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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第三章 南都挙兵
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23.宴



 貞固館に、馬車が集まりだした。

 館の門扉の前は勿論、屋敷を囲む四辺の塀に沿った道には、みっしりと馬車が並ぶ。

 江邑(こうゆう)中の馬車を集めたのかと思うほどの数だった。

 御者たちは我先にと自分の馬車を進めようとするので、あちらこちらで怒鳴りあいが始まっていた。


「もう十五分は動いていませんね。どうなさいます、狼奇(ろうき)様、馬車を降りて歩いて行かれますか? 宴に遅れますよ」


 馬車の中で、姜和(きょうわ)は主人に訊いた。

 珍しく着飾った狼奇が、いかにも嫌そうな顔でだらしなく座っている。


「この際、思いっきり遅れていきたいな。なあ、親父と朱苛(しゅか)が先行ってるんだし、俺、いなくてもいいじゃないか」


「駄目ですよ。朱苛様にもちゃんと送り届けてくれと念を押されてしまいましたからね、私は」


「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば」


 舌打ちをして狼奇は腰を上げた。

 姜和はすかさず馬車から主人が降りるのを助ける。


「お言葉にはくれぐれもお気をつけて」


「わかってるって」


 嫌そうに顔をしかめると、狼奇は館に向かって背をかがめて歩き出した。


 やる気のなさを全身で主張する主人が貞固館の門扉に入るのを見届け、姜和は御者に声をかけた。

 この混雑では主人の帰りをここで待つより、一度太守公邸に戻った方が良いだろうと話を決めた。

 姜和が馬車に乗り込むと、中の席に扇がぽつんと置かれていた。


「ああ、忘れてる」


 主人の忘れ物に、思わず姜和は天を仰いだ。

 扇をつかむと、馬車から飛び降り、御者に断りを入れる。

 小走りに主人を追って館に入った。


 館の中は、足の踏み場もなく、多くの人であふれていた。

 これから猪狄(いてき)討伐のために出兵がある。

 今日は、臨王、武信公幹蒙(かんもう)が主催する、勝利の前祝いの宴が行われるのだ。


 廊下を歩く人の群れが視界を埋め、姜和は主人を見つけかねていた。

 それなりに背の高い狼奇ではあるが、いかんせん、武官は体格の良い者が多いので埋もれてしまう。


「おやおや、これは姜和ではありませんか。王都から逃げ出してどこに行ったのかと思えばこんなところにいたのですか」


 甲高い男の声に、姜和は振り返った。

 宴のために着飾った四角い顔の男を姜和は知っていた。


董辰(とうしん)、お前、なぜここに」


 左右に離れぎみ目を細めた董辰は、片方の口角を上げた。


「ああ、貴方は征乾将軍に拾われたのでしたね。あんな大失敗をしでかしたものを拾うとは変わったお人だ」


 姜和は怒気を押さえて邪険に言った。


「何の用だ」


 董辰は扇で口元を押さえ、更に笑みを深くする。


「何の用? それは私の台詞です。ここは臨王の仮住まい、今日は高官のみが呼ばれる宴席、貴方がなぜここにいるのです。いいですか、私は宰相宋義(そうぎ)様にお仕えし少史を拝命しています。例えかつての上官であろうとも、貴方にお前などと呼ばれるいわれはありません」


 董辰は流れるようにそういうと、顎を上げた。

 姜和は小さく微笑み、顔を伏せ頭を下げた。


董辰(とうしん)様、失礼をいたしました。主人である征乾将軍に届ける物があり、参ったものです」


 あらん限りの気力を使い、姜和は可能な限り穏やかな声を作った。

 震える手は握りしめてごまかした。


「ほう、そうですか」


 更に董辰が続けようとしたとき、その場に大きな声が響いた。


「なんだ、俺の部下に用があるのか」


 姜和が顔を上げると、狼奇が董辰を正面から睨みつけていた。

 粗雑な口調と、威圧を感じさせる長身に、董辰が無意識に一歩さがる。


「いえ、その、あの、昔馴染みに声をかけただけです」


 小さくごまかすように答え、去っていく董辰の背を見送った。


「馬車にお忘れでしたよ」


 姜和は主人に扇を手渡した。

 狼奇は扇で自分の肩を何度か叩くと、明後日の方向を見上げて言った。


「なあ、姜和。もう先に帰ってていいぞ。俺は一人で帰れる。なんなら朱苛の車に乗るから」


 姜和は笑った。

 演技もなく笑えることを心から喜んだ。


「何を仰いますか。狼奇様が太守公邸に帰る途中にどこかに遊びに行かないように、きちんとお迎えに参りますよ」


「そうか」


 二十三という年には不釣り合いな乾いた笑みを見せ去っていく主人を、姜和は笑顔と共に見送った。




***




 大広間には、色とりどりの服を着た老若男女の高官がずらりと居並んでいた。

 窮屈にさえ感じられるその場には、熱気がこもっていた。


 一段高い上座に立った宰相宋義(そうぎ)が辞を述べる。


「今この良き日、良き時、お集まりいただきました忠臣たる皆様と、大いなる誓いを同じくできることを、ここに慶び申し上げます」


 上座の席には、武信公幹蒙(かんもう)文成公(ぶんぜいこう)伯洛(はくらく)が並んで座っていた。


「卑しき猪狄(いてき)に国を侵され、王都冠城(かんじょう)をはじめ、数多の民衆に艱難辛苦(かんなんしんく)の辛酸をなめさせているこの口惜しさを言い表す言葉とてございません」


 並み居る臣下たちの顔を見渡すように、宋義はゆっくりと首を動かした。


「我ら臣下、心を一つにして、ただひとえに国家安寧のために尽くしましょう。皆々様の忠心の深さ、固さは日輪、明月、真円にして欠くところなきがごとし。我らに勝利を」


 杯を掲げ、一同が唱和する。


「勝利を! 乾杯!」


 声は大きく響き、部屋の壁を揺るがせた。


 広くはあるが、集まった人数のために狭苦しくなった大広間から逃れるように、続き部屋や廊下に人があふれていた。


 狼奇は部屋の片隅に置かれた休憩用の椅子に落ち着き、一人杯を傾けていた。

 次から次に挨拶にやってくる官吏たちを片付けて、ようやく一人になれたところだった。


 それなのに、遠くから文句のつけようのない爽やかな笑みを浮かべた美男子が近づいてくるのを見て、思わず舌打ちをする。


「やあ、ここにいたんだね」


 金髪碧眼の征艮(せいこん)将軍、皓之(こうし)が狼奇の隣に座った。


「よう」


 ちらりと目をやり、気のない返事を返す。


「さぼらず大人しく来たようだね。感心だ」

「ほっとけ。お前は良いだろうが、俺はこういうの嫌いなんだよ」


 優等生の友人に、狼奇は吐き捨てる。


「私だって宴会が好きなわけじゃないさ」

「ほんとかよ」


 疑いの目を皓之に向けたとき、後ろから二人に声がかかった。


「これはこれは両将軍、このような壁際にお隠れにならず、大広間においでください。皆、お二人をお待ちしておりますよ」


 慇懃に頭を下げる男を見て、狼奇は思わず舌打ちをしそうになった。

 皓之が爽やかな笑みを浮かべて応対する。


「これは董辰(とうしん)殿、まあ、私たちも少しは休ませてください。どうですか、ご一献」


 皓之が差し出した杯を、董辰は恭しく受け取る。


「ありがとうございます」


 皓之が卓から銚子を取り上げ、董辰の持つ杯に注ぐ。

 注がれた酒を、董辰は三度にわけてぐっと飲み干した。


董辰(とうしん)殿は、宋義(そうぎ)様の下に入られて長いのですか」


「まだ二年ほどでございます。わたくしは三年前に院試に及第し、下級役人をしていたところ、宋義様のお目に留まることがかないまして」


 にこやかな笑みで会話を続ける二人を、狼奇は無表情に見守った。


「ほう、そのお若さで院試に通られているとは素晴らしいですね。私のように侯家に生まれたものは、どうしても勉学が不十分ですからね。先般の弁論は理よく論に優れ、聞きほれるものがありました。貴方のような素晴らしい方が、朝廷を支えていらっしゃれば何の心配もありませんね」


「いえいえ、そんな、とんでもございません」


 采侯領を王領に吸収しようとを言い出したのは董辰である。

 どちらの笑顔も不気味だな、と狼奇は思わずにはいられなかった。


 そつなく董辰が話を切り上げ、去っていったのを契機に、狼奇は立ち上がって廊下に出た。


 いつの間にか、太陽が空高くに昇りきっていた。

 天を見上げると目がくらむ。

 暑さを感じ、扇で首元に風を送る。


 柱の陰から、官吏たちの声が聞こえた。


「御覧なさい。あの成り上がり。宋義様のお引き立てで格別な出世をして何か勘違いしておりますよ。蛙が着飾ったところであれおかしなこと」

「本当に。何様におなりのつもりでしょうかね」


 卑しくも、あざけり笑う声がする。

 彼らが差す人物が誰か、狼奇にはわかった。

 董辰だ。


「たまらんな」


 一人、そうつぶやくと、狼奇は廊下を歩きだした。


「兄様、どちらに」


 冷たい声に振り返ると、あからさまに不機嫌な妹がいた。


「小便だよ。なんだ、朱苛、連れしょんするか」


 わざと下品に笑って見せると、案に相違して妹は頷いた。


「どうせ太守公邸の(かわや)でしょう。御一緒します」


「宴はいいのか」


「父様がいらっしゃいます」


 何かあったなと思ったが、敢えて訊くことはしなかった。


「そうか、じゃ、公邸で飲みなおすか」


 朱苛の肩に手をかけたとき、狼奇の肩に手が置かれた。


「つれないな、私は誘ってくれないのか」


 にっこり笑った皓之に、狼奇はため息をついた。


「お前、抜けて大丈夫なのか」


「一通り顔は見せて回ったからね。十分だよ。一緒に出ると目立つから、後から行くよ。私の分も酒の準備をよろしく」


 皓之の背を見送り、狼奇と朱苛は顔を見合わせた。




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