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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第三章 南都挙兵
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26.黄昏



 江邑(こうゆう)から一時間ほど馬で駆けると、荒れ地の中に突如として灰色の巨大な塊が見えた。


 三人の将軍たちは、それぞれの乗騎から身軽に降りる。

 日頃戦場を駆ける彼らにとっては、十三公里(キロメートル)は散歩程度の距離であり、特に疲労はなかった。


 皓之(こうし)は、馬の(むち)で足元の石くれを突いた。


「これはまた珍しいものが露出しているね。二千年前のものだろう」


 朱苛(しゅか)は頷いた。


「はい、江邑(こうゆう)の者が言うには昔、地震があったときに大規模な地滑りが起こり、ごっそり地表が削れた後に出てきたとか」


 灰色の塊は、太く広く、長いところでは一直線に五百(メートル)ほども続いている。その巨大な直方体の塊は一つではなく、五つ、六つと横倒しに大地に横たわっていた。


 塊の上に立つ三人は、遠くから見ると、巨大な蟻塚に登る小さな蟻のようだった。


「不思議だね。二千年前にはこの巨大な塊が真っすぐ天に向いて林立し、中で人が暮らしていたなんて」


 灰色の塊は、虫が食うようにところどころに穴が開き、かつては定規で測ったように直線だったであろう角が、ぼろぼろと欠けている。


 足で腐食の程度を確かめていた狼奇(ろうき)が、首を振った。


「失われた文明の遺産だな。かつては世界中で巨大な建物が、それこそ天に届く摩天楼のように立っていたという。昼といわず夜といわず星が見えなくなるほどの灯りが街にあふれていた。空には地上から人が打ち上げた星が回っていたって話だからな」


 兄の背に、朱苛はつぶやいた。


「大学で習ったときは、とても信じられませんでした。遥かに優れた技術、文化を持っていた古代の人たちがいたなんて。このような遺跡を見て、確かにそれがあったのだとようやく納得することができました」


 狼奇は笑う。


「こんなものを作り上げる恐ろしいほどの技術があったのに、わずかに百年で崩壊するのもどうかと思うけどな」


 二千年前、高度な文明、豊かな生活を謳歌していた人類を襲った大災厄の世紀。


 死に至る疫病の蔓延、超巨大火山の破局噴火による寒冷化が引き起こした大飢饉、極めつけは独裁国家から流出した核兵器による大殺戮と報復による多国間戦争。


 極度に分業化されていた世界では、一国で衣食住を賄える国はなく、貿易が機能不全に陥ったあと、雪崩を打つように高度文明が崩壊した。


「私たちはこの建造物を作っていたときのような文明を取り戻せるのでしょうか」


 朱苛の問いに、皓之が微笑んだ。


「歴史上、文明の衰退は何度か記録されている。だいたい戻らないね。自滅的に衰退して終わるか、他の発達した文明に飲み込まれるかだ」


 軽く答えると、皓之は続けた。


「かつての高度文明の技術、知識の一部は今でも伝えられている。しかし、それを実現するための手段がない。露天でとれる、地表にあるような資源はとっくに使い果たされている。地下深くにある資源を取り出す道具を作り出すための技術は失われてしまった。知識があったところで、実現できない」


 膝をついて、腐食した穴を調べていた皓之が立ち上がった。


「この五百年だけを見ても確実だ」


 軽く服についた砂利を払う。


「少しずつ、しかし確実に、私たちの文明は衰退している」


 二千年前の遺跡の上から、三人は西に落ちる日を眺めた。

 遥か遠くに山脈が見える。

 西の空には赤く染まった薄い雲がまだらに散っていた。


 しばらく言葉もなく彼らは西の空を見つめていた。

 ぽつんと、朱苛が言う。


「王軍の準備を待たなければ、二週間前に進発できました」


 皓之と狼奇は、二十一歳の女将軍を見た。


「王都には、冠城(かんじょう)には、二十万の民が籠城しています。我々の助けを待って」


 朱苛は子供時代の半分を過ごした冠城を想った。

 そこにいるはずの友人知人たちは無事なのか。


「もし、猪狄の侵攻後すぐに私に烈侯軍全軍を預けてもらえていたなら、今頃、すでに猪狄(いてき)を討ちはらい、冠城を解放できていました」


 狼奇は妹に優しく声をかけた。


「そうだな、お前ならできていたと思うよ。冗談抜きに」


 朱苛は苦し気な顔で兄を見る。


「だがな、朱苛、猪狄(いてき)と戦えば勝てるだろうが、どう上手くやっても兵の損傷なしでは済まない。総力を挙げて猪狄(いてき)を倒したあと、無傷の王軍に後ろから襲い掛かられたらどうする。下手をすると全滅だ」


 ゆっくりと狼奇は妹に言って聞かせた。


「もちろん猪狄(いてき)は倒す。当然のことだ。だがな、俺たちと同じ程度に王の軍も痛ませないといけない」


 口を引き結ぶ妹の肩に、狼奇は手を置いた。


「なあ、朱苛、お前だって習っただろ。最初に核攻撃をしたのは何も考えてない馬鹿だったんだ。輸送途中の船を襲ってたまたま手に入れた核兵器を、怒りに任せて適当に敵にぶちこんだ。更に強力な大量破壊兵器を持つ先進国家は、世界の秩序を考えて報復をためらった。そうこうしているうちに、馬鹿同士で攻撃を乱発して、先進国家は巻き添え食らって崩壊だ」


 朱苛の顔を覗き込み、狼奇は片方の口角を上げてにやりと笑った。


「深く考えるな。馬鹿になるんだよ。目の前の問題だけを見るんだ。こんなの正気になったほうが負けだ」


 優しく微笑みながら兄妹の会話を聞いていた皓之が、やはり朱苛の肩に手を置いた。


「ねえ、朱苛、私は領地に副将たちと軍を残している。内乱が全く治まってないからね。本当ならば、この国としての効率を考えるならば、私は今すぐ采侯領に戻って全力をあげて内乱鎮圧に専念するべきなんだ。今、この時も私は兵と領民に不要だったかもしれない犠牲を強いている」


 見上げてくる朱苛の黒い目を、皓之は優しく見つめ返した。


「でも私がここにいなかったら、采侯家は取り潰されてしまうかもしれない。皆と行動を共にして、ある程度軍功をあげないと、朝廷での立場が悪くなる」


 皓之は軽く頷いて見せる。


「国全体の利益を考えれば、私たちの行動は不合理、非効率、そう、言ってしまえば馬鹿なやり方だよね。でも自分たちが生き残るためには、そうするしかないんだよ。やっぱり」


 下を向いた朱苛が力なくつぶやきを漏らした。


「いつまで」


 顔を上げ、遠い空を見る。


「いつまで私たちはこんなことを続けるのでしょうか」


 二千年前の遺跡の上に立った三人の将軍たちは、西に落ちようとする夕日を眺めた。


「そうだね、多分」


 明るく皓之は答えた。


「この地上からヒトという種が死に絶えるそのときまで」


 見渡す限りの荒れ地が続いていた。

 地平線に沿って見える山の影は深く黒く、その縁を落日がまばゆい橙色に輝かせていた。

 西から放射状に流れる雲は、下を赤く染め、上を宵闇に青くし、美しく空を彩っていた。


 天と地が見せるその光景は百年後も、千年後も変わることはないだろう。

 それを見る人間が誰一人いなくなっても。




***




 その三日後、卜占(ぼくせん)に従い、吉日吉時吉方より猪狄(いてき)討伐軍が江邑(こうゆう)から出撃した。王軍五万、烈侯軍八万、采侯軍二万、総大将は烈侯梁桀(りょうけつ)。王都西方で、猪狄(いてき)主力軍を撃滅する。王都を敵に包囲されてすでに一ヶ月が経過しようとしていた。



 ――目標に王都奪還は含まれていない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 過去文明という衝撃の事実が、出てきましたね。 続きが楽しみです。
2020/11/04 20:39 退会済み
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