バットエンドしか見えない(序章しかし続かない)
未来の記憶を持つと言う事だけで、ある意味チートだ。
とりわけ時代を変えるという事に関しては、何をすれば、どうなるかがある程度予想がつく。
それでも、このチートは対価として自分を追い詰めた。
「さいとう‥一?」
そう言って俺は、向かい合った彼女に思わず乾いた笑いを溢した。
文久三年四月の頭。時刻は、丁度正午を過ぎた過ぎた位。
暖かい日差しが町を照らす中、久々に会った彼女に道端に話もなんだとバイト先の団子屋に連れ込んだのだが、照れ臭そうに少しはにかんで笑って報告してきたそのそいつに、もしコレが平成だったら、笑ってグーパン叩き込んでいた。
しないけど。そんな逆に斬り捨て御免な状況にはなりたくないからしないけど。そもそも女にできるわけない。
俺にそう名乗った、目の前の馴染み。
そう、女。斎藤一は女。
気分はまるで、退路を絶たれた犯人みたいな。
これ程、内心ムンクのような顔になったことは今まで無かっただろう。
口の中に残った茶が嫌に苦い。
流れるような所作で落雁と言われるかりんとうのような物を食べてる一を呆然と見ていれば、一の方から口を開いた。
「うん、まさか、栄太が京にいるとは思ってなかったよ。」
「あ、ああ。時間が取れて。俺も一が京にいるとは思ってなかった。から、会えて嬉しい。」
乾いた笑顔で、本音をぼやく。
前世と合わせて、ここまで絶望を感じたことがあっただろうか。
今までの遠距離になっていた彼女のため、身を粉にして働いてきたのにこの仕打ち。時に用心棒、時に殺人容疑を被り、いいお兄さんを演じてきた。
これに、下心が無かったかと言われたら、嘘になるが、それでもこの仕打ちはあんまり。
「ほんと、栄太は変わらないね。」
「一は、変わったな。」
賑やかな団子屋の中で、注文をして、走馬灯にくれる。
幕末に逆行転生して20年と少し。
男女格差以上に、年功序列が強烈だった理不尽な時代を何とか切り抜け、ちょっとばかしやんちゃをしていた際に見つけた、彼女。
彼女がもつ現代っぽい雰囲気が、当時の気を張り詰めていた俺にとっての、何ものにも変えがたいものになってしまった。
ぶっちゃけた話、一目惚れ。
にもかかわらず、この仕打ちか。
ため息を吐き出せば、小さく笑う、一。
「それはもちろん、いろんな事があったしね。普段は何をして?」
「ん、あぁ、此処で働いてる」
「栄太が茶屋で?」
さもおかしそうに笑い声をあげた姿だけは、なんも昔と変わらない。
それでも、さよなら、俺の、初恋。
「んだよ、別に良いだろ?和菓子に惚れちまったんだから。あ、勤務中になんとかっていうなよ?ちゃんと遅れた昼休憩なんだから。」
ここの大好きな焼き蓬餅をかじりながらぼやく。
些か吐き捨てる様に言ってしまったが仕方ない。
というのも全て目の前の一のせい。
何度も言うが、どこぞのギャルゲー宜しく淑やかな美少女だった昔馴染みは、いつの間にかどこぞ乙女ゲー宜しく中性的なイケメン…勿論肉体は女、確認しているから間違いない、となり、かの有名な新選組の組長にまで昇格していた。
濡れ羽のような黒く艶やかな長髪はかつてと違い肩まで短くなり、昔は病的までに白かった肌は健康的な肌色となり、所々に見える擦り傷の跡から今までの苦労が窺える。
切傷の残る手腕の割に、傷一つない腹、滑らかな腰。
おれの知る一ではなく斎藤一。
病的な女ではなく…後、誰もが恐れる新撰組の幹部。確か後の警察官様。せめて、後年、悪即なんちゃらとは言わないでほしい。
呻きたくなる声を抑えて内心で頭を抱える。
もうやだ、この世界。何で知り合う人間皆人斬りなの。
女の子くらい平和にすごそうよ平和に。女だから大丈夫だろと思った俺の心の平穏返して。
「どうか…した?」
「いや、もう、あの頃の一はいねぇんだと思うと、寂しいというか…。まぁ、元気になったのは喜ばしいんだけど。つぅか、壬生浪士組って、女人禁制じゃねぇの?」
出来ればそうであってほしかったのに。
餅を食べてお茶を飲みつつ窺えば、幼馴染み殿はその綺麗な顔立ちに達観したような微笑みを浮かべて緩く首を横に振る。
「それが、近藤局長は気にしないよ。力があれば、能力があれば取り立ててくれる。本当に尊敬すべき人だ。」
そういう一の顔は、本当に、綺麗で。
思わず近藤勇に嫉妬してしまいそうになったほど。
なに、その忠心具合。
どんなんだよ。
f※ck Kondo.
「すげーぇ、のな。」
「栄太は?」
どう答えればいいのか、一を探していたなんて言えるはずもなく苦笑いして。
「俺はお茶屋のオニーサンだから。何かあったときにサッと御客さん助けられるぐらいで丁度良いんだよ。」
「和みの茶屋にとんだ伏兵だ。」
からからと笑った一に、小さく笑い返して、息を吐いた。
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小銭を置いて立ち上がる一。
彼女の腰に有る刀を一瞥して、俺の視線に気付いたのだろう一が此方を見る。
とても逞しくなった。
それこそ、ヒョロイ野郎なら一発で斬り倒してしまうのだろう。
それに一瞬躊躇ってから、頭に手を置いて撫でた。
柔らかい髪の毛に、柔らかい頬。
昔みたいに頬を触ろうとしてそれは止めた。
「一がそれを選んだんなら、もうとやかく言わねぇけど。心配する奴がいるってこと、忘れんなよ?」
「分かっているよ、ありがとう。…それで、栄太は…」
言い淀んだ一に、視線で促せば少し頑なっていた表情が穏やかに戻る。
本当にわかりやすい。
「暫くは京にいるの?」
「どうだろうな、居るつもりだけど。」
言われて暫し悩んだ。こちら側のプライベート旅行はほぼ終わってしまったから、大層な理由掲げて京をぶらつく必要も無くなった。後は、食い物分は稼がないと宿屋の主人から言葉無い不評を貰いかねない。
「なら、今度屯所に来たらどうだろう?久しぶりに試合をしたい。」
期待を声ににじませた一に目を見開いて凝視する。
「おま、本気?」
「うん。あれからうんと強くなったんだ。それに、隊員も募集しているし!」
苦笑いして、頭から離した片手を数回振り固辞を示す。
「いや、部外者だし。いけるかって。 」
「そんな事はないよ。それに栄太は文句ない程に強い。総司に新八彼らにも渡り合えるほどに。」
かの沖田総司等と比べられて悪くはないけど。
誰だって死にに行きたくはない。
ただ、一がいるなら。新選組を覗き見る良い機会かもしれない。
下手に目をつけられても、はじめでは無く、いちに頼み込めば恐らく命までは、取られないだろう。いや、それとも、泣きながら刀を振うのだろうか。
「随分昔だってのに、覚えてるのか?」
「私の惚れた刀だから。」
「たく。‥…なら、今度。」
少し傷んだそれでも柔らかい髪を撫でて見れば少しだけ赤らんだ頬。それに負けたというべきか。
「必ずだから。」
「ああ、約束だ。」
「ありがとう。栄太。」
最後に見た笑顔だけは、昔の、愛した彼女とかわりなかった。
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夢に出てきた一場面を書き殴っただけなので続きません。
ちなみに幕末での栄太の出身は長州藩です。