表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

どんどんぱらぱら

今日は日曜日。午前中バイトに行ったら、午後はフリーだ。


わたしは直帰せずに、地元の隣の駅で降りた。

お祭りに向かうであろう浴衣姿のリア充たちとすれ違いながら、のんびりと歩く。


風向きが変わって、背中まで伸びた黒髪をふわりとなびかせる。潮の香りがした。


「あっちぃ」


裸足になって砂浜を走る。白波を踏むと、ぱしゃりと飛沫があがった。


今日は少し風が強い。


スカートの裾をぱたぱたとはためかせる。


小さな子どもたちがはしゃぎながら浅瀬で遊んでいた。

いつの間にか見守る立場になっていた自分に、虚しさを覚える。


心は子どものころに置いてきてしまったのに、身体だけは立派に育ってしまう。

乖離していく自分が悲しい。置いていかないでほしい。ずっとそれだけが怖い。


「スカート短くね?」


なんでたそがれているときに現れるんだろう。

またびくっとしてしまったじゃないか。


「だまれ変態」

「その歳でうさぎ柄はやめたほうがいいと思うぞ」

「!?」


わたしはスカートの裾を押さえた。最悪だ。昨日から、なんなんだいったい。


「なんか思ってたのと違うなぁ」


そんなのわたしもだ。

夢を見すぎていたのだろうか。


「まぁ、なんでもいいけど」

「……なんで帰ってきたの」

「いやおかしいだろ、それ?」


彼は乾いた声で笑う。ねぐせで跳ねた髪が風に遊ぶ。身長は、頭ひとつ分も抜かされていた。


「……またどっか行っちゃうんでしょ、どうせ」

「うーん、そうかもな」

「……」

「だから、ここでぜんぶ終わらせようと思うんだ。

だからおまえに会いたかったんだ。約束したから」

「会えてないよ。会えてない、まだ」

「わかってんだろ? 認めろよ」


どうしてだろう。

約束を果たしてしまったら、きっと、もう。


「今日のお祭り、一緒に行かない?

昨日も本当は家に行ったんだけど」

「……」

「18時な。駅前集合」

「絶対行かない」

「そうか。待ってるよ」

「行かないってば!」


言い捨てて、逃げ出した。

砂が熱くて涙が出た。




「おー、来たか」

「……」


にやにやしやがって。むかつく。


「いつまでもむくれてんなよ。行こう」


やめろ、手を差し出すな。変態に貸してやる手はない。

無視して歩き出すと、長い足が隣に並んだ。


「あれー、水野ちゃん?」


歩いていると聞き覚えのある声がして、うっかり頰が引きつった。振り向いてみるとやはり知り合いだった。


「げっ、先輩だ」

「あはっ、やっぱり水野ちゃんだ。ひとりなの? 誰かと待ち合わせ?」


バイト先の先輩は、男の友人たちと一緒に遊びにきたらしかった。にやにやとこっちを見ないでほしい。減る。

しかし咄嗟に青年と距離を取ったためか、ひとりと思われたみたいだ。できればそういうことにしたい。


「先輩はお友達と一緒なんですねー」

「おう、大学のダチだよ。よかったら一緒に回らない?」


いやいやいや。さすがに見知らぬ男性に囲まれるのは嫌すぎる。デリカシーって言葉知ってます?


「いやー、お邪魔になっちゃうのでぇ」

「そう言わずにさー、水野ちゃんほんとつれないよねー、可愛いのにもったいないなー」


こういう発言をする男は本当に信用ならないと思う。

腕を掴まれそうになったので、サッと後ろに下がると、人にぶつかった。


「あ、すみませ……」


見上げるとあの青年だった。どいつもこいつも、そんなに空気読めないなら、空気吸う資格ないんじゃないかな?


「すみません、この子ぼくと遊ぶ約束しているので、お引き取り願えますか」

「うわ、びっくりした。え、なになになに? そういう関係なの?

うわー、やっぱやることやってんじゃん、水野ちゃん!」

「うわー、言うことがゲスい! さすが先輩!」

「あはっ、そんなにほめるなよー!」

「行くよ、なお」

「失礼しますねー」

「楽しめよ! 夜はながいぜー!」


先輩は口も軽いが頭も軽い。扱いやすいかと思えば扱いにくい面倒な人だ。意外にもスマートに救出してもらえたので、正直ありがたかった。

手首を掴む手が細いのにちゃんと男らしくて、ちょっと動揺した。


「むかつく」


屋台を素通りし、黙々と歩いていたとき、不機嫌そうにつぶやかれた。

周囲が騒がしく聞き取れなかったが、なんだか不穏なオーラを感じて、聞き返すのはやめた。


結局一度も立ち止まらずに歩き続け、なぜかお祭りの会場である神社の裏手に行こうとしたので、慌てて足を踏ん張った。


「ちょっと、どこ行くの?」

「黙ってついてこいよ」

「やめてよ。変なことしないで」

「変なことってなんだよ。言ってみろよ」

「ねぇ、どうしたいのよ。もう、わかんないよ、わたし。どうせいなくなっちゃうんでしょ。教えてよ、なにがしたいの」


ミルクティー色の瞳に見下ろされ、わたしは思わず口を閉じた。

ずっと思っていた。知らない人みたいだって。だから認めたくない。

わたしの中の彼は、そんなに乾いた目をしない。


「……なにもしないから来て」

「ぜったいに嫌」

「本当だって……」


彼は一度頭を振ると、それでも足りなかったのか、ぐしゃぐしゃと片手でかき回した。なんだなんだ。ご乱心か。


「やっぱ嘘、変なことしてぇ」

「うわ」

「おまえなんでそんなかわいくなってんだよ。ふざけんな」

「前はかわいくなかったのかよ」

「昔もかわいかったけど今は更にかわいいっつってんだよ」

「それはどうも」


ところで髪の毛が毛玉のようになっているが、いいのだろうか。


「くそ、むらむらする」

「きも」

「shut……間違えた」

「突然の英語」


やっぱり、あちらでの暮らしが長いと出てしまうものなのだろうか。すごくどうでもいいけどむかつく。


「はー……戻るか。食いたいもんある?」


切り替えが早くてなによりだ。


「いろいろ食べたい。お腹すいた」

「そうだな」


いろいろ食べて、なんだかんだお祭りを満喫して、花火を見るために彼の家に行った。


「おじさんとおばさんは?」

「あっちにいる」

「どっち」

「アメリカ」

「ひとりで来たの。ふたりきりはだいぶ嫌なんだけど」

「なにもしない努力はする」


不安だ。でも、あのときも彼の家で花火を見たのだ。

結局、思い出に負けて、彼の家にお邪魔した。


「家って掃除してあるの?」

「うん、定期的に業者を入れてるって」

「ふーん」


生活感のない殺風景な部屋は、記憶よりも狭く感じた。

ベッドの上の窓を全開にすれば、ふたりで一緒に見られたのに、いまではひとりぶんのスペースしかない。


「きて」


窓を開ける彼を離れたところから見ていたら、手招きされた。

若干警戒しつつ、ベッドに座ると、彼も並べて足を下ろした。


「なおはおれのはじめてだから、ぜんぶを知ってほしいんだ」


なにやら不穏なことを言うと、腕に巻いていた包帯をほどき始めた。ずっと気になっていたが触れられなかったのだ。

白く細い腕は、あざだらけだった。


ついでに服も脱ぎ始めたが、止める間もなく、上半身をさらされてしまった。

身体にも痛々しいあざや、手術のあとが、いくつもできていた。


「ひどい……」

「そうだろ。みっともないよな。

いろんなところから血を抜かれたし、ありとあらゆる体液もとられた。10年だ。10年も……ドブに捨てたんだ。

そしてきっとこれからもそうなんだろう」


彼は爪で親指の付け根を引っ掻いた。くせなのだろう、引っ掻き傷が何本も走っていた。


「中にな、GPSがあるんだ。だから逃げても無駄。やつら、わざと監視を付けなかった。おれのこと、鼠かなんかだと思ってて、てのひらの上で転がせると思ってるんだ」

「……どうやってここまで来たの?」

「親が頑張ってくれたんだよ。()()()故郷に帰らせてやってほしいって、何度も頭を下げてくれた」


ぎり、と爪が食い込む。わたしは思わず自分の手をそこに重ねていた。


「……おれはもうおれじゃなくなる。

だからちゃんと、おれとして、ただの高橋椋のままで、おまえに会いたかったんだ」


ああ、どうして、変わってしまったなんて思ったんだろう。

この人がどんな想いをしてきたかも知らないで。変わるのは当たり前じゃないか。わたしだって変わったんだ。どうしてわかってあげられなかったんだ。


そっと背中に手を伸ばすと、どちらからともなく抱き合った。


「椋……おかえり」

「……ただいまっ……」


大きな手が、小さな子どものようにわたしの背中をかき抱く。

震える指先から、耳元で聞こえる嗚咽から、ずっと押さえ込んできた想いが、痛いほどに胸を突き刺した。


「なおが、おまえだけが、ずっと支えだった……!

おまえが待っていてくれるから、ちゃんと生きようって、生きなきゃだめだって」

「うわ重い」

「そうだよ、すげぇ重いよ。どろっどろだよ」

「タール的な感じか」

「せめてスライムとかにしてくれ。……なぁ、お願いがあるんだけど」

「いいよ」

「……まだなにも」

「だからいいってば。わたし、やっぱり椋のことずっと好きだったみたい」

「なんか忘れかけてたみたいな言いかたやめろよ……」


気が抜けたように言いながら、そっと腕をほどく。

あのときのように、どんどんぱらぱらと、花火が弾けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ