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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第四章 西域会戦
38/81

37.祝宴の裏



 六月の朝、貞固館で会議が行われていた。

 出席資格のある文官、武官が合計三十名ほど、薄暗い部屋の中に姿勢を正して座っていた。

 皆、表情に乏しく、一様に視線を下に向けている。


 正面に座る臨王、武信公幹蒙(かんもう)が、朗らかな声を張り上げた。


「さて、皆、良く集まってくれた。次の出兵の準備は滞りなく進んでいると聞き及ぶ。この幹蒙、嬉しく思う」


 王者として堂々たる態度だった。


 脇に控える文成公(ぶんぜいこう)伯洛(はくらく)は、自信に満ちた兄の笑みに、何か落ち着かないものを感じた。


「無事に猪狄(いてき)を打ち倒した暁には、速やかに即位式を行うが、そのためにもやるべきことがある。亡き父上、兄上の無念を払うためにも、お二人を儀典に則り丁重に葬り申し上げたい。また俺自身にもふさわしき墓所が必要だ」


 言葉を切ると、幹蒙は座を見回した。


「王家の陵墓を新たに作る」


 その場に重苦しい沈黙が降りる。


「王家の直轄領は勿論、烈侯領、采侯領からも人足を一戸に一人徴用せよ」


 幹蒙の言葉に、宰相宋義(そうぎ) が立ち上がった。


「武信公、その、王領ではすでに一戸に一人、兵士として徴兵しております。更に人を取りますと」


「なんだ」


 地を這うように低い幹蒙の声に、宋義は額に汗を浮かべる。


「その、あの、稲刈りの季節には手が回らなくなる恐れが」


「その頃には戦が終わる。兵士は家に帰せるだろう」


 軽く幹蒙は請け合った。


「まこと王者には王者としてふさわしき墓所が必要かと存じます。王家の陵墓は最後の造営からすでに百年は経っております故、武信公の仰せもごもっともかと」


 甲高い声がうやうやしくそう述べた。

 宋義の下官、董辰(とうしん)である。


「そうだ、そうだろう」


 幹蒙は満足した顔で頷いた。


 列席している他の重臣たちは、ひたすらに沈黙を守った。

 臨烈侯狼奇(ろうき)、臨采侯皓之(こうし)も表情を変えず、身動きすらしなかった。


「さて、三日後には満月になる。ちょうど良い頃合いであれば、宴を開く。王家からのふるまいだ。朝廷のものは勿論、臨烈侯、臨采侯も高位の者は皆出向くように」


 驚いて伯洛が声を上げる。


「兄上、烈侯家は喪中です」


「何、一晩ぐらい構わんだろう」


 助けを求めて伯洛は宋義に視線を向けた。

 しかし、宰相は目を伏せ、何も言わなかった。


 重苦しい会議が終わった後、伯洛は兄の執務室へ向かった。

 何かがおかしい。

 不穏な何かが、名状しがたい不安が胸に満ちる。


「兄上、少しよろしいですか」


「なんだ、伯洛」


 くつろいで長椅子に座る幹蒙は、上機嫌だった。


「その、陵墓のために人を集めるのは、猪狄(いてき)との戦いが終わったあとで良いのではないでしょうか」


 ためらいながら伯洛は小さな声でそう言った。


「駄目だ。今すぐに集めるんだ」


 伯洛の最後の言葉が終わる前に、幹蒙は大きな声をかぶせた。


「いいか、伯洛、こっちにこい。良く聞け」


 長椅子の隣に弟を座らせると、幹蒙は顔を寄せて囁いた。


「誰もができないと思うことを無理やりにでもやらせる。それこそが王権なのだ。それを見せつけなければ人を従わせることはできない」


 伯洛の顔から血の気が引く。

 この兄は何を言っているのだろうか。


「覚えているか、伯洛。先の論功行賞で俺の武勲に難癖を付けた奴がいた」


 おもしろそうに幹蒙は笑う。


「あいつの首はもう胴体から離れたぞ」


「そんな」


 伯洛は絶句した。


「いいか、だからこそ今日も宋義は何も言わなかったんだ。あの説教好きのじじいがだ。俺には力がある。誰もができないと思うことをやってのける。だからこそ、皆、恐れ敬うのだ。これこそが、王になるということだ!」


 伯洛は震えた。

 彼の知る兄ではない。どうしてしまったのか。


「その、しかし、兄上、王を定めるのは、神玉の声をきく斎女です」


 震える小さな声で、なんとか伯洛はそう言った。


「心配するな。すでに手は打ってある。すべては上手くいく。そう決まっているんだ」


 自信満々にそう笑う兄を、うすら寒く伯洛は見返した。




***



 宴の日、昼前から貞固館に、高官が集まった。

 臨王幹蒙(かんもう)の主催する宴であれば、誰一人欠ける者はいなかった。


 乾杯の合図とともに宴が始まると、文官、武官ともに大いに声を上げた。

 幹蒙が何かを言えば、周りからわざとらしい笑い声が立つ。

 どれだけ楽しそうに大声で笑えるかを競っているようだった。


 気疲れした狼奇は、厠に行くと言いおいて、早々に席を立った。

 できる限り宴席に戻るのを遅らせようと、館の廊下、回廊を狼奇はそぞろ歩いた。


 中庭をめぐる回廊では、あちらこちらの柱の陰で、宴を中座した高官たちが休んでいた。

 顔見知りどおし、声を潜めて囁きあう。

 廊下を歩く狼奇にも、その会話が漏れ聞こえた。


「武信公はすっかり王におなりになったご気分の御様子ですな」

「ああ、こう、自信に満ちてますな。お兄君がいらっしゃったときと、人が変わったように」


 どこか一人になれる場所はないかと、狼奇は立ち止まって上を見る。

 少し離れたところに、建物と建物を連結する二階建ての廊下が見えた。


「しかし、斎女が次王に指名したのは武信公ではないのですがね」

「どうするんでしょうな」

「あれ、しかし、臨烈侯は武勲こそ目覚ましいものですが、あまり礼儀を御存じない」

「その上あの服の趣味では、百官の上に立つお方として格好が悪すぎます」

「確かに」


 柱に隠れ、声を落として笑いあう声の方角に、狼奇はだしぬけに振り返った。


「さて、俺の服の趣味が悪いということなら、ご両人にどうすれば良いか助言を頂きたいところだな」


 噂話の主がすぐそこにいることに気づいていなかったのか、二人の官吏は息をのんで狼奇を見上げた。


「あ、あの、臨烈侯がそちらにおいでとは気が付かず」

「申し訳ありません。いや、その背中からお見掛けすると、目覚ましく素晴らしいご衣裳でいらっしゃるので」

「いつもと違いすぎたか」


 片方の口角をつりあげて、皮肉たっぷりに狼奇は笑った。

 実のところ今日に限って狼奇は、弧張を通して文成公から贈られた衣装を着ていたのである。


 真っ青な顔で両手を揉み、なんとかごまかそうとする二人の官吏を見て、急に狼奇は馬鹿らしくなった。

 自分よりはるかに低位の官僚をいたぶっても、面白くもない。


「俺も人のことは言えんが、まあ、口には気を付けるんだな」


 言い捨てて、廊下を先に進んだ。


 狼奇(ろうき)は一人、二階の渡り廊下の欄干にもたれ、空を眺めた。

 白い月が、青い夏空にうっすらと浮かんでいる。

 遠くの部屋から、人の笑う声、楽器の音が途切れ途切れに届いた。


 暗い顔で、深いため息をついたとき、廊下の向こうから近づく人影に気が付いた。

 狼奇は小さく舌打ちをする。


「やあ、こんなところでどうしたんだい。席外しが長くないか」


 皓之(こうし)が金髪を日に輝やかせ、爽やかな笑顔で近づいてきた。


「これでも喪中なんだ。静かに過ごさせてほしいもんだ」


 腕の喪章を指で差し示す。


「そうか、君のところは家族の仲が良かったからつらいだろうね」


「嫌味か? そんなわけないだろ」


 狼奇の吐き捨てるような言葉に、皓之は不思議そうに目を見開いた。


「そうなのかい? 傍目には仲良く悪口を言い合ってるように見えたけど」


「仲良くね」


 見るほうの目が歪んでいたなら仕方ないなと、狼奇は失笑する。


「宴会場には戻らないのかい? 皆で歌を歌って盛り上がっているよ。ま、今は武信公の独演会になっているけどね」


 欄干にもたれかかって皓之は、隣の建物の二階を顎で指し示した。


「みんな良く平然と聴いていられるな。あそこまで音痴なのは珍しいぞ」


 並んで欄干にもたれ、狼奇は呆れてそう言った。

 面白そうに皓之は笑う。


「ご本人は上手いつもりなのがなんとも言えないね。まあ、周りの者が大げさに褒めたたえるものだから、その気になっちゃっているんだね」


「おかげで独演会か」


 同席しているであろう重臣たちの顔を思い浮かべ、狼奇は多少同情した。


「中々に面白い見物だよ。競い合って素晴らしいと感想を言いあったり、武信公を称える歌って新しい歌を作ってみたり。何ていうのかな、忠誠心の見せどころって感じ」


「演技力の間違いだろ」


 深々とため息をつくと、狼奇は両手で髪を掻きまわした。


「おかしいだろ。一体何を祝っているんだ。何をはしゃいでいるだ。冠城(かんじょう)は、まだ猪狄(いてき)の残兵と、乱賊に囲まれている。王朝の財政は傾いている。このままでは十年も持たない。墓所を作っている場合ではない」


 また長い息を吐き、狼奇は空の月を見上げた。

 それを見て、皓之は小さく笑う。


「私たちは、半径五十(メートル)の世界を生きている。毎日の生活に関わる問題、目の前に見える敵、それこそが世界のすべてなんだ」


 狼奇は友人を振り返った。


「毎日、憎い敵と顔を合わせるからこそ、闘争心が燃え上がる。自分と意見の違う官吏だったり、出世を競う同僚だったりね」


 皓之は面白そうに笑いながら続けた。


「この江邑(こうゆう)にいれば、猪狄(いてき)の姿なんて見ることはない。猪狄に襲われるかもなんて不安があるはずもない。それに来年生きているかもわからないのに、十年後のことを考えてどうする?」


 すべてを突き放すような皓之に、狼奇は眉をひそめた。


「百公里(キロメートル)先だとか、十年後だとかを考えて、本気で心配する者は、いうなれば狂人なんだよ」


 優しく微笑む皓之に、狼奇は首を振った。


「侯家を背負う者が十年先も見通せなくてどうするんだ」


「なるほど。そう言われれば、そうだね」


 あっさりと同意を示し、皓之は笑った。

 狼奇は慎重に友人を見、静かに訊いた。


「皓之、お前、姉を武信公に嫁がせるのか」


「早耳だね」


 軽く皓之は笑った。


「うちだって喪中だからね。おめでたい話は一年は止めたい、と言っておいた」


「なるほど。一年か」


「そう、一年あれば十分だろう」


 二人は薄暗い渡り廊下で、正面からお互いの瞳を見た。

 探りあう視線が、音もなくぶつかる。


 遠くから笑いあう歓声、楽の音が聴こえる。


 大学で共に学び遊んだときから、ずいぶんと遠いところに来た。

 意地の悪い教師や、年上の学生たちの嫌がらせ、世の中の仕組みへの不平不満を、二人で言い合った。

 嫌なことばかりだったのに、今振り返ると不思議とその頃は楽しかったように思われた。


 狼奇は静かに視線を切り、身を翻した。

 声もなく皓之は友人の背中を見送った。




***




 一人宴を中座して帰ろうとした狼奇は、玄関で妙な騒ぎに気が付いた。

 通用門の方で、大勢の者が歓声を上げている。

 どうやら喧嘩のようだった。


 こうるさい官吏に見つかったら、問題が大きくなる。

 狼奇は軽く舌打ちをして通用門へ向かった。


 通用門から調理場に向かう道の途中で、二人の女が向き合っていた。

 一人は包丁を手にした中年女、もう一人は背に背負うような大きな籠を手にした若い女だ。


 彼女たちを取り囲んで男たちが人垣を作り、囃し立てていた。


「どうした、どうした!」

「いいぞ! いいぞ!」


 女たちは何かを叫びあっているが、狼奇にはその内容が聞き取れない。

 ふと塀を見ると、見慣れた少年が塀の上に立って、両手を叩いて見物している。


弧張(こちょう)、お前、なんでここにいるんだ」


「あれ? 狼奇様、こんなとこでどうしたの? 正門向こうだよ? 俺は夫曽(ふそ)の旦那が宴会の酒を運ぶのを手伝ってたんだ」


「あれは何の騒ぎだ」


 狼奇は顎で人垣を示した。


「街の外から魚を売りに来た女に、調理場のおばさんがお前ところみたいな汚い場所の魚を食えるかって突っ返して大喧嘩になったんだよ」


「馬鹿なことを。で、どこの魚だ」


 ため息をついて狼奇が訊いた。


「曲水だって」


 軽い弧張の声に、狼奇は目を見開いた。

 一つ息を吐くと、人垣に近づいた。


「おい、止めろ! 今すぐだ!」


 大声で怒鳴ると、狼奇は二人の女の間に割って入った。


「なんだい、お前さん、怪我をしたいのか!」


 包丁を振り回す女の手首を、狼奇は軽く掴みあげた。


「いたたた! 痛いって!」

「危ないからやめとけよ」


 止めた狼奇の頭を、後ろから若い女が籠で叩く。

 その拍子に、籠の中の魚が飛び出して地面を滑った。


「痛いな、おい。なんで俺を叩く」


「あたしたちの邪魔すんじゃないよ!」


 血走った目で、甲高く若い女が叫んだ。


「いいか、俺は将軍だ。お前たちを牢に入れることだってできるんだぞ。もう止めろ。俺はもう十分に問題を抱え込んで疲れているんだ。これ以上面倒ごと増やしてくれるな」


 もう片方の手で、若い女の手首をぐいとつかんだ。


「はっ! なんだい! 将軍様の悩み事に比べたら大したことないって言いたいのかい。あたしたちはこれに命賭けてんだよ!」


「そうだ! 何で偉い人があたしたちを馬鹿にすんだよ! どうせ女の下らない喧嘩だって思ってんだろ! すっこんでな!」


「いや、そんなこと言ってねえだろ」


 興奮しきった女たちに怒鳴られ、狼奇はため息をついた。

 普通なら恐れ入って静まり返っていいはずなのだが、やはり自分には将軍としての威厳が足りないのだろうか。


「いいぞ、いいぞ! もっとやれ!」


 無責任なやじ馬たちにあおられ、狼奇の手を振り切って女たちはまた殴り合いの喧嘩を始めた。


「いい加減にしろ! 弧張! 見物してないで手伝え!」


 女たちが怪我をする前に、狼奇は何とか二人を引き離して騒ぎを収めた。

 その代償として、狼奇と弧張には派手な青あざが残された。


 その宴の後、一週間と経たず、江邑(こうゆう)から臨王幹蒙(かんもう)を総大将とする討伐軍が進発した。

 王軍、烈侯軍、采侯軍が付き従う。

 王都周辺の猪狄(いてき)の残兵、采侯領から支配地域を広げている乱賊を一掃し、王都冠城(かんじょう)を解放を目標としていた。



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