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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第三章 南都挙兵
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24.中座した将軍たち



 陰りのない空に、日が高く輝く。

 ぬるい空気が肌をなめる昼日中、人気の少ない太守公邸で、宴を抜け出してきた三人の将軍が酒杯を傾けていた。


 狼奇(ろうき)朱苛(しゅか)はすでに服を日常のものに改めている。

 皓之(こうし)は正装をやや着崩してくつろいでいた。


「こうやって三人で顔を突き合わせるのも久しぶりだね。大学以来じゃないかな、何年経ったかな」


 明るい皓之の声に、朱苛が静かに答えた。


「お二人が大学を出たのは六年前です」


「もうそんなに経ったか、ついこないだまで学生やってた気がするんだが」


 まるで年寄りのような感想を狼奇が漏らした。

 同意を示して、皓之が笑う。


「そうだね、普通なら私たちはまだ大学に行っている年だからね。他の学生がやたら厳しい試験を潜り抜けて十八歳やら、二十歳やらで入学してくるのに、私たちは十四になったら試験もなしに問答無用で大学に放り込まれるものだから、出るのも早い」


 皓之の言葉に、朱苛が頷いた。


「我が国の始祖高元が、権門の子弟こそが誰よりも厳しく勉学に励み、武芸を磨き、国のために身を尽くすべき、十四で大学に入るべしと定められたとか」


「俺たちは十四で大学だからまだましだ。文成公(ぶんぜいこう)なんて、十二で成人だ」


 狼奇が批判的に首を振った。


「五つも六つも年上の学生たちに囲まれて勉強するのはかなり大変だったけど、大学出た後の戦場での苦労に比べれば楽園だったなあ」


 懐かしげにそういうと、皓之は天井を見上げた。

 

「まあ、大学からそのまま戦場に放り出されれば学んだことをすぐに実践できるから、いやでも身にはつくよね。王朝を支える権門の強制育成手法、とでも言うべきかな」


 皓之の言葉を狼奇が鼻で笑った。


「学んだことなんか、何の役に立つ? ろくなもんじゃなかっただろ」


「ほら、兵法は勿論だけど、人の上に立つ心構えとか、大道とは、政道とはとか、有難い話があったじゃないか」


 狼奇は空いた盃を手で弄び、いかにもひねくれた物言いをした。


「十四、十五の餓鬼にそれを教えて身につくとでも? 俺だって指導されるままに有難い本を読んださ、例えば大昔の皇帝の残した手記だ。だが、覚えていることと言ったら、情交などつまらないものだ、そんなのにとらわれてはいけない、とかいうところだけさ」


 にやりと下品に笑う。


「歴史的偉人と崇め奉られる人でも、頭からそれが離れないんだなってちょっとは親近感がわいたよ。しかし、もうそれしか覚えちゃいないんだ。それにしても自分の日記に書いたそんな内容を連綿と何百年、何千年と後にまで晒されるなんて、皇帝もえらく気の毒じゃないか、え?」


 高らかに声をあげて、皓之は笑った。


「案外、君は良く勉強しているよね。成績は悪かったけど。その本、まともに読んでる連中のほうが少ないと思うよ」


「いいねえ、美男子(イケメン)は。笑い声も爽やかで」


 脱力したようにそう言うと、狼奇は首を振った。


「割合顔にこだわるよね、君」


「そりゃそうだ、自分にないものは気になるもんだ。それにうちの家は面食いの家系なんだ、自分のことは棚にあげてな。なあ、朱苛」


 突然、兄に話を振られた朱苛は、さっと顔を赤くして立ち上がった。


「知りません、私はこれで失礼します」


 つんと顔を背け、足早に出ていく朱苛の背を二人は見送った。


「自分の妹をからかうもんじゃないよ」


 呆れたように皓之は笑った。


「身内にぐらい好きに冗談言わせろよ。上っ面の良い嘘ばっかりのやりとりなんて、もう腹いっぱいだ。聞いてるだけで頭がおかしくなっちまう」


 吐き捨てる狼奇に、皓之は笑う。


「いいね、君の家は軽口が絶えない。うちはそうはいかないなあ。先日、姉をこっちに呼んだんだけどね、気を遣って大変だよ」


 苦笑する皓之に、狼奇は興味深そうな視線を送る。


「姉って、あの美人で有名な。名前はなんていった?」


媚白(びはく)だよ。あの人はほとんど外に出ていないんだ。世間知らずもいいところで、話をするときは相当に気を配らないといけない。冗談なんてなかなか言えない」


 皓之は深々とため息をつく。


「父がね、断りがたいところに目をつけられても困るからと、嫁ぎ先が完全に決まるまでできる限り外に出さないようにしていたんだね。実際、姿を目にしたこともないはずの輩からの結婚の申し込みが山積みで、屋敷に侵入してかっさらおうとした奴までいる始末だ」


「美人すぎるのも問題だな、そりゃ。江邑(こうゆう)なんかに連れてきて大丈夫なのか」


 狼奇は呆れて言った。


「まあね、贅沢な悩みかもしれないけどね。何にせよ、この一年が勝負だろう。采侯家がつぶされるか、残るのかのね。使えるものは何でも使うしかない」


 皓之が露悪的に笑う。

 人形のように秀麗な顔を歪めて笑うと、その邪悪さが際立った。


「君のところだってそうだろう。朱苛をどうする気だ。ずっと戦場に置いとくわけにはいかないだろ」


「そうだな」


 狼奇は力なくそう言った。


「そうだな」


 椅子に背を預け、だらしなく天井を見上げる。

 眩暈をもよおすような酒精がぐるりと頭を回る。


「そこはさ、嘘でもこう、親友の私たちの盟約を確かにするためお互いに姻戚となろう、とか言うべきなんじゃないかな」


 明るく爽やかな声に、狼奇は悪態をついた。


「お前だって言わないじゃないか」


「まあ、そうだね」


 烈侯家と采侯家、そして王家。

 誰とどう盟約を結ぶのか、誰が政敵となるのか。

 旗色を鮮明にするには早すぎる。


 部屋に沈黙が落ちる。

 開け放した窓から、ぬるい風が流れ込む。

 遠く大通りで叫ぶ男たちの声が、小さく聞こえた。


「なあ、大丈夫か、お前」


 唐突な狼奇の声に、皓之は目をしばたたいた。


「何が?」


「親父さん、亡くなってまだ一ヶ月も経ってない」


 皓之は呆気に取られ、青い目を見開いた。

 一拍置いて、大声で笑いだした。


「おい」


 狼奇は危うげな友人を渋い顔で見た。 


「そうだ、そうだよね」


 笑いをおさめて皓之が言う。


「いやね、まるで実感がないんだよ。だって、父の亡骸を一目も見てないんだ。人から話を聞いただけでね。実際この目で見たら、悲しくて涙が出るのかもしれないけどね」


 他人事のように明るく笑う。


猪狄(いてき)の連中が、痛まないように首を塩漬けにしてくれているといいんだけど」


 狼奇は片手を額にあて、皓之を見た。

 爽やかな笑顔も、どこか病的に見える。


 思えば皓之は、突然に父を亡くし、一族の命運を背負ってこの見知らぬ土地にいる。

 朝廷で采侯家を背負うのは皓之ただ一人だ。

 気が休まる暇はないだろう。


 公の地位を持つ父と妹がいる自分の身を、この時ばかりは狼奇も有難く感じた。


「涙が出ないからって、無理に笑う必要はないだろう。お前、なんかおかしいぞ。まあ、俺相手に泣き言なんか言えないだろうけどさ、美人の姉さんにでも泣きついてみてもいいんじゃないか」


「何言っているんだ、悪い冗談だ」


 皓之は大笑いをした。


「君、自分で考えてみろよ。朱苛に泣きついて慰めてもらうかい」


「確かに、それはないな。大体朱苛は俺を嫌っているからな」


 ため息とともに狼奇は吐き出す。

 不思議そうに皓之はそれを見た。


「そうかい? 今はそうは見えないけどね。確かに、昔は随分兄妹喧嘩をしていたよね、あれ、何が原因だったんだい?」


 狼奇は同い年の友人を見る。

 十四で一緒に大学に入った。

 二大侯家の跡取り同士、何かにつけ比較され、対抗心がなかったと言えないが、ずっと年上の同級生たちよりは話しやすかった。


 王都のお互いの屋敷を行き来し、気安く付き合った。

 しかし、家の問題については口にしたことがない。


 皓之の青い目が、興味深げにこちらを見ていた。

 秘密の暴露を待っている。そんな目だ。

 いつだってその誘いに乗ったことはない。


 しかし、狼奇はこのとき疲れていた。

 頭に酒も回っている。

 古い友人の危うさに、それが望まれているならばといつになく投げやりな気持ちで口を開いた。


「俺は冠城(かんじょう)の南で育った。長屋の多い低所得層の地域だ。烈侯家の屋敷で朱苛に初めて会ったのは、俺が十二、あいつが十のときだった」


 初めて聞く話に皓之は目を見開き、思わず椅子から身を乗り出した。




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