第八話 デネブの過去 後編
俺が織姫と出会ってどれくらいの年月が経ったのだろうか。その悲劇は突然訪れた。
「デネブ!聞いてよ!」
彼女はいつものように宮殿を抜け出し、俺の元へ駆け寄った。
「…何だよ?あと、あんまりデカい声出すなよ。お前の家臣にバレるだろ」
「あっ、そっか」
えへへ、と間抜けに笑う。反省の色は見られない。
「で、どうした?」
「驚かないで聞いてね。あのね…」
…脳みそを内側から殴られた気分だった。当然、身分の低い自分と姫である彼女が結ばれることなど最初から期待はしていなかったが、彼女が他国の王子と結婚するなんて考えたくなかった。
「彦星様ってお名前。背が高くてスラッとしてて、誰にでも優しい人なんだ。とっても素敵なのよ」
そう話す織姫の顔は、今まで見てきたどんな表情より可愛らしかった。少なくとも、俺にそんな表情をしたことは一度たりとも無い。
「ふふっ、私も遂に奥さんかあ。あ、結婚式は1週間後、私の誕生日よ」
そう微笑む彼女に、俺は「おめでとう」の一言も言えなかった。悔しかったのもあるが、見とれていたというのが本音だ。彦星とやらには会ったこともないが、彼女の選んだ男ならきっと良い奴なのだろう。
1週間は思いの外早く過ぎ、織姫の結婚式の日になった。俺は彼女に言われた式場まで来てみたものの、門の前で立ち止まっていた。彼女の結婚を認めたくないのもそうだが、そもそも彼女と俺が友達であることをまだ誰も知らない。そして彼女の周りの人間がそれを知ったら、もう織姫に会うことは出来なくなるだろう。そう思ったからだ。
やっぱり、帰ろう。門に背を向けると、高そうな着物を着た巨漢にぶつかった。
「おい、そこのドブネズミ」
俺は返事をしなかった。する気力も無かったからだ。しかし、巨漢は俺の首根っこを掴んできた。
「お前のことを言ってるんだよ」
その声には少し聞き覚えがあった。顔をよく見ると、その巨漢は俺が織姫に初めて会った時に回し蹴りを喰らわせた男だった。
「久しぶりだな」
男はにやりと笑って、俺の腹に蹴りを喰らわせた。
「おらよっ!ここまで来るなんて命知らずな真似しやがって!二度と織姫様にその汚れた面見せんじゃねえぞ!」
倒れこんだ俺に、男は何度も蹴りを入れた。朦朧とする意識の中で、俺は織姫のことを考えた。
──ああ、こんなことなら式場に入っておくんだったなあ。俺が居なくなったらあいつ、悲しむかな。…せめて、俺がここで死ぬことは織姫に知られませんように…
しかし、最後の願いは叶わなかった。ぼんやりと、彼女の声が聞こえた。最後の力を振り絞って顔を上げると、白無垢姿の彼女は、袴を着た優しそうな青年にしがみついて泣いていた。
──あいつが彦星か。本当に優しそうだ。
──幸せになれよ、織姫。
「…俺の記憶はここまでや。気が付いたら地上にいて、カササギの姿になってた。輪廻転生っちゅうやつやな。でも神様も流石に哀れに思ったんか知らんけど、俺をただのカササギにはしなかった」
「…だからあんたは人間にもなれるし、魔力を人に与えられるし、おまけに不死身だってこと?」
「せや、ご名答。これが④と、ついでに③の答えや。ちなみに①と②も教えたろか?」
私は何も言わなかった。何も言えなかった。デネブは私の気持ちを汲み取ったのか、勝手に話を続けた。
「俺はこの姿になってから、天界に戻ることはせんかった。織姫には幸せに過ごして欲しかったさかい、俺があいつの前に現れたらまた悲しませることになるからな。だから、天界の連中は俺が地上で転生したことは今まで誰も知らんかった。でも、俺はそれが少し悔しかった」
ここで少し間を置き、デネブは懺悔するように言った。
「俺がお前に魔力を渡したんはな、恩返しちゃうねん。奴らへの抵抗の為やったんや。理不尽に人生を邪魔されて、好きな女の結婚式にも出席出来んかった。せやから、せめてお前みたいな奴を救いたかったんや」
「…だから私に魔法を?」
デネブは涙を流した。
「…ごめんな。これは全部俺のエゴや。しかもお前を巻き込んじまった」
「…いいよ、そんなの気にしないで。私には何も起こってないんだから」
私は無理に笑顔を作って言った。しかし、デネブは苦しそうに呟いた。
「これから起こるんや。俺のせいで」
「…え?」
「…お前さ、何で都会の鳩が灰色か知っとるか?」
唐突にそんなことを聞かれ、私の頭は「?」で埋め尽くされた。
「カラスはな、自分と違う種類の鳥を徹底的に攻撃する習性を持っとる。都会にはカラスがいっぱいおるやろ?せやから都会の鳩はカラスから身を守る為に灰色になっとるんや。…それを踏まえて聞いてほしい。俺は今日、突然白いペンキを頭から被った。カササギの姿に戻った途端にな」
「それって…」
「人間の姿になって、お前と関わったことで天界の連中に俺の存在がバレた。そして、お前が今朝学校で見た夢。お前の寝言で分かったけど、あれと同じ夢を俺も今朝見てた。これが偶然と思うか?」
私は首を横に振った。偶然ではないとすると、どういうことなのか。私は何となく嫌な予感がした。そして、やはりそれは的中した。
デネブは私に告げた。
「長月。天界はお前も標的にする気や」
次回から完全に鬱展開になります。最後はハッピーエンドにする予定ですが、ハイファンタジーの面影がほぼ無くなることだけ言っておきます。




