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06 女神の初仕事。




 ノーティスが、八歳となった。

 ゲームの設定では、彼の両親が死ぬ。その時はいつかはわからない。

 なので私は二人をストーキングもとい見張らなければならない。

 翌日、“ナナリーの鍋”の店に入り浸っているアレックスさんの元に訪ねにいった。


「デートはいつしてますか? どこでしますか? デートする予定の日を教えてください」

「なんだなんだ、今度はなんの遊びをしているんだ?」

「真剣です」


 ケラケラと笑うアレックスさんだが、あなたと愛妻の命がかかっているのだ。遊びではない。そうキリッとした。


「お、おう……。そうだなぁ……デートか。冒険者業が休みの日にするかな」

「何時くらい、どのエリア……ゴホン、どこに行きますか?」

「そうだなぁ……リシーを見付けた“黄昏の草原”とかだな。あそこには魔獣も早々出てこないし」

「草原でデートって、具体的に何するんですか?」


 最後は好奇心からきた質問だ。

 アレックスさんは、頬杖をついてニヤッとした。


「逆にお前とノーティスは何して遊んでいるんだ? 最近アイツ秘密だって話してくれないんだが?」


 何を勘繰っているのだろうか。


「ひ、秘密です」


 私の女神修行をノーティスが見ているだけのことだが、今は秘密。


「じゃあオレも秘密」

「なっ! ぷー」


 私がむくれっていれば、アレックスさんと同じテーブルを囲うギルドメンバーが一緒になってケラケラと笑った。


「では、お休みの日を教えてくださいっ!」

「はいはい」


 教えてくれた休みの日を記憶する。

 しっかりと頭に入れた。

 それ以外の日は、なんとか魔獣と対決して女神修行をしなくては。

 でもなかなか出来ない。ギルド【満月の夜】以外にも冒険者は大勢いて、見付かっては帰れと怒鳴られた。私が目指すエリアは、レベル2や3の魔獣が出没する。己を鍛えるための冒険者もよく来ていて、ただでさえ奇抜な容姿の子どもである私は見付かり、追い返されたり街に連れて帰られたりした。

 痺れを切らした孤児院の院長は、私に外出禁止を言い渡そうとしたものだから、私は泣いてすがってもう危険なエリアには行かないことを約束する。

 デートの見張りが出来ないと、助けられない。

 私の初仕事だ。絶対にやり遂げなければならない。

 ノーティスのためにも。優しくしてくれる二人のためにも。

 温かな家族を、失わせないためにも。

 魔獣と戦う機会をなくした私は、とりあえず魔法が使う練習をした。

 そして、アレックスさんの休みの日。デートをしている二人を監視。

 魔獣が出にくい“黄昏の草原”でも、アレックスさんは背中に剣を携えていた。

 ルアンナさんと手を繋いで、まったりと過ごしている。


「ねぇ、リシー。何してるの?」

「護衛してるの」


 暇していて一緒に来たノーティスが問う。

 私は二人の護衛をしているのだ。


「ごえい?」

「守るってこと」


 ノーティスは納得したように頷いた。

 そして茂みの上から、両親を見る。


「でもぼくのお父さんは強いから、大丈夫だよ」

「……」


 笑顔で自慢するノーティスに、私は何も言えなかった。

 そんな強いアレックスさんを、死に追いやる魔獣が現れるのだ。

 私は無意識にノーティスの手を握り締めた。


「リシー?」

「それでも……守るよ。私の命に代えても」


 この命に代えてでも、救う。

 そう決めた。

 九月中は、何も起きない。

 いつしか金木犀の香りが鼻を擽る草原となった。

 そんな“黄昏の草原”に寝転がって、空を眺めているアレックスさんとルアンナさん。いつまでも仲睦まじい。


「いいなぁ……」


 私はポツリと呟く。


「何が?」


 飽きることなく私に付き合ってくれるノーティスが、呟きを聞き取って首を傾げる。


「私もあんな夫婦になりたいなぁって、思ってさ……」


 前世はお一人様だった。物語ばかり愛していた人生。

 物語のキャラクターばかりを愛していたから、当然とも言える。

 だからなのか、結婚願望も薄くて、別にしたいと思ったことはなかった。

 けれど、長い間アレックスさんとルアンナさんを見ていて、湧いてきたのだ。こうなりたい。結婚をしても、子どもが出来ても、デートをしている。見つめ合うだけで笑みを溢して、寄り添っている姿が、すごく羨ましい。


「そっかぁ」


 ノーティスはあまり共感出来てないような曖昧な返事をした。

 ノーティスにとっては、日常的な光景だもんね。

 そんな翌日。森で魔法の練習をしようとしていれば、ノーティスがやってきた。今日は監視の日ではないから、嬉しそうだ。やっぱりちょっとは飽きているのだろう。両親のデートを見張るだけなんて。


「……」


 ノーティスは、やけにそわそわしていた。


「どうかしたの? ノーティス」

「ん!? 何が!?」


 ビクッと震え上がるノーティス。


「何か……隠してる?」


 そんな子どもの反応だ。


「なんでわかったの? 実は……お父さん、今日は朝早くに魔獣倒したから、午後はお休みになったんだ。だからデートするって。今日はついてこないように、リシーには黙ってろって言われたんだ」


 私は目を真ん丸に見開いた。

 デートをひっそり護衛していたことは、バレていたみたいだ。

 いやそれよりも、胸騒ぎが走った。

 すごく嫌な感じだ。


「どこに行くって!?」

「え!? 言ってなかったけど……リシー! どこに行くの!?」


 すぐに飛び出して、私は“黄昏の草原”に向かった。

 ノーティスは、追いかけてくる。

 全力で走ったから、肩を上下に揺らして速く呼吸をした。

 金木犀の匂いが飽和する“黄昏の草原”には、誰もいない。

 でも、ざわめきが聞こえてくる。

 その方へ、と走った。「待って!」と言うノーティスの声も振り払って、全力で駆ける。

 茂みを飛び越えていけば、見付けた。

 剣を構えているアレックスさん。その背に守られているルアンナさん。

 私は無我夢中で、アレックスさんの前に飛び出した。


「リシー!? バカッ! 逃げろ!!」


 アレックスさんの怒号が、遠くに感じる。

 目の前にいたのは、まさに怪物そのものだった。

 体長三メートルはある毛むくじゃらの魔獣。最高レベル10の奴だ。

 ゲーム画面とは違う。その迫力に、足が竦む。

 呼吸は乱れていて、噎せる。

 魔法を仕掛けるチャンスを逃した。

 魔獣が動き、長い尻尾を振って、私を攻撃する。

 お腹に直撃した私の小さな身体が飛ばされた。


「リシー!!」


 アレックスさんの声で、なんとか意識を繋ぎとめる。

 衝撃で意識がなくなるかと思った。

 私は念力を使って、空中で止まる。そして、着地。

 アレックスさんは強敵から目を背けなかったが、ルアンナさんは見ていて驚いた表情をしつつ駆け寄る。

 動けなかった。息は乱れているし、腹部が痛い。


「ゲホッ!! ゲホッ!! ゲホッ!!」


 膝をついて、咳き込む。

 立ち上がらなくちゃ。

 立ち上がって、守らなくちゃ。

 私が、守らなくちゃいけないのに、上手く呼吸が出来ない。


「ルアンナ! リシーを連れて逃げろ!!」


 アレックスさんの言葉に従って、ルアンナさんが私の手を掴む。

 でも私は動かない。動けずにいた。

 だめだ。アレックスさん、一人では負けてしまう。


「リシー!!」


 ハッと息を飲んだ。

 ノーティスが、私に駆け寄る。

 息が止まった。

 本来、この場にいないのだ。

 ノーティスまで来てしまったこの絶望感。

 私のせいだ。

 私が、なんとかしないと、アレックスさんとルアンナさんだけじゃない。

 ノーティスも失いかねない。

 胸の中に手が入り込んで、ギュッと握り締めるような痛みがする。

 私を覗き込み、私に触れるノーティス。

 そのノーティスの笑顔が、脳裏に過ぎる。

 温かな家に招かれた日のこと。ノーティスの誕生日。花の香りで満ち足りた思い出。初めて会った時の温もり。

 呼吸が戻る。

 ああ、呼吸が出来た。


「早く逃げろお前達っ!!」


 怒鳴ったアレックスさんは、魔獣の尻尾を切りつける。

 でも切断出来ないほど硬い。魔獣の赤い血が、吹き出す。血を吹き出したまま、尻尾を振って、アレックスさんに叩き付けた。地面に転がるアレックスさん。剣が手から離れてしまった。

 そんなアレックスさんに追い打ちをかけようと、魔獣が前足を振り上げる。


「アクアカッター!!!」


 私は手をその前足に狙いを定めて、唱えた。

 水の刃が飛び、前足を切り付ける。

 息を乱さないように、私は立ち上がり歩み出す。

 殺させない。私が守る。この命に代えても。


「ングオオオッ!!!」


 尻尾も前足も怪我した魔獣は、そう地響きのような声を上げた。

 出血の酷い尻尾を振り、また私を吹き飛ばそうとする。

 私は身体を、上空に飛ばすように念力で浮く。それで避けた。

 毛むくじゃらの中の鋭いまなこが、私を睨み上げる。


「ファイアーーーー」


 私は右手首を左手で押さえ、狙いを定めた。

 力強く、全ての力を注ぐように、空中で叫んだ。


「ーーーーボルトッッッ!!!」


 炎の落雷が狙った場所へと落ちる。

 炎の熱風と、バチバチと静電気を感じた。

 目が眩むほどの炎は、赤と黄色で渦巻いている。

 焦げ臭い。そう思っていれば、地面に私の足がついた。

 着地をすっかり忘れていた私は、挫いて膝と手をつく。

 まだボォオオッと燃え上がる火柱を、手を振って掻き消した。

 残るのは、こんがり焼けた魔獣。その巨体はゆっくりと軋み、そしてドシンと倒れた。


「ーーーーはぁ、はぁ……はぁっ」


 息を吸い込めば、焦げた煙を吸う。

 それでも呼吸はやめない。

 いつの間にか出た汗が、頬を伝って地面に落ちた。

 眩暈がする。世界が回ってしまうような感覚。

 ボーッと焦げた魔獣を見つめて、意識が遠ざかっていくと。


「リシー」


 引き戻された。

 ノーティスの声。

 私のそばにしゃがんで、手を肩に置いた。

 ノーティスの幼い顔を見て、涙がポロリと落ちる。

 守れた。守れたのだ。守れたんだ。

 安堵が広がり、涙が溢れ出す。

 そんな私を、ノーティスは両腕で抱き締めてくれた。

 初めて会った日のような温もりが、きつく締め付けてくれる。

 意識を手放さないように、私も抱き締め返した。

 水色の空からは、雨粒が少し降り注いだ。




 ”ナナリーの鍋“の店の扉を乱暴に開けるのは、アレックスさん。

 足で開けたのは、しょうがない。両脇には、私とノーティスを抱えていたからだ。子どもとは言え、二人を抱えて走って来れたアレックスさんは流石冒険者だと思った。

 当然、その乱暴な登場に、視線が集まる。


「リシーは、本物の女神だっ!!!」


 血塗れのアレックスさんの唐突の発言に、ギルド【満月の夜】は一度、沈黙。

 それから、どわっと笑いが沸き起こった。



 

20181129

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