41.乱戦
夜明けとともに、渡河が始まった。
二百を超える船が次々と、櫂を漕ぎゆるやかな大河を横断する。
異変を察知した水鳥たちが群れをなして、慌ただしく空に逃げ去った。
蛇水は舜国における内陸水運の要であり、冠城に最も近い場所には大規模な船着き場がある。
しかし、整備されている船着き場は、攻撃を受けやすい。
兵馬が満載されている船が目指すのは、船着き場の下流に広がった河原だった。
対岸の乱賊たちも、朝日の中に向かってくる船団を発見し、迎え撃つ準備を始める。
誰がどこを攻めるか、守るかということを乱賊たちが決める前に、次々と船が近づいた。
船が止まるのを待たずに、船ばたから人馬が飛び降りた。
「来たぞ!」
「攻めてきたぞ!」
「迎え撃て!」
怒鳴る声が四方八方から響き渡る。
銅鑼が、太鼓が打ち鳴らされる。
船から飛び降りた王軍の騎兵たちは、浅瀬から馬を走らせ、水を激しく跳ね散らさせながら突撃を始めた。
迎え討つ乱賊たちは、斧や剣を振り回し、馬の脚に叩きつける。
船にはまだまだ騎兵がいたが、全員が降りて河原に整列するのを乱賊が待つはずがない。
ばらばらと河原に上陸する兵が、味方を待つこともできず自分を守るために敵に突っ込む。
河川敷において、数の勝る乱賊たちに手酷く迎撃されていた。
船を寄せることのできる場所は限られている。
また兵馬を下ろした船が移動しようにも、後ろから後続から来る船が寄ってきて、動きようがない。
未だ船上にいる討伐軍の兵士たちは、河原から聞こえる華々しい雄たけび、剣を打ち鳴らす音に、早くいかなければと焦るばかりだった。
余りにも気がせく者は、船がまだ岸から遠いにも関わらず馬と共に河に飛び込んだ。
馬を泳がせ、自分も手綱を持ったまま泳いで岸に向かう。
その兵が無事に浅瀬にたどり着き、馬の鞍に乗って走り出したのを見て、船に残されていた兵士たちが我先にと河に飛び込み始めた。
討伐軍の数が一気に増える。
当初、優勢だった乱賊は、少しずつ討伐軍に押し出され、河原から岸の堤まで、更に堤から拠点にまで押されようとしていた。
馬上から武信公幹蒙は、満足げに戦場を見渡した。
正規の軍が、乱賊などに負けるはずがない。
このごろつきどもを蹴散らして、王都に凱旋する。
それが彼の目論見だった。
手にした槍を軽くしごき、幹蒙は馬をあおって、敵軍に突進した。
「どけっ! どけっ! 俺は臨王だ! 雑魚に用はないぞ!」
槍を振るい、乱賊の騎兵を一人、二人と軽く叩き殺す。
幹蒙の言葉に、乱賊たちは顔を見あせた。
「りんおうってなんだ?」
「さあ?」
誰一人、恐れ入る様子がないことに気が付き、幹蒙は言いなおした。
「王だ! 俺は王だぞ!」
馬上の乱賊と、歩きの兵が顔を見合わせる。
「何言っていやがるんだ! 王は死んだぞ」
「そうだ、そうだ! 俺は猪狄が城門の前で首を掲げているのを見たぞ!」
幹蒙は苛立ちを隠さずに怒鳴りつける。
「その王の息子だ! 俺が次の王だ!」
乱賊たちは驚いて目を見開いた。
その驚愕に幹蒙はようやく満足し、更に叫んだ。
「王の帰還だ! 邪魔をするな! それとも直接成敗される名誉に預かりたいか!」
驚いた乱賊たちは、身を翻して拠点に向かって逃げて行った。
「王が来てるぞ!」
「王がいるってよ!」
その伝播する叫び声に、幹蒙は大きく笑った。
***
拠点で出陣の準備をしていた魁傑は、味方不利の報せを聞いても眉一つ動かさなかった。
平然と巨躯に特別仕立ての鎧をまとってゆく。
「か、魁傑様、いえ、銀河大将軍、どうしましょうか」
側で準備を手伝っていた滑良が、震える声で訊いた。
「ふん、そんなの俺が出れば一撃でやっちまうさ。滑良、お前、俺を誰だと思っているんだ」
何一つ恐れない堂々とした魁傑の態度に、滑良は一転して笑みを浮かべた。
「ですよね! ですよね! 行きましょう!」
「ようし! 行くか! 王が来ているとは敵に不足はない。思う存分暴れてやる」
自分の体に合わせたのか、やはり並外れて大きな馬に乗った魁傑は、ざっと戦場を見渡した。
彼らの拠点の目前にまで敵が迫っている。
乱賊たちは善戦していたが、数における不利は否めず、じりじりと後退していた。
「よし! 火をつけろ!」
突然、魁傑が叫んだ。
隣にいた滑良が悲鳴を上げる。
「ど、どうしてですか! 俺たちの拠点を?」
「いいか、逃げるところがあると思うから、足が逃げるんだ。どこにも逃げ場がないとなれば、前に進むしかねえだろ。目の前の敵を倒すしか生き延びる方法はない。自分で尻に火をつけるんだよ!」
「な、なるほど。さすが銀河大将軍!」
心から感心した滑良が手下を呼び集め、乱賊の拠点に火を放った。
折から、河から強い風が流れ込む。
強風にあおられ、あっという間に火は燃え広がった。
「進め! 前に進め! 退いたら焼け死ぬぞ!」
魁傑の地を震わす大声に、乱賊たちは奮い立った。
獣のような叫び声をあげ、力の限り突進する。
手下たちの間を縫って、魁傑も突撃する。
軽くふるった長槍は敵の鎧を胸から貫き通し、背に穂先が出た。
雑に片手で引き抜くと、次の騎兵に投げつける。
槍は脇から腹を貫いて、騎兵は吹き飛ばされるように地に落ちた。
目を疑うような剛力だった。
それを見た討伐軍の兵士たちが浮足立つ。
すかさず乱賊たちが一斉に襲い掛かった。
一気に前線が前に進む。
魁傑が手ごろな将がいないかと首を巡らせると、金銀の細工が付いたきらびやかな鎧に包み、馬の鞍にも金の縁取りのある将が目に入った。周りを屈強な騎兵たちが取り囲んでいる。
旗印の意味はわからなかったが、あれが王だろうと魁傑は目算をつけた。
「おい、滑良、大弓をよこせ」
「はい! ただいま!」
三米を超える特別製の弓を滑良は魁傑に手渡した。
これを使える者は、魁傑しかいない。
ひときわ長い矢をつがえると、魁傑は巨大な弓を満月のように引き絞り、迷いなく矢を放った。
***
突然死に物狂いで襲いかかってきた乱賊たちに、討伐軍は浮足立っていた。
勝ちはもうすぐそこに見えていたはずなのに、今や一方的に押されている。
幹蒙は信じられない思いで、戦場を見ていた。
じりじりと下がってゆく戦線、燃え広がる炎と、焼ける異臭、兵士たちの叫び声。
「攻めろ! 退くな!」
幹蒙が叫んだその瞬間、風を切る轟音とともに隣の騎兵に矢が突き立った。
愕然として隣を見ると、口から入った矢が、頭の後ろに大きく突き出ている。
矢が上下に勢いよく震えている。
恐るべき強弓だった。
「なっ」
言葉を失った幹蒙の目と鼻の先で、騎兵が馬上から地に落ちる。
周りの騎兵たちも驚愕のあまり動けない。
「ちい、外した」
軽く舌打ちをすると魁傑は次の矢をつがえ、素早く放った。
次の瞬間、風切り音と共に幹蒙の右の肩に衝撃が走った。
鎧を貫いて矢が肩に刺さっている。
それを理解する間もなく、矢の勢いに押され幹蒙は鞍の上から転げ落ちた。
「武信公!」
騎兵が叫ぶ声が、乱賊たちの歓声にかき消される。
「王が落ちたぞ! 行け! 行け!」
「取っ捕まえろ!」
雄たけびを上げ、雪崩のように乱賊たちが押し寄せる。
その勢いのまま討伐軍は次々と撃ち殺されていった。
三十分後、戦いの続く戦場で、高らかな声が上がった。
「王を捕えたぞ!」
歓喜の叫び声は、野火のようにたちどころに戦場に伝播した。
否応なしに乱賊の士気があがる。
総大将の無事を確認できない討伐軍が崩れだした。




