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少女はヒーロー

性交渉の表現ありです。

「なお、なお……っ」


熱をはらんだ瞳が黄金色に輝いて、わたしを何度も貫く。

手を伸ばして頰を撫でると、暖かい雫に触れた。


「泣くな、ばか」

「……っ、ごめっ」

「おいで」


後頭部に手を添えて引き寄せると、素直に唇がかぶさってきた。目を閉じて身をゆだねる。

おぼれそうなほど求め合っても、まだ足りない。わたしたちの空白を埋めるには、ずっと足りない。


「なお、好きだ、好きだ」

「わたしも好きだよ、椋……大好きだよ」


身体が粉々に引き千切られていくみたいだ。

わたしも椋のことを言えないくらいに泣いている。


花火の音がひどく憎たらしい。

ふざけるなよ。この夜を一夏の夢になんて、ぜったいにしてやらないからな。


涙もなにもかも枯れ果てるまで互いの熱をむさぼりあって、いびつに鼓動を重ねた。

いっそこのまま朝にならなければいいのに。そうすれば、この夢が永遠に続くのに。


でも、そんなことがないということは、この10年で嫌というほど思い知っている。


そうだ、先輩も言っていたじゃないか。

夜は長いぞ、って。




おれはそっと彼女の涙のあとを指先で撫でる。

ふたりきりの享楽にふける時間は夢のようだった。吐き気がするほど愛おしくて、気持ちよくて、気が狂いそうだった。


彼女への想いが変わったのはいつからだっただろう。


はじめは純粋に憧れだった。


まんまるの瞳に、やわらかそうな黒髪が、うさぎみたいでかわいかったから。

彼女が作る甘いお菓子は、誰もが一口でギブアップするほどまずいらしい。友人同士バレタインに交換したという女の子たちが、面白半分で周りのクラスメイトに食べさせては、その反応にげらげらと笑っているのをみて、なぜだか腹の底がもやっとした。

だから食べた。なにより、あのお菓子はおれのためのものだった。

ふたりだけの飼育当番で、手作りのお菓子を持ってくるなんて、それ以外に理由があるか?


意外と口が悪いところも、見かけによらず気の強いところのあるうさぎによく似ていて、ますます好きになった。


暑さにやられて腹を見せていた金魚を口に入れた瞬間を見られたときは焦ったけど、その反面チャンスかもしれないと思った。

彼女はきっとおれに気がある。だから秘密を教えれば、もっと興味を持ってくれるかもしれないと思った。

金魚を食べる変なやつと思われるよりマシという気持ちも半分あったが。


案の定、彼女はおれによく懐いた。

秘密というのは甘い罠だ。弱みを握ったように錯覚させて、相手を油断させる。

まぁ当時のおれにそんな計算ずくな考えはなく、ほぼ直感的な行動だったが、作戦は成功だったと言えよう。

遠慮が取り払われ、積極的になった彼女と恋愛ごっこをするのがおれの楽しみになった。


その頃からひねくれていたといえばそうなのかもしれない。

それでも今よりはマシだったことは確かだ。ばかみたいにすがりついて、泣きわめいているよりは。

余裕ぶって彼女を振り回していた頃のほうがまだスマートだったぞ、おれ。


とにかくそのころがおれの人生の絶頂期だった。


好きな子がいて、好きなことができて、毎日楽しかった。


うさぎを助けたことが正しかったのかいまでもわからない。

いや、後悔はしていない。ただもっとやりようがあっただろうと、何度も過去の小さな自分を責めた。

黒い毛並みのうさぎがあの子に見えて、仕方がなかったんだ。


「なお、ありがとう……」


かわいく、綺麗になった彼女が、ずっとおれを想ってくれていたことが叫び出したいほど嬉しかった。

迷うことなく、おれに処女を捧げてくれたことも。彼女のすべてが愛おしく尊い。


だからもう、未練はない。

おれがおれでなくなるのならば、いっそ、なにもかもここで、自分の手で終わらせよう。


それだけが弱い自分にできる唯一にして、最後の悪あがきだ。


いつの間にか静まり返った夜の闇に、おれはそっと踏み出した。




安直だ。まぁ気持ちはわかる。


「夜の海で飛び込みなんて、やめたほうがいいんじゃない?」


軽い調子で声をかけたつもりが、かなり怒りが乗ってしまった。仕方がない。実際すこぶる怒っている。


「死んじゃうよ」

「……あのさぁ、なんで来ちゃうかな?」

「椋がばかなこと考えてるからに決まってるじゃん」


崖の上に立ち尽くしていた椋が振り返る。

波が打ち寄せ、砕ける音が、優しく響いている。


「別に見ててもいいけど、やることは変わらないし」

「そしたらわたしも飛び込むけどいい?」

「……それはそれでいいかもな」


歪んだ笑みを浮かべる椋に大またで近づく。

胸ぐらを掴んで強く引っ張り、思い切り頭突きを食らわせた。

鈍い痛みがじんと広がるが、構わずに額をくっつけたまま睨みつけた。


「あんたさぁ、頭おかしいよ?

そんなに寂しいならなんで生きようとしないわけ? 逃げようとしないわけ?」

「いってぇなもう……逃げられないっつってんだろ」

「別にいいよ、悲劇のヒロイン気取りたいなら勝手にすればいい。

でもそれにわたしたちを巻き込むんじゃねぇよ。あんたの種でわたし孕むかもしれないのにさ。最後の里帰りを叶えてくれた優しい親が向こうで待ってるのにさ……わたしは、あんたの自己満足に付き合うために、あんたを待ってたんじゃないっつーの!」

「知ってるよそんなの。わざとに決まってるだろ。孕めばいいじゃん。おれにそっくりな子ども産んでよ。そしたらおれのこと一生忘れらんねぇだろ?」

「ふざけんなッ!!」


もう一度頭突きだ! ごん、となかなかいい音が鳴った。


「いってぇぇ」

「あんたが逃げられないっていうなら、わたしが手伝ってあげる。どこに入ってるの? ここ?」

「うわっ、おまえ、やめろよ!」

「大丈夫えぐり取るだけ! ちょっと骨が見えちゃうかもしれないけど自分で治せるでしょ?」

「こわっ、怖いわ! まじでやめて!?」


持ってきたナイフを手に突き立てようとするわたしに、椋はばけものでも見るような目をした。失礼だなこいつ。


「死ぬよりマシじゃない。GPSがなくなれば追ってこられないでしょ」

「そんな単純な話じゃねぇんだよ。

両手はもちろん、首の後ろにも入ってんだ。しかも遠隔で電流を流せるおまけつき。指紋とか生体認証系のものも全部取られてるし」

「おっけー、首もえぐってあげる。

あと指紋? んー、残念だけど指を切断しよう」

「だから怖いって!!」


おかしい。なんかわたしが崖まで追い詰めたみたいな絵面になっている。


どうやら脅しは難しそうなので、わたしは次なる作戦に移ることにした。


軽く深呼吸し、腕にナイフを添える。


「えっ」


ああ、手が震える。なんで椋はあのときためらいもなく腕を切れたんだろう。ううん、椋にできるならわたしにだって。


「なお、やめろ!」

「……ッ」


彼が手を伸ばすのを見て、覚悟を決めた。

グッとナイフを振り下ろす。刺すような痛みと熱さに、思わずひざをついてしまった。


「や、ば、めちゃくちゃいたい……」

「ばか!! なにやってんだ!!」


血相を変えた椋が手首を掴む。

ぽたぽたと滴る血を絡めとるように舌と唇で塞がれると、少しずつ痛みが治まっていった。

残った血を舌先で舐めとったあとには、綺麗さっぱり傷がなくなっていた。


「うう、こわすぎ……心臓とまる……」

「それはこっちの台詞なんですけど? なんでこんなことした」

「……別に。借りを作ろうと思って」

「はぁ? 借り?」

「借りひとつだから、わたしにしてほしいこと言って」


唾液をぬぐいながら、椋は顔をしかめた。


「なんか聞いたことある台詞だな……

じゃあとっとと家に帰れ」

「却下」

「話がちがう」


知るか。借りっていうのは恩を返すことだ。それでは恩返しにならない。


「それはあんたの本心じゃないでしょ。

自分の証を残して死のうとするやつが、本気で死にたいと思っているはずない」

「おまえになにがわかる」

「はっ、ウケる。

まだ宿命を背負った悲劇のヒロインのつもりなわけ? いい加減目を覚ませっつーの」

「おまえ……」


椋の手がおもむろに首にかかり、地面に押し倒された。驚いたが、負けじと睨み返す。


「なぁ、また犯してやろうか? そのほうが孕む可能性も上がるだろ」

「てめぇがセックスしたいだけだろ、ボケ。金玉潰すぞコラ」

「なおの劣勢に立つと口が悪くなるところめちゃくちゃ可愛いよなぁ……あはっ、まじで犯したくなってきたわ。なぁ、いいだろ?」

「ぐっ……」


とりあえず首を絞めるのをそろそろやめていただきたい。話せないし、ふつうに死んでしまう。

興奮した腰を擦り付けながら、わたしを見下ろす椋の目は、死ぬほど気持ち悪かった。

なので遠慮なくブツを握り締めた。とたんに椋の顔色が変わった。


「いだだだだ!?」

「このまま切り落としてさしあげようかしら。おほほ」


ナイフを握り締めるわたしを見て震え上がっている。興奮していた雄も怯えたようにおとなしくなっていた。


「男の子って本当に下半身に忠実よね。おえぇっ。ヘドが出るわ」

「すみません切り落とすのだけは……」

「ならさっさと本当の望みを言いなさいよ。ここまで自己満かましとして、今更なにを怖気付いてるわけ?」

「……おれだって」


くしゃりと椋の顔が歪む。まったく、さっさと素直になればいいものを。


わたしは上半身を起こして、椋の頭を胸元に抱き寄せた。

わたしの胸に顔を埋めながら、椋は声を震わせた。


「生きたいよ。なおと一緒に生きたい。でも無理なんだ。いろいろ考えたけど、やっぱりこうするしかないんだ」

「大丈夫、なんとかなるよ。

わたしも椋と一緒がいいし。椋にそっくりな子を、あんたと一緒に育てたい。だから一緒に考えよう。ふたりならなにか思いつくかもしれない。わたしばかだけど、大好きな人のためになにもできないほど愚図じゃないよ」

「……ごめんね、なお……好きだよ」

「はいはい」


わたしヘタレは嫌いなはずなんだけどなぁ。これが惚れた弱みってやつ?

次で終わりですが、少し短めです。

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