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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第五章 王都攻防
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41.乱戦



 夜明けとともに、渡河が始まった。

 二百を超える船が次々と、(かい)を漕ぎゆるやかな大河を横断する。

 異変を察知した水鳥たちが群れをなして、慌ただしく空に逃げ去った。


 蛇水は(しゅん)国における内陸水運の要であり、冠城(かんじょう)に最も近い場所には大規模な船着き場がある。

 しかし、整備されている船着き場は、攻撃を受けやすい。

 兵馬が満載されている船が目指すのは、船着き場の下流に広がった河原だった。


 対岸の乱賊たちも、朝日の中に向かってくる船団を発見し、迎え撃つ準備を始める。

 誰がどこを攻めるか、守るかということを乱賊たちが決める前に、次々と船が近づいた。

 船が止まるのを待たずに、船ばたから人馬が飛び降りた。


「来たぞ!」

「攻めてきたぞ!」

「迎え撃て!」


 怒鳴る声が四方八方から響き渡る。

 銅鑼が、太鼓が打ち鳴らされる。


 船から飛び降りた王軍の騎兵たちは、浅瀬から馬を走らせ、水を激しく跳ね散らさせながら突撃を始めた。


 迎え討つ乱賊たちは、斧や剣を振り回し、馬の脚に叩きつける。

 船にはまだまだ騎兵がいたが、全員が降りて河原に整列するのを乱賊が待つはずがない。


 ばらばらと河原に上陸する兵が、味方を待つこともできず自分を守るために敵に突っ込む。

 河川敷において、数の勝る乱賊たちに手酷く迎撃されていた。


 船を寄せることのできる場所は限られている。

 また兵馬を下ろした船が移動しようにも、後ろから後続から来る船が寄ってきて、動きようがない。


 未だ船上にいる討伐軍の兵士たちは、河原から聞こえる華々しい雄たけび、剣を打ち鳴らす音に、早くいかなければと焦るばかりだった。


 余りにも気がせく者は、船がまだ岸から遠いにも関わらず馬と共に河に飛び込んだ。

 馬を泳がせ、自分も手綱を持ったまま泳いで岸に向かう。


 その兵が無事に浅瀬にたどり着き、馬の鞍に乗って走り出したのを見て、船に残されていた兵士たちが我先にと河に飛び込み始めた。


 討伐軍の数が一気に増える。

 当初、優勢だった乱賊は、少しずつ討伐軍に押し出され、河原から岸の堤まで、更に堤から拠点にまで押されようとしていた。


 馬上から武信公幹蒙(かんもう)は、満足げに戦場を見渡した。

 正規の軍が、乱賊などに負けるはずがない。

 このごろつきどもを蹴散らして、王都に凱旋する。

 それが彼の目論見だった。


 手にした槍を軽くしごき、幹蒙は馬をあおって、敵軍に突進した。


「どけっ! どけっ! 俺は臨王だ! 雑魚に用はないぞ!」


 槍を振るい、乱賊の騎兵を一人、二人と軽く叩き殺す。


 幹蒙の言葉に、乱賊たちは顔を見あせた。


「りんおうってなんだ?」

「さあ?」


 誰一人、恐れ入る様子がないことに気が付き、幹蒙は言いなおした。


「王だ! 俺は王だぞ!」


 馬上の乱賊と、歩きの兵が顔を見合わせる。


「何言っていやがるんだ! 王は死んだぞ」

「そうだ、そうだ! 俺は猪狄(いてき)が城門の前で首を掲げているのを見たぞ!」


 幹蒙は苛立ちを隠さずに怒鳴りつける。


「その王の息子だ! 俺が次の王だ!」


 乱賊たちは驚いて目を見開いた。

 その驚愕に幹蒙はようやく満足し、更に叫んだ。


「王の帰還だ! 邪魔をするな! それとも直接成敗される名誉に預かりたいか!」


 驚いた乱賊たちは、身を翻して拠点に向かって逃げて行った。


「王が来てるぞ!」

「王がいるってよ!」


 その伝播する叫び声に、幹蒙は大きく笑った。




***




 拠点で出陣の準備をしていた魁傑(かいけつ)は、味方不利の報せを聞いても眉一つ動かさなかった。

 平然と巨躯に特別仕立ての鎧をまとってゆく。


「か、魁傑様、いえ、銀河大将軍、どうしましょうか」


 側で準備を手伝っていた滑良(こつりょう)が、震える声で訊いた。


「ふん、そんなの俺が出れば一撃でやっちまうさ。滑良、お前、俺を誰だと思っているんだ」


 何一つ恐れない堂々とした魁傑の態度に、滑良は一転して笑みを浮かべた。


「ですよね! ですよね! 行きましょう!」


「ようし! 行くか! 王が来ているとは敵に不足はない。思う存分暴れてやる」


 自分の体に合わせたのか、やはり並外れて大きな馬に乗った魁傑は、ざっと戦場を見渡した。


 彼らの拠点の目前にまで敵が迫っている。

 乱賊たちは善戦していたが、数における不利は否めず、じりじりと後退していた。


「よし! 火をつけろ!」


 突然、魁傑が叫んだ。

 隣にいた滑良が悲鳴を上げる。


「ど、どうしてですか! 俺たちの拠点を?」


「いいか、逃げるところがあると思うから、足が逃げるんだ。どこにも逃げ場がないとなれば、前に進むしかねえだろ。目の前の敵を倒すしか生き延びる方法はない。自分で(けつ)に火をつけるんだよ!」


「な、なるほど。さすが銀河大将軍!」


 心から感心した滑良が手下を呼び集め、乱賊の拠点に火を放った。


 折から、河から強い風が流れ込む。

 強風にあおられ、あっという間に火は燃え広がった。


「進め! 前に進め! 退いたら焼け死ぬぞ!」


 魁傑の地を震わす大声に、乱賊たちは奮い立った。

 獣のような叫び声をあげ、力の限り突進する。


 手下たちの間を縫って、魁傑も突撃する。

 軽くふるった長槍は敵の鎧を胸から貫き通し、背に穂先が出た。

 雑に片手で引き抜くと、次の騎兵に投げつける。

 槍は脇から腹を貫いて、騎兵は吹き飛ばされるように地に落ちた。


 目を疑うような剛力だった。

 それを見た討伐軍の兵士たちが浮足立つ。

 すかさず乱賊たちが一斉に襲い掛かった。


 一気に前線が前に進む。

 魁傑が手ごろな将がいないかと首を巡らせると、金銀の細工が付いたきらびやかな鎧に包み、馬の鞍にも金の縁取りのある将が目に入った。周りを屈強な騎兵たちが取り囲んでいる。

 旗印の意味はわからなかったが、あれが王だろうと魁傑は目算をつけた。


「おい、滑良、大弓をよこせ」


「はい! ただいま!」


 三(メートル)を超える特別製の弓を滑良は魁傑に手渡した。

 これを使える者は、魁傑しかいない。


 ひときわ長い矢をつがえると、魁傑は巨大な弓を満月のように引き絞り、迷いなく矢を放った。




***




 突然死に物狂いで襲いかかってきた乱賊たちに、討伐軍は浮足立っていた。

 勝ちはもうすぐそこに見えていたはずなのに、今や一方的に押されている。


 幹蒙は信じられない思いで、戦場を見ていた。

 じりじりと下がってゆく戦線、燃え広がる炎と、焼ける異臭、兵士たちの叫び声。


「攻めろ! 退くな!」


 幹蒙が叫んだその瞬間、風を切る轟音とともに隣の騎兵に矢が突き立った。


 愕然として隣を見ると、口から入った矢が、頭の後ろに大きく突き出ている。

 矢が上下に勢いよく震えている。

 恐るべき強弓だった。


「なっ」


 言葉を失った幹蒙の目と鼻の先で、騎兵が馬上から地に落ちる。

 周りの騎兵たちも驚愕のあまり動けない。


「ちい、外した」


 軽く舌打ちをすると魁傑は次の矢をつがえ、素早く放った。


 次の瞬間、風切り音と共に幹蒙の右の肩に衝撃が走った。

 鎧を貫いて矢が肩に刺さっている。

 それを理解する間もなく、矢の勢いに押され幹蒙は鞍の上から転げ落ちた。


「武信公!」


 騎兵が叫ぶ声が、乱賊たちの歓声にかき消される。


「王が落ちたぞ! 行け! 行け!」

「取っ捕まえろ!」


 雄たけびを上げ、雪崩のように乱賊たちが押し寄せる。

 その勢いのまま討伐軍は次々と撃ち殺されていった。


 三十分後、戦いの続く戦場で、高らかな声が上がった。


「王を捕えたぞ!」


 歓喜の叫び声は、野火のようにたちどころに戦場に伝播した。

 否応なしに乱賊の士気があがる。


 総大将の無事を確認できない討伐軍が崩れだした。


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