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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第五章 王都攻防
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51.祭りの裏方



「こりゃ酷い」


 江邑(こうゆう)の街角で、狼奇(ろうき)は嘆息した。

 足の踏み場もないほど人が溢れかえっている大通りのそこここで、怒鳴りあう声が聞こえる。


 狼奇は長身をいかして、見物人を乱暴にかき分け、取っ組み合う男たちの中に入った。


「おい、お前ら、痛い目に合いたくなかったら、この辺でやめておけ」


 狼奇の腰におびた剣、明らかに武芸に通じている長身を見て、酒臭い息を吐いていた男たちは、お互いに捨て台詞を吐きほうほうの体で逃げ出した。


「やれやれ、まだ昼前なんだがな。この後が思いやられる」


 すでに出来上がっている酔っ払いが方々で大声で歌っていた。


 渋面の狼奇を見上げて、通りがかった三人の娘たちが黄色い声を上げた。

 お互いに顔を見合わせて恥ずかしそうに笑いあい、体を寄せ合って行き過ぎる。

 思い思いの祭り衣装は、派手な飾りがついていた。


 色とりどりの仮面をかぶり、また長い鳥の尾羽を付け、常日頃では考えられないようなおどけた格好をしている者も多い。


 狼奇がぐるりと辺りを見回すと、戸を閉じ臨時休業している商店の軒先で、屋台の店番をしている見覚えのある少年が目に入った。


「はい、毎度あり、一本、二十五(えん)!」


 通行人から小銭を受け取り、並べたさとうきびを手渡す。

 そばかすだらけの頬が笑顔で丸くなっている。


「おい、弧張(こちょう)、お前何やってるんだ」


「あっ、狼奇(ろうき)の旦那、さとうきびどう? 甘いよ? 夫曽(ふそ)の旦那が祭りに合わせて町中に屋台を用意しているんだけど、売り子が足りないから俺が仲間たちに声かけて手伝ってやってるんだ」


 商魂たくましい商人の顔を思い出し、狼奇はため息をついた。

 おそらくはこの商店の軒先も勝手に借りていて、使用料など払っていない。


「なるほどね」


「はい! 毎度あり! 一本五十(えん)!」


 言っているそばからさとうきびに手を伸ばす通行人に、弧張が叫ぶ。

 客が行き過ぎるのを待って、狼奇が訊いた。


「弧張、あのさ、さっき一本二十五圓じゃなかったか」


「ああ、今の客は冠城(かんじょう)の人だし、江邑のもんよりお金持ちだからいいんだよ」


 少年は悪びれもせず、にっこり笑って答えた。

 狼奇は頭をかいて、舌打ちをする。


「本当にお前らは。大体何で冠城の奴だってわかるんだ」


 通行人も浮かれた祭り飾りをつけているため、今日に限っては地元の者か、王都から逃れてきた者かの見分けがつかないはずだった。


「だって言葉の訛りが違うからさ」


「なるほどね。ぼったくりはやっちゃ駄目だって知らないのか。下手したら捕まるぞ」


「もちろん知ってるさ。でもさ、俺たち捕まったって家も親も仕事もないし、どうってことないんだよね。祭りの日にすりとか、かっぱらいで稼ぐより、ぼったくりの方がまだいいと思わない?」


 狼奇はなるほど、と言いかけて慌てて頭を振った。


「いや、威張るな。ほどほどにしておけよ」


 どうせ町中で同じことをしているのだろうから、一人、二人を取り締まっても意味がない。


 人込みの流れに合わせて歩き、汗をかきながら、狼奇は江邑の中央にある太守府に入った。


 門の中では、警棒を担いだ官憲たちが、酔っ払いを引っ立てている。

 いつも使っている留置場にはもう入りきらないと見えて、庭の一角に柵を立てて酔っ払いを追い込んでいた。

 柵の中では、出してくれと叫ぶ男や、高いびきをかいて地面に寝っ転がっている男が都合三十人ほどいた。


「まあ、なんだ、大漁だな」


 ため息をつき、首を振って狼奇がつぶやくと、後ろから声がかかった。


「大漁じゃないですよ。まったくもう、狼奇様、どこをほっつき歩いていたんですか」


 振り返ると、三十ほどのしかめっ面をした男がいた。


「ちょっと見物に行っただけだよ。姜和(きょうわ)、お前も少しは遊んできたらどうだ。一年に一度の祭りなんだからさ」


 主人の勧めに姜和は首を振った。


「私が今、ここを外したら、どうなりますか。皆、これ幸いと抜け出してさぼるに決まってます。誰が街の治安を守るのですか」


 生真面目な部下の顔を見て、狼奇は苦笑する。


「まあ、そうだろうな。誰だってお祭り騒ぎに参加したいだろ」


「私は遠慮しますよ。この騒がしさ、無秩序、朝から頭痛が止まりません。皆、頭がどうかしてますよ」


 ため息とともにそういう姜和を狼奇は笑った。


「馬鹿騒ぎをするのが目的なんだから当然だ。お前は前線に出ないからわからんだろうが、戦闘だって似たようなもんだ。集団で叫んで、狂ったように前に進む。全身の血が沸騰するようないかれたものがあるんだよ。ちょっとした麻薬のような気持ちの良さがあるんだ」


「え、戦闘が楽しいんですか」


 姜和が呆れて主人を見る。


「まあ、なんだ、大勢で一緒になって馬鹿騒ぎする楽しさってやつだ。学生のときやらなかったか? お前も乱痴気騒ぎをやりたくないのか」


「とんでもない。そんな恐ろしいこと私はごめんこうむりますよ」


 狼奇は声を上げて笑った。


「まあ、そういう奴には祭りの日の警備が似合ってるな。何というかな、お前は貧乏くじを引く星の下に生まれてるんだな」


「ひどいこと言いますね。まあ、良いんですけどね。私は平穏、平和に生きるのが性に合っているのですよ。大勢で踊り狂うよりは、一人で本でも読んでいますよ」


 狼奇が姜和を見て、小さく笑った時、門から太鼓腹を揺らして陽気な男がやってきた。


「どうも! どうも! 毎度ありがとうございます。どうですか、お酒は足りておりますか! (さかな)はいかがですか。なんでもご用をうかがいますよ!」


 甲高い声を上げ、両手をもみもみ、満面の笑みで江邑の商人が、狼奇と姜和に近づいた。


夫曽(ふそ)、お前さ、どういう商売やってんだ」


 狼奇は不機嫌に眉をひそめる。


「わたくしは何でも商っておりますよ! お任せください! 酒肴は勿論、さとうきび、砂糖菓子、水菓子やらの各種の甘味、お祭りには欠かせない笛や、太鼓。誰より目立つための豪華な飾り付き衣装は月賦払いも受け付けますよ!」


 抑揚豊かに歌うように夫曽がそういうと、狼奇は目を見開いた。


「あの祭り衣装、そんなに高いのか」


 夫曽はしたり顔で何度も頷く。


「それはもう、特別製でございますからね!」


 派手にため息をついて、姜和が腕を組んだ。


「一日しか着ない衣装に大金を出すから、江邑の連中はいつまで経っても金がたまらないのじゃあありませんか。冠城(かんじょう)より貧乏人が多すぎるんです」


 余所者の台詞に、夫曽はぴくりと太い眉を動かした。

 愛想笑いが深くなる。


「姜和様はまだ江邑のやり方をご存じないのですねえ。よろしいですか。そりゃもう私たちはね、一年の稼ぎを今日、この日のために全部吐き出すんです! 冬のためとか、来年のためとか、そんなものはどうでもいいのです。だって今日は、この今、この時にしかないんですよ!」


「酔っ払いの戯言と変わらないなあ。とにかく、太守府は今日は禁酒だから、お前に用はないよ」


 姜和は首を振って商人に告げると、主人にしかめ面を向けた。


「留守は私が預かりますが、狼奇様もあまり羽目を外さないでくださいよ」


 姜和の真っすぐに伸びた背が、太守府の館に向かうのを見送って、狼奇は夫曽に顔を向けた。


「おい、夫曽。そこの角で弧張(こちょう)の屋台を見たぞ。あまりうるさいことは言いたかねえが、あこぎな真似はほどほどにしておけよ。度を越したら適当に理由つけてしょっぴくぞ」


 驚いて夫曽は狼奇を見上げた。

 両手を広げて釈明すると、太い腹が揺れた。


「世の中には私なんかよりよっぽど悪いのが山ほどいるじゃあありませんか。賄賂で偉いお役目をもらった奴とか、罪をでっちあげて牢屋に放り込んでおいて助けてほしかったら金だせと脅す奴とか。私はきちんと商いをしておるんでございますよ! ものを売って、買って、それに手数料を頂いているのです。それもほんのちょっぴり。こんなしけた端金(はしたがね)、国を盗むのに比べれば大したことなんかありゃしませんよ!」


 口角から泡を飛ばしてそう言うと、夫曽は鼻歌を歌いながら門から出て行った。


 だから、夫曽の適当な言い訳に絶句して立ち尽くす狼奇には気が付いていなかった。


 ――国を盗むのに比べれば大したことなんかありゃしませんよ!


「その通りだ」


 狼奇はまぶしい七月の空を見上げた。

 深々と息を吐く。


「その通りだ」


 門の向こうから、祭りの喧噪が遠く聞こえた。



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