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聖なる宝玉と、血塗れた王冠  作者: 十川 夏炉
第三章 南都挙兵
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15.短い休暇 (2)



 早朝、江邑(こうゆう)の城門がゆっくりと開いた。

 門の内外で地面に座り込んで開門待っていた人たちが、面倒くさそうに腰を上げる。


 規則によれば四辺の城壁にある十二の大門は、定時に一斉に開くことになっている。

 しかし、ここ江邑(こうゆう)ではそれぞれの門を守る兵士の気分で、早くなったり、遅くなったりするのである。

 一時間遅くなったところで、その分仕事をさぼる言い訳にできるから、抗議をする住人もいなかった。


 のんびりと荷物を担いだ人たちが門を通り抜けようとしたとき、街道の向こうから土煙を上げて騎馬の集団が門に突入してきた。


「どけっ! どけっ! 怪我をしても知らんぞ!」


 先頭を突っ切る男が馬上から叫ぶ。

 その場にいた者は慌てて道を空けた。

 土を石を跳ね上げ、二十ほどの馬群が駆け去る。


「あっぶないなあ」

「なんだ、あれ」


 そのあたりにいた農民や商人たちだけではなく、門を守る兵士たちもあっけにとられて顔を見合わせた。




***




 同じ頃、江邑の酒楼街の一角で、太った中年男と、やせっぽっちの十ぐらいの少年が言い争いをしていた。


「俺はちゃんと言われた通りに荷を届けたって!」

「じゃあなんで代金がこんだけぽっちしかないんだ! お前がちょろかましたんだろうが!」


 中年男が少年の胸倉をつかもうとしたとき、酒楼の門から背の高い若い男が顔を出した。

 だらしなく服を着崩し、上着を肩にかけている。


「おい、夫曽(ふそ)、どうしたんだ、朝っぱらからでかい声だして」


 派手な服をきた太鼓腹の商人は、少年の襟から手を放し、若い男に向かって頭を下げた。


「あ、狼奇(ろうき)の旦那、お騒がせしちゃいましたね、すいません。こいつに商品届けさせたんですが、持って帰ってきたお代がえらく足りなくってですね」


 夫曽は少年の頭を軽く小突いた。

 何すんだよ、と少年が睨み返す。


「まあ、中々気が付く奴なんで便利に使っているんですが、どうも口ばっかり上手くって手癖が悪くていかんのですよ」


 狼奇は軽く笑った。


「なるほど、お前さんと似たもの同士という奴か」


「いやいや、旦那、冗談がきついですよ」


 慌てて両手を振る夫曽には目もくれず、狼奇は頭二つ低い位置にある少年の顔を覗き込んだ。


「坊主、お前、代金をごまかしたのか」


 黒に近い栗毛の少年の頬には、そばかすがいっぱいに浮いている。

 その頬をふくらまして少年が叫んだ。


「違うよ! だいたい俺は坊主じゃなくて弧張(こちょう)って名前がちゃんとあるんだ」


「弧張、じゃ、なぜ代金が足りない」


 面白そうにそう訊く狼奇に、少年は早口でまくしたてた。


「俺はちゃんと言われた店に商品を届けて、決められた代金をもらったんだ。店の奴ときちんと一枚ずつ数えたさ。でもさ、それを持って帰ろうとしたら、路地裏でガラの悪い連中に絡まれてさ、夫曽に貸した金を返せって言うんだ」


「また嘘ばっかりついて、この餓鬼は」


 狼奇の後ろで、夫曽が自分の太鼓腹を片手でさすって頭を振った。


「それで? どうしたんだ、まさか夫曽の借金の証拠もなく返したわけじゃないんだろ?」


 狼奇は笑って続きを促す。

 少年が唇を噛んで上目遣いに狼奇を見上げる。


「も、勿論、そんなことはしないよ。だからね、俺は言ったんだ、夫曽の旦那から預かった金なんだから、これっぽっちも渡してやるわけにはいかないって。そうしたらさ、連中、刀を抜いて俺を路地の突き当りにまで追い込んだんだ。その中の一人がさ、変な奴でさ、口が滅茶苦茶でかいなって思っていたんだけど、急にその、あの、口がぐおって開いてさ、顔の半分ぐらいが口になって」


 両手を振り回し必死になって話続ける弧張に、狼奇は口を押さえて笑いをこらえる。


「長い舌が、ほんとにびろーんって長くって、蛇みたいに伸びてきたんだよ、俺の方に。財布を取ろうとするから、俺が地面の石を掴んで口の中に投げつけたわけ。そしたら長い舌がぐるんぐるんって回りだして、周りの連中の首に絡まって、そしたら周りの連中も舌をびろーんって出してさ」


 こらえきれずに、狼奇は大声で笑いだした。


「ちょっと待て、ちょっと待て、弧張、それ代金はどうなったんだ」


「あれ?」


 唐突に口を閉じて考え込んでしまった少年を見て、狼奇は更に笑った。


「おい、夫曽、代金どれだけ足りないんだ。面白かったから、俺が払ってやるよ」


「また旦那、そんな気まぐれ起こしていいんですか。大体、夕べの酒楼のお代だって私が立て替えているんですよ」


 夫曽の指摘に、狼奇は思い出したように顎をなでた。


「そういや、そうだったな」


 少年が狼奇に近づいて、その袖をひっぱった。


「ね、旦那、いい人だね。俺を使ってくれよ、俺、何でも役に立つよ」


「弧張、何言ってんだ。この旦那は新しい太守様なんだぞ。江邑で一番偉い人なんだ」


 夫曽が少年の襟首をひっぱり、狼奇から引き離す。


「えっ、そうなの」


「偉いかどうかは知らんが、太守ってことになってるな」


 目を見開く弧張に、狼奇は軽く答えた。


「弧張、お前、親は」

「そんなのいないよ。俺は自分で稼いでいるんだ」


 唐突に狼奇は固まった。

 改めてまじまじと少年を見る。

 どう見てもせいぜい十二歳ぐらいだった。


 そのとき、通りの角から二頭の馬が現れた。

 馬上の男が叫ぶ。


「狼奇様! お探ししました!」

「ああ、姜和(きょうわ)か。良いところに来た。お前、金もってるか、酒代、立て替えてくれ」


 駆け付けた男が、勢いのついたまま鞍から降りる。


「そんなことしている場合じゃありません。一刻も早く、太守府にお帰り下さい」

「なんだ。何かあったのか」

「とにかくお早く」


 側近の部下の顔を見て、狼奇はその深刻度を悟った。


「わかった」


 もう一人の男から馬を譲り受けると、狼奇は一瞬にして馬上の人となり、その場から駆け去った。

 慌てて姜和がその後を追った。




***




 太守府の客室に入った瞬間、狼奇は目を見張った。

 そこにいるはずのない顔を見たのだ。


「親父? なぜここに?」


 疲れ切ったように椅子に体を投げ出して座っているのは、狼奇の父、烈侯梁桀(りょうけつ)だった。


 梁桀は五十に近い。

 肉付きのよい体に着た旅装が土埃に白くなっていた。

 顔には疲労の色が濃かった。

 それにも関わらず、烈侯は見る人が思わず姿勢を正すような覇気を全身から放っていた。


「お前にしては早起きだな。感心だ。先に早馬を出しておいたのだが、聞いてないのか」


「早馬? 聞いてないな」


 首を振って、狼奇は父親の向かいに座る。

 椅子の後ろに控えた姜和が声を押さえて告げた。


「昨日の昼過ぎ、太守府に先着しておりました。あいにく狼奇様はご不在でして」


「また遊び歩いていたのか」


 うんざりとしたように梁桀が言う。

 特に反論もできないので、狼奇は軽く肩を竦めた。


「姜和、狼奇と二人で話をしたい。人払いをしろ。厳重にな」

「は、かしこまりました」


 速やかに人が部屋から消えていく。

 明らかにただ事ではない事態に、狼奇は椅子の上で座りなおした。


「全く、体にこたえるな。これだけ馬で駆け続けたのは久しぶりだ。寄る年波には勝てんわ」


 深くため息をついた梁桀が愚痴をこぼした。

 狼奇はただ言葉を待つ。


 広い客間には、二人しかいない。

 窓の外から聞こえる鳥の鳴き声がやけに大きく聞こえた。


「狼奇、王が死んだぞ」


 静寂を破る父の言葉に、狼奇は黒い目を見開いた。


「王だけではない。倫在公、采侯もだ。陵墓で猪狄(いてき)に襲われた。猪狄(いてき)の軍は、王都まで進攻し包囲している」


猪狄(いてき)が王都に行くのは、烈侯領を通る必要がある。防がなかったのか」


 あまりのことに、父に問う狼奇の声がかすれた。


「領内の街道沿いの都市はすべて閉門、籠城した。猪狄(いてき)は烈侯領の城を落とすのは必要はないと思ったのか、真っすぐに王都に向かった」


「なぜだ。城を落とさず国境から離れて、連中、補給をどうする気だ」


「ああ、無謀だな。その辺の里から徴発するにも、限度がある。長くはもたん」


 梁桀は軽く笑った。


「おそらく連中は王とその長男を殺して浮かれたんだろう。頂点の者がいなくなれば、王都を、国を落とせるとな。ところが、王都冠城(かんじょう)には斎女がいる。斎女を守るためにも城内の民衆もそう簡単に降伏はしない。まあ、異国の連中にはその仕組みはわからん」


 狼奇は両手を組み合わせ、額を乗せた。

 顔を伏せ、低い声で父に訊く。


「なぜ猪狄(いてき)を通した。後ろから討たなかったのか」


「なぜだと? お前、寝ぼけているのか」


 父は息子を強く睨みつけた。


「狼奇、お前は神玉に選ばれたんだ。斎女がお前が次王だと言ったのを忘れたか。王が兵を挙げ、我々を襲うのは時間の問題だった。お前が江邑に飛ばされた後、我々は領内全域で、戦の、籠城の準備をしていたんだ。どうせ王と猪狄(いてき)の双方から襲われるとわかっていたからな」


 狼奇は苦し気に眉を寄せる。


「王の軍と猪狄(いてき)の軍がやりあって、双方兵力を減らしてくれたら、我々にとっては上々だ」


 烈侯梁桀(りょうけつ)は立ち上がると、跡継ぎである息子に近づいた。


「王都が包囲される前に、王家をはじめ、朝廷の相当の人数が脱出した。烈侯領からは、朱苛しゅかが軍を率いてこちらに向かっている。五日もすれば、江邑に皆が揃う」


 梁桀は狼奇の肩に手を乗せた。

 肩を掴む圧力に、狼奇は眉を寄せる。


「狼奇、気合を入れろ。一族存亡を賭けるときが来た。失敗は許されん」


 狼奇は痛みを耐えるように、父を見上げた。


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