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05 誕生日。




 翌日、街の中の森ではなく、街の外の森に行こうとした。

 レベルの低い魔獣と戦うためだ。

 しかし、冒険者に見付かってしまい、そのまま連れて帰られた。

 孤児院の院長に、いかに街の外が危険かを説明されて叱られる。

 女神だから大丈夫! なんて言っても信じてもらえないだろう。

 力を披露して見せ付けることも頭を過ぎったが、変な束縛をされてしまうことを恐れた。それでアレックスさん達を助け損ねたら嫌だ。

 今は隠しておくことにした。

 ノーティスにも言い触らさないでほしいって頼もう。

 その翌日。ノーティスが呼びに来て、私をまた食事に誘ってくれた。

 アレックスさんの奢りで“ナナリーの鍋”の店で、ルナーレ一家と食事をさせてもらう。家族がいない私にとって、温かな時間を与えられた。

 ギルド【満月の夜】のメンバーにもすっかり名前を覚えてもらえて、武勇伝を聞かされる。

 絶対絶命と感じた魔獣の群れの襲撃に、助けに現れたのはアレックス。

 電光石火の如く次々と魔獣を倒して、仲間を救った話を何度も聞かされた。


「ぼくのお父さんは強くてかっこいいんだよ!」


 ノーティスも、自慢気に笑って見せる。

 はい、天使。今日も愛おしい。


「そうだ、明日は家に来て。リシーちゃん。私の料理を食べていって」

「そりゃいい、来いよリシー」

「お泊りしてほしい!」


 ルナーレ一家がそういうから、翌日は孤児院の許可を得て、お泊りに行くことになった。

 ちょっとドキドキだ。だって愛おしい推しの家にお泊り。子どものお泊まり会だけれど、それでもドキドキした。


「お世話になります! よろしくお願いします!」

「ゆっくりしていってね」


 ルアンナさんが、穏やかに言葉を返してくれる。

 先にお風呂に入らせてもらう。

 孤児院ではシャワーだけで済ませていたので、久しぶりのお風呂。転生してから初めてのお風呂に浸かってほっこりとした。


「お風呂ありがとうございました」

「リシーちゃんは、本当に礼儀正しいのね」


 一礼。褒められた。

 貸してもらったタオルでせっせと髪を拭う。長い髪だから、乾かすのは大変。


「髪切ろうかな……」

「あら、だめよ!」


 ダイニングテーブルについて、髪を持ち上げた私に、キッチンに立っていたルアンナさんが振り返った。


「とっても綺麗な髪なんだから、貸して」

「あ、はい」


 ルアンナさんにタオルを渡すと丁寧に拭かれる。

 ちょっと目頭が熱くなってきた。

 だってこんなことされるのは、いつぶりだろうか。

 前世を思い出そうとしても、無理だ。


「ただいまー」


 そこで帰ってきたのは、アレックスさん。


「あっそっか、リシーが泊まりに来るんだったな。ようこそ我が家へ」

「おかえりなさい、アレックスさん」

「おう」


 アレックスさんに涙目が見られてしまわないように目を伏せた。

 誤魔化すように笑った顔を作る。

 今度はブラシがかけられた。


「本当に綺麗だわ、リシーちゃんの髪。そうだ、リボンが二つあるから結んでもいいかしら」

「あ、どうぞ。お願いします」


 あまりにも褒めるものだから、ちょっと照れる。

 頬が真っ赤になるのを感じた。


「ルアンナさんの髪も綺麗です」

「あら、ありがとう。でもリシーちゃんには負けてしまうわ。月光みたいな淡い色なのに、毛先が真っ赤……不思議で綺麗」


 穏やかな声でまた褒めてくれる。

 不思議で綺麗か。奇抜とも言えるけれども。

 大体乾いた髪の毛は二つに分けられて、頭の高い位置で結ばれた。ツインテールだ。リボンの色は、私の瞳と同じあか


「はい、出来た」

「わぁ、可愛い!」


 私の次に、お風呂に入ったノーティスが出てきた。

 お風呂上がりで頬が真っ赤で髪の毛も濡れたままの天使。違った、ノーティスだ。マジ天使。


「ありがとう、ノーティス」

「? 大丈夫か、リシー」

「大丈夫です」


 顔を覆って仰け反っていれば、アレックスさんに心配された。

 萌えに悶えているスタイルを堪えなくてはいけない。


「ほら、お前の髪はオレが拭いてやる」

「ありがとう、お父さん」


 ルアンナさんが料理に戻る中、別の椅子に腰掛けて、アレックスさんがノーティスの髪を拭いてやる。これも目頭が熱くなる光景だ。

 だって父子の仲良い姿なんて、ゲームではなかった。

 涙目を誤魔化すために部屋を見回す。ダイニングとリビングが一緒。奥に部屋とバスルームがあって、二階にも部屋がある。ノーティスの部屋は、そこだろう。


「ノーティスの部屋覗いていい?」

「え?」


 何言ってるの、って顔された。


「リシーは、ぼくのベッドで寝るんだよね?」


 七歳にお誘いされた! ズキュン!!!


 胸を押さえて、萌え死にそうになることを耐えた。


「の、ノーティスはどこに寝るのかな?」

「ぼくも一緒のベッドで寝るよ」


 ズドキュン!!!


 一緒のベッドで寝る!! 最推しと添い寝!?


 そんな心の準備はしていない!!


「大丈夫、おっきなベッドだから!」


 えっへんと胸を張って見せるノーティス。

「子ども二人なら余裕で眠れると思うぞ」とアレックスさんも、ベッドの広さを教えてくれる。


 決定事項! 親公認で添い寝!


 萌えのあまり天に召されそう。あ、私、転生者だった。現在、女神。

 ずっと賑やかな場所で食事をしていたけれど、今日は静かな雰囲気の食卓で食べる。肉がもりもりのシチューで、お腹が満たされた。


「美味しかったです! ルアンナさん!」

「“ナナリーの鍋”の店とどっちが美味い?」

「まぁ、意地悪な質問」


 アレックスさんとルアンナさんが笑えば、ノーティスも笑う。

 だから、私も微笑みを溢した。

 温かい家族だ。守りたい。


 ドキドキ。ドキドキ。ドクドク。

 心臓が、胸の中で暴れている。

 天使のベッド、いやノーティスのベッドの中。

 ノーティスと肩を並べている。

 ノーティスの匂い。ノーティスの温もり。

 萌え死にそう。幸せ過ぎて死にそう。


「はう……」


 恍惚のため息を漏らしてしまった。


「どうかしたの? リシー」

「幸せ過ぎて」

「楽しかったってこと?」


 近い。幼い最推しが近過ぎる。キョトンとした顔が可愛い。

 暗過ぎて見えないけれど、心の目はしっかり見てます。

 いつまでも見つめていられる。


「ねぇ、どうして女神の力を秘密にするの?」


 この前話して約束してくれたノーティスは、今理由を訊いてきた。

 二人っきりの部屋なのに、声を潜めて耳打ちしてくる。


 くはっ……天使の耳打ち!!!


 舞い上がってそのまま昇天しそうなのを堪えた。


「ノーティスを守るためなの。今は秘密にして?」


 グッと堪えて、約束を固める。


「ぼくを守るため?」

「今はそれしか言えない……」

「そっか……わかった!」


 あっさりとノーティスは頷いてくれた。


「そうだ。綺麗なものを見せてあげる」

「なぁに?」


 仰向けになって手を上げる。すると、コツンと頭がくっ付いた。


 ち、近いです、我が天使!


「キュア」


 そう唱えれば、リンリンと鈴の音が鳴り、淡い光が灯る。


「わぁ!」

「怪我を治す魔法だよ」

「リシー、すごい!」

「えへへ」


 ノーティスに褒められたら、なんだって出来そうだ。


「ところで、ノーティス。誕生日はいつかな? もうすぐだって言ってたよね」


 今何日か知らない。

 ノーティスの誕生日は、八月三十日だ。


「明日だよ」

「えっ?」

「ぼくの誕生日、明日。あ、光が消えちゃった」

「……えっ?」

「だから明日」

「えっ!?」


 嘘でしょ!? 明日、八月の三十日なの!? もう誕生日!?




 私は、完全にしくじってしまった。

 ノーティスの誕生日ということは、ノーティスの誕生日である。

 何を言っているかわからないと思うけれど、ノーティスの誕生日だってことを忘れていた。

 ノーティスの誕生日、つまりそう彼の誕生した記念すべき日だということ。

 だからお祝いのために何かを捧げるべき日だ。

 なのに孤児の一文無しである私にプレゼントが用意出来るわけもなく、ノーティスの誕生日会が、“ナナリーの鍋”の店で行われた。ギルド【満月の夜】と、ノーティスの近所の友だちが、盛大に祝う。

 もちろん、プレゼントも贈られていた。

 嬉しそうに受け取るノーティス。

 私は消えてしまいたい気分になって、テーブルに突っ伏した。

 今日はルアンナさんがハーフツインテールにしてくれたので、それを崩さない気遣いもした。


「どうしたの? リシー」

「プレゼント用意出来なくてごめんなさい」


 今日の主役が私の元に来たから、泣きそうな声で謝罪をする。


「なーに言ってるんだ、気持ちが大事だぞ! リシー!」


 聞いていたアレックスさんが、私に言った。


「その気持ちを形にしてプレゼントしたいこの想いを、どうしたらいいかわかりませんっ!!」

「お、おうっ」


 アレックスさんのベストを掴んで言い返すが、またテーブルに突っ伏する。


「リシーちゃん。ただ祝ってあげてくれればいいのよ。大丈夫、その想いは届くわ」


 そっと私の肩に手を置いたのは、ルアンナさんだった。

 優しく伝えてくれるルアンナさんから、ノーティスに目を向ける。

 花冠を頭に乗せたノーティスは、キョットンと私を見上げた。

 私は椅子から降り立って、ノーティスと視線の高さを合わせる。


「じゃあ私からは想いを……言葉を贈る」


 ノーティスの肩に手を置いて、ゆっくりを記憶を振り返った。

 前世でノーティスの誕生日を祝った時に思ったこと。


「生まれてきてくれてありがとう。あなたに出逢えて、私はとっても幸せです」


 まさかこれを本人に告げる時が来ようとは。

 ちょっと涙ぐんでしまった。

 ちゅっとノーティスの額に、唇を押し付ける。

 ノーティスは驚いた表情で、額を押さえた。


「……うん、ありがとう、リシー」


 ノーティスがお礼を言うと、見ていた大人がヒューヒューと冷やかす。

 私は堪えきれずに、ノーティスを思いっきり抱き締めた。



 

20181128

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