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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第三章 南都挙兵
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18.江邑大評定(2)



 突然現れた金髪の青年は、不敵な笑みを浮かべまっすぐに上座を見た。

 そこに座る武信公幹蒙(かんもう)と視線が合う。


 二人共に声はなく、室内に緊張が満ちた。


 咳払いとともに、宰相宋義(そうぎ)が立ち上がった。


「これは、征艮(せいこん)将軍、皓之(こうし)様、良くご無事に参られました。内乱鎮圧のため、さい侯領に向かわれたと聞いておりましたので、江邑(こうゆう)にお越しになるとは思ってもおらず」


 白髪の目立つ宰相へ皓之は向き直った。


「いかにも。内乱を治めるため、領内転戦しておりましたが、父の訃報を聞き、戦場よりここに江邑(こうゆう)に駆け付けた次第。このように見苦しい様で場を汚すこと心苦しくはございますが、ご容赦ください」


 皓之が柔らかく笑う。

 その美しい笑みに、思わず宰相も気が緩みかけた。


「さて、采侯領を王領に編入しよういうのは、宰相のお考えでしょうか」


 爽やかな笑顔と共に訊かれ、宋義はびくりと体を揺らした。


「いえ、いえ、わたくしはそのようなこと口にしておりません」


「なるほど、では君の案か」


 宋義から視線を外し、部屋の中央に立つ三十ほどの官吏に、皓之は顔を向ける。

 正面から向き合う形になった男は、両手を組み合わせ、愛想よく笑って見せた。


「確かに先ほど申し上げておりましたのはわたくしではございますが、そもそも現在のわが国の」


 男の言葉を、皓之は遮った。


「まず、君の名を聞こう」


 明らかに年下の皓之(こうし)に言われ、男の四角い顔が歪んだ。


「これは失礼を。わたくしは董辰(とうしん)と申します。よろしくお見知りおきくださいませ」


 恭しく頭を下げる董辰に、皓之は更に訊く。


「官位は」


 采侯の長男であり、将軍でもある皓之より高い地位を持つ官吏は、宰相ぐらいである。


「宰相府、宋義様の元にて少史を務めております」


 愛想笑いを浮かべる董辰の顔が引きつる。

 ただでさえ左右に離れた目が、ひくひくと動き、蛙のようにも見えた。


「なるほど」


 笑みを浮かべ朗らかに一言、そう答えると、皓之は宰相に向き直った。

 少史ごときは、自分の相手ではないと言外に明言したのだ。


「さて、亡父、采侯淳于(じゅんう)は、長男である私、皓之を跡継ぎとして定めておりました。采侯の地位、領土はこの私が継ぐことが道理と存じます。いかがか」


 初老の宰相は、若すぎる金髪の将軍に恭しく対応する。


「いや、仰せごもっともではございますが、侯を封じることができるのは王のみと定められておりますれば、王がおられぬ今、皓之(こうし)様が采侯を継ぐことは、まことに残念ではございますが、難しいのではと存ずる次第にてございます」


 断言を避けつつ、皓之の要求を退ける。

 宰相宋義は、にこやかに笑みを浮かべる。

 反論の口が見つからず、皓之は秀麗な眉をぴくりと上げた。

 

 そこに思いがけず、野太い声が上がった。


「なに、王がおられずとも、これより臨時の王として武信公がお立ちになれば、皓之殿を臨時の采侯として封ずること、可能であろう」


 烈侯梁桀(りょうけつ)である。

 おもむろに立ち上がると、左右をぐるりと見渡した。


「さきほど、それそこの少史殿が言われた通り、今は国難危急のとき。(しゅん)国を支える王家、二侯家、一つとして欠けるべきにはあらず」


 堂々とした太く重い声が部屋に響いた。


「武信公を臨王として頂き、征艮(せいこん)将軍を臨采侯と成すべし。方々、異議はおありか」


 間髪入れず、烈侯の長男狼奇(ろうき)、長女朱苛(しゅか)をはじめ、部屋の左に座る官吏たちが声を上げる。


「異議なし」

「異議なし」


 一人一人の声は大きく、右の官吏たちもその勢いに飲み込まれる。


「宰相殿に異議は」


 烈侯は宰相に訊いた。

 正面から烈侯のきつい視線を受けた宰相は、ひきつった笑みを浮かべた。


「い、いえ、その、ございません。しからば、本日の評定はこれにて定まったと申せましょう」


 宰相宋義を除き、立ち上がっていた者たちが座り姿勢を正す。

 宋義は、部屋の中央に立ち、奥の上座に向かい恭しく頭を下げた。


「武信公ならびに文成公に申し上げます。愚臣らの評定、かくのごとく決せれば、伏して奏上いたします」


 伯洛(はくらく)は兄の顔を見上げた。

 怒りを隠しきれない顔は赤く、眉間の皺が深かった。


「相分かった」


 ようやく一言、口から押し出すと、武信公幹蒙(かんもう)は椅子を鳴らして立ち上がり、部屋から大股に出て行った。慌てて伯洛がその後を追う。


 王家の王子たちが退出したあと、宰相が座を見渡した。


「御一同、皆さま、評定をこれにて終わりといたします。お集まりいただきありがとうございました」


 何かを探るように官吏たちはお互いの顔を見た。

 一人、二人と立ち上がり、すぐに部屋をざわめきが満たした。



***




 烈侯に(いざな)われ、皓之(こうし)狼奇(ろうき)朱苛(しゅか)は近くの控室に入った。


 二侯家の四人は改めて再会を喜んだ。


「良くご無事に江邑(こうゆう)まで参られた。武を旨とする我らには避けがたいことではあるが、お父上のこと、残念極まりない。ご心痛もあろうがあまり力を落とされるな。私にできることがあればいかようにもお力になろう」


 烈侯は大きな手で、皓之の肩を叩いた。


「すでに先刻ご助力をいただいたばかりです。お礼の申し上げようもございません。若輩の身であれば、至らぬところばかりではありますが、何卒これからもお力添えをいただきたく」


 皓之はにこやかに笑み、礼を述べた。


「ご立派なことだ。采侯もこの上ない跡継ぎに恵まれ、安堵されていることだろう。全く、狼奇に爪の垢を煎じて飲ませたいわ」


 父親の忌々し気な視線を受けて、狼奇は軽く肩をすくめた。


「まあとにかく、遠路よく参られた。まず長旅の疲れ、汚れを落とされると良い。後日またゆっくり話でも」


「ありがとうございます。ぜひお伺いさせていただきます」


 烈侯は皓之をそうねぎらうと、部屋から出て行った。

 その場に、皓之(こうし)狼奇(ろうき)朱苛(しゅか)が残った。

 爽やかな笑みで皓之が、狼奇と朱苛を振り返った。


「久しぶりだね。先月の立太子式では私が戦場にとんぼ返りしてしまったから話す暇もなかったし」


 狼奇は友人を見て、ため息をついた。

 並ぶと二人は背の高さも体格もほとんど同じだった。

 実のところ年も同じ二十三歳である。


 金髪碧眼、いかにも貴公子然とした皓之に対し、黒髪黒目の狼奇は人を食ったような顔つきもありどこかすさんだ印象があった。


「皓之、お前、随分と都合のいいところで出てきたな」


「実はもう少し前から隣の部屋にいたんだけどね。あんまりな話になったんで砂埃を落とす暇もなかったよ。誰も私をかばってくれないんだから、ひどいじゃないか。君は友人じゃなかったのか」


 狼奇は肩をすくめた。


「親父から俺たちは余計な事を言うなと言われていたんだよ。な」


 狼奇が妹を振り返ると、朱苛も頷いた。

 二歩ほど後ろに控えていた男装の娘をみて、皓之は破顔した。


「朱苛、いや、本当に見違えたよ。綺麗になったね」


 朱苛の顔がさっと赤くなる。


「ご冗談はやめてください」


 固く強張った声に、皓之は笑った。


「いやいや、本当に。とても兄妹喧嘩で湯飲みや花瓶を投げつけていた子には見えない」


 朗らかな皓之の声に、朱苛が更に赤くなる。

 狼奇が笑った。


「本当にな。なんで俺たちあんなに打ち身切り傷ができるまで喧嘩してたんだろうな」


「し、知りません。私はここで失礼します」


 朱苛が高く一つにくくった黒髪を揺らし、部屋から出て行った。


「やれやれ」


 妹の背を見送って、狼奇は肩をすくめた。


「しまったなあ。ご機嫌を損ねちゃったね」


「お前が悪いんだろうが」


 軽く笑って皓之が友人を振り返った。

 にこやかな笑みでさらりと訊く。


「そういえばどうだい。神玉に選ばれた身になった気持ちは。これからどうするんだ」


 全く笑っていない皓之の青い目を見返し、狼奇は力なく首を振って笑った。


「お前、本当、良い性格してるよ。何もしないさ。あれは斎女の勘違いだ」


 片手をあげて出ていく友人の背を、皓之は鋭い目でじっと見送った。



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