38.乱賊
日一日と夜明けが早くなってゆく六月の早朝。
午前四時すぎ、東の空がほのぼのと明け始めた。
王都冠城の誇る高く長大な城壁が、朝日にほの暗く、赤く照らし出される。
長く尾を引く城壁の影から、十人ほどの商人の集団が現れた。
彼らは朝日を避けるようにして、街道を進んでいた。
馬に乗った男女が、中央の荷馬車を守るように一団となっている。
彼らが王都から西へ、いくばくも離れないうちに、忽然と現れた騎馬の集団が追いかけてきた。
「待て! 待て! そこの連中!」
先頭の男が大声でどなる。
商人たちは、恐怖に顔を引きつらせて振り返った。
騎馬の集団は武装しており、その数二十騎を超えていた。
荷馬車があるために、逃げることは難しい。
商人たちは、諦めと苦渋の表情でお互いを見た。
彼らはあっという間に、騎馬集団に取り囲まれた。
「お前等、誰の許しを得てここを通っているんだ!」
中央に立つひょろりと背が高く無精ひげを生やした男が、刀を抜いて商人たちを怒鳴りつけた。
その周りを固める男たちも、次々と刀を抜いて構える。
商人たちに刀を突きつける騎馬集団の鎧や、馬の装具は、色や模様がまちまちでまるで統一感がなかった。
「いえ、その、ここは国の街道で、王の定めにより誰でも通れるもので」
商人たちの代表が頭を下げ、体を小さくしてそう答えた。
荷馬車と商人を取り巻いた騎馬の男たちが、それを聞いてげらげらと下卑た笑い声を立てる。
「おい、聞いたか。国の街道だとよ」
「何いってやがるんだ」
笑いながら一人が槍の穂先で、馬に乗っている商人の一人をつついた。
「や、やめてください」
怯えた馬がいななきを上げる。
騎馬集団の頭目が、辺りに響き渡る大声で怒鳴った。
「いいか、今、この国には王なんかいねえんだよ! 王の定めがどうした! ここは俺たちの縄張りだ。この街道は魁傑様が支配している。お前たちはどこに行くにしろ、魁傑様に通行税を払うんだよ!」
商人たちは顔を地面に向け、ため息をついた。
外敵である猪狄の軍を、舜国の討伐軍が打ち払ったのが先月のことである。
籠城していた王都がようやく解放されるかと期待していたら、東からやってきた魁傑を頭目とする乱賊の集団が王都を包囲してしまった。
結局、王都は解放されず、周辺には強盗、追剥が満ちあふれた。
行商人も言いがかりをつけられて荷を奪われることが多かった。
結局この商人たちは、荷馬車に載せていたの商品の半分を騎馬集団に引き渡すことで、その先に進むことが許された。
強盗の背を見送って、商人たちは悪態をついた。
「王の軍隊はいったい何をしているんだ。いっつもでかい顔で税を取り立てておきながら、こんなときに何もしないで、安全な南の江邑にひっこんでるなんて」
苛立ちを露わに、商人の一人が唾を吐いた。
「王が死んだって話だが、王子が残ってんだろうに。何やってんだか。本当にほったらかしにされてる俺たちはたまらんよ」
商人の代表が荷馬車の中を確認し、大声を上げた。
「おい、ここにあった木箱はどうしたんだ!」
顔色を変えた代表に、若い男が不思議そうに答えた。
「え? さっきの連中が持っていきましたよ」
「なんてこった。あれは沈約様に頼まれた荷だったのに。烈侯領の城に届ける約束だったんだぞ」
頭を押さえる代表に、他の商人たちは気まずげに顔を見合わせた。
しかし、乱賊から荷を取り返すことなんてできるはずもない。
重いため息を何度かついた後は、気を取り直して商人たちは前に進んだ。
災難にあった商人の集団は、軽くなってしまった荷馬車と共に西に消えた。
この先も無事に目的地にたどり着ける保証はない。
しかし、少しでも荷を届けることができれば、このご時世、相当に高値で取引ができるはずだった。
危険と利益を天秤にかけ、商人たちはどんな時でも金勘定に励むのだ。
***
王都から少し離れた平地に、魁傑を頭目とする乱賊たちの軍団が拠点を作っていた。
人と馬が寝るためだけの掘っ立て小屋が無秩序に立ち並んでいる。
整地もされておらずでこぼこに踏み荒らされた土の道が迷路のようになっていた。
その掘っ立て小屋の集落の中央に、ひと際大きな小屋があった。
入口を守る兵士までいる。
その入り口から、ひょろりと背の高い男が中に入っていった。
「魁傑様! 良い物が手に入りました!」
男は木箱を一つ肩に担いでいた。
小屋の真ん中の部屋は、天上から壁、床に至るまで幾重にも色とりどりの布が張り巡らされていた。
部屋の奥に置かれた大きな椅子に、巨大な体の男が座っていた。
良く日に焼けた黒い肌に、ぎょろりとした大きな目が異様に白く光る。
左頬には見る者を怯えさせる大きな刀傷があった。
二米はあろうかというこの男が魁傑である。
幼いころから十人力と言われた剛力の持ち主であり、多くの手下を従え、この五年は采侯領を縦横に荒らしてきた。
「なんだ、滑良、朝っぱらから」
魁傑の問いに、小屋に入ってきた男が上機嫌で答えた。
「いやね、街道をこっそり通ろうとする連中がいたんで、ちょいと怒鳴りつけてやったんですけどね。手数料に取った荷の中から、なんか大事そうな手紙が出てきたんですよ」
木箱の中から、分厚い手紙を取り出して滑良は振った。
魁傑が面白そうに顎を手でなでる。
「ほう、何が書いてあるんだ。俺は字は読めねえよ。お前読めよ」
「もう、悪い冗談言わんでくださいよ。俺が読めるなら持ってきませんって」
「そりゃそうだ。おい! 陳申いるか!」
魁傑が横を向いて、大声で怒鳴った。
あまりの大きさに側にいた者が耳を押さえた。
「お呼びで?」
部屋を区切っていた布を片手で上げて、背は低いが横にがっしりとした肉付きの男が入ってきた。
四角い顔と相まって、どこか蟹に似たものを感じさせる。
「おい、陳申、お前その手紙読めよ。なんか商人の木箱に入っていたらしい」
「ほう、なにやらご大層な封ですな」
陳申は分厚い封筒を目の前に掲げ、ためつすがめつそれを見た。
「なんかしか偉い人は、自分の印を持っていて、それで封筒に蝋を使って封をするらしいですよ。ほら、模様がついてるでしょう」
陳申が手紙の封を魁傑に示した。
「へえ、お前、物知りだなあ。で、それは誰の封なんだ」
「いや、その、誰でしょうね」
陳申は、軍団の中ではこれ以上賢いものはいないという男だったが、蝋に押された模様の種別までは知らなかった。
「まあいいや、とりあえず読めよ」
「はいはい」
懐から取り出した小刀で雑に封を外し、陳申は手紙を広げた。
「おお、長いですね」
「字ばっかりだな」
割合うんざりとした様子で魁傑が言った。
「で、なんて書いてあるんだ」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」
陳申は焦って手紙に目を通した。
長い手紙は、形式的な挨拶に始まり、官僚的な言い回しが多く、彼には読めない字もかなり交じっている。
読むうちに、陳申の頭がだんだん左に傾いていく。
「おい、どうなんだ」
陳申は眉間に深い皺を作り、考え込んだ。
「その、多分ですね。江邑から討伐軍が王都に来る。乱賊を成敗したら、烈侯領に征乾将軍が行くから待っていろ、と言っているような感じです。多分」
魁傑は太い腕を体の前で組んで頷いた。
「ほう、また討伐軍が来るのか。で、乱賊ってなんだ」
「えっと、その俺たちの軍団のことかと。多分」
「何が乱賊だ。俺たちは魁傑軍だぞ! 勝手な名前つけやがって!」
椅子から立ち上がって魁傑が吠えた。
「そうですよね、何勝手に人の名前つけてんだか」
滑良が合いの手を入れた。
「えっと、その」
乱賊というのは盗賊のような一般名詞である。
それをどう説明するべきか、陳申は頭を抱えた。
「そういや、その何とか将軍ってのが、俺たちを殺しにくるんだろ。俺もこれだけ広い領地を治めているんだ。俺だって将軍って呼ばれるべきなんじゃねえのか」
魁傑の大きな声に、滑良は勢いよく首を上下に振って同意した。
「おお! そうですね。王とか侯爵とかの子供だってだけで将軍になるんなら、自分の力でこんだけやってる魁傑様が将軍になるのは当然ですよ!」
陳申はひきつった笑みを浮かべた。
「ええっとですね。将軍はどこそこの方面の将として名前があります。征乾将軍なら、乾、北西です。征艮将軍なら、艮、北東です。なんで、魁傑様が将軍になるなら……」
魁傑が右の手に持っていた巨大な剣を鞘ごと地に突き刺した。
重い衝撃音が響く。
「よし! 俺には北とか南とか関係ねえ。この国全部を飲み込んでやる。邪魔する奴はどの方角からこようが全部容赦なく叩きつぶす!」
小屋の外にまで響く大声に、壁際に控えていた者たちが首を竦めた。
「いいか! 俺はちっこい領地のちんけな将軍じゃねえぞ! この世界のすべてが俺のもんだ!」
魁傑は大きな口でにやりと笑った。
「俺はこれから銀河大将軍だ!」
おおっ、と歓声が部屋のあちこちから起きる。
誰もが魁傑を尊敬を眼差して見上げた。
「よし! 戦闘の準備をしろ! 討伐軍を叩きのめす!」




