついて顔を寄せた。

 出来る限り柔らかく訊く。


「どうだ、話せるか」


 痩せ衰えた男は、何度も首を縦にふり、荒い息を吐いた後、かすれた声で何とか答えた。


「は、はい。そのために、私が総大将に会わせていただきたいと頼んだのですから」


 狼奇は脇から差し出された水筒を男に持たせた。

 皮と骨だけになった両手で、男は水筒を掴み、口に流し込んだ。

 口の両側から溢れた水が、首を流れ胸を濡らす。


「すぐに終わらせる。まず、武信公はご無事か」


「わ、わかりません。私が何度聞いても、見張りの奴らは答えませんでした。どこにおいでかも良くわからないのです」


 最も重要な情報がない。

 落胆のため息があちらこちらから聞こえた。

 それに焦ったのか、男は息せせって声をあげた。


魁傑(かいけつ)は、銀河大将軍と自称しております。なんでも『大銀河の星』を手に入れた、自分こそがこの舜国の王であると」


 銀河大将軍の呼称は、狼奇も聞き覚えがあった。

 朱苛と目を見かわして苦笑する。


「あの盗賊は、自分が王になるつもりなのです! なんという思い上がりか!」


 悲憤に叫んだ男が、苦しげに胸を押さえ、その場に倒れる。

 彼を連れてきた兵が慌てて息を確かめ、狼奇の許しを得て医師のもとに運び出した。


 残った諸将たちは、お互いに顔を見合わせた。


「誰か『大銀河の星』って何のことかわかるか?」


 狼奇の問いに、多くの者が首を横に振った。

 そのとき腕を組んで考え込んでいた皓之(こうし)が、口を開いた。


「星、ね。もしかして連中、この間の火球が落ちたあと、隕石でも拾ったのかな」


 腑に落ちたのか、賛意の声があがった。

 狼奇も頷いた。


「なるほど。あり得るな。あれだけの大きさの火球なら燃え尽きずに隕石になっていてもおかしくない。だとすると、なかなか貴重なものを拾ったもんだ」


 朱苛(しゅか)が表情を消し、低く問う。


「果たして武信公はご無事なのでしょうか。公が捕虜として囚われてからこのかた、幾人も乱賊の元から逃げ出してきましたが、今に至るまで声を聞いたという者はおりません。死んだことを隠して、身代金を取ろうとすることは良くあります」


 一瞬にして、重い沈黙が場に降りた。


「そうだな。すでに殺されている可能性もある」


 狼奇は穏やかに受けた。

 そうして、諸将をゆっくりと見回す。

 呂馬(りょば)をはじめ、王軍のものは、苛立ちを隠せない。

 しかし、他の諸将は、武信公は死んだことにして事を進めるべきだ、攻撃を開始するべきだと顔に書いてあった。


「すべての可能性を考えて進めるべきだね」


 明るい声は皓之(こうし)のものだ。

 死んでいる可能性も行動の前提に入れる。

 それが膠着している事態を打開する鍵となる。


 諸将が声もなく、目を見かわしながら議論の方向を探っているとき、思いがけない方向から間延びした声が響いた。


「あ、あのー、そのー、武信公は生きていらっしゃると思います」


 驚きに目を見開き、全員が声の主を見る。

 使者として棄山に行って帰ってきた男だった。


「なぜそう思う」


 上手くいきかけた流れを邪魔され、険のある声で狼奇が問いただす。


「じ、実はですね。あのですね、さっきの逃げ出した男が助けてくれって言っている声の方に向かって、私、山道を外れて進んだんですよ。そうしたらですね、かなり上の方から歌が聴こえてきましてね。それがその『武信公を称える歌』でして」


 諸将たちが呆然と顔を見合わせた。

 六月、江邑(こうゆう)の宴の最中に作られた歌があった。

 それが『武信公を称える歌』だ。


 あまりのことに絶句した狼奇が気を取り直して指摘をする。


「い、いや。しかしだな、あの宴会に出ていた者なら覚えているかもしれないだろ。歌っているのが武信公とは限らないじゃないか」


 皆を驚かせることに成功した使者は、自分の手柄をほめてほしいのか、どこか弾むような声で答えた。


「いえいえ、それがですね、その、ものすごい音痴で」


 狼奇は目をつぶって天を仰いだ。

 思わずため息が漏れる。


「良く言った! 武信公はご無事である! 我々は公をお助けすることを第一に動かねばならん! 以後、公の生存に疑義をさしはさむことはお控えいただきたい!」


 王軍の将軍、呂馬(りょば)が諸将をぎろりと睨みつけ、言い放つと身を翻してその場を去った。

 王軍の諸将たちが後に続く。


 残された烈侯軍、采侯軍の将たちは、一様に深々とため息をついた。


 重い空気を軽くするように、皓之が明るく使者に訊いた。


「ねえ、君さ、気が利かないって、奥さんか彼女かに言われない?」


 親しげに声をかけられたことに気を許したのか、使者の男は恥ずかしそうに笑いながら頭をかいた。


「あ、なんでお分かりですか。実は、いっつも女房には気が利かない奴だって言われてまして。はは」


 能天気な男の声に、狼奇が突然逆上した。


「いいか、予言してやる! お前なんざ、離婚だ! お前のような空気も読めない馬鹿は、この戦いから家に戻ったら奥方から離婚されるに決まってる!」


「えっ、なんでそんなこと仰るんですか! 酷い!」


 悲鳴じみた抗議をする使者を無視して、狼奇は諸将に言い渡した。


「解散だ! 解散!」


 大股に軍議場から出て行く狼奇を追いかけて、皓之が横に並んだ。

 軽く声をかける。


「部下にきついこと言うもんじゃないよ。そんなことしなくてもさ、江邑に戻ってから彼の奥方を誘惑した方が早いんじゃないかな」


「お前が言うと冗談に聞こえないからやめろ」


 狼奇がいかにも嫌そうに返事をすると、皓之が珍しくひきつった顔をしていた。

 不思議に思って皓之の視線の先を見ると、朱苛が無表情にこちらを見ていた。


「いや、朱苛、冗談だよ、冗談」


「私は何も申しておりません」


 蔑んだ一瞥(いちべつ)をくれると、朱苛は足早に去ってゆく。

 慌てて皓之がそれを追い、背中から話しかけていた。


「馬鹿じゃないのか、あいつ」


 狼奇がつぶやくと、烈侯軍の将の一人が近寄ってきた。


「臨采侯は朱苛様に気がおありなのですか。上手くいけば、御良縁ですな」


「良縁か。まあ、そうかもな」


 家格だけではない。

 新王がまだ即位していないこの状態で、二侯家が同盟するのであれば、婚姻に勝る方法はない。


 すべては政略か。


 今日も暑くなる。

 うんざりするような晴天を、狼奇は見上げた。



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