9話 利用される憎しみ
時は昇級祭の新人戦まで遡る。
ジョージはサンダース伯爵家の次期当主として騎士の資格取得を目論んでいた。
同時に、自身がこの学園で覇権の中心にいる事こそ、サンダース家が十騎士団入りする近道でもあると自負している。
今回の昇級祭はジョージ自身はB級の恩恵でありながらも、金に物を言わせA級の生徒を3人仲間に入れて戦っていた。
宝玉恩恵も高額の物を装備し、ジョージ率いる【戦斧の血盟】は残り13人になるまで順調に勝ち進んでいる。
前回、前々回と20人の中にも残れなかった屈辱を晴らす。
マリア・ナードに優勝を阻まれた恨みは今回こそ倍返しにするつもりだった。
その為の準備も万端である。
ところが、残りの地形が市街地と森林のみになってまったく予想もしていなかった事が起きた。
『コル・バルールの攻撃でシモン・ポールセンが失格となりました。残り12名です』
ブロック塀に隠れ周囲の状況を探っていた矢先の出来事だった。
「ど、どこから攻撃してきた! ふざけるなっ、誰だこのコル・バルールとか言う奴は!」
「さっぱり分かりません、音もしなかったし体力馬鹿のシモンが一撃でキルされるなんて……」
「ここは危険です、森林へ逃げてはいかがでしょうか?」
不可視の弾丸でコルに攻撃されたジョージ達はパニックに陥っていた。
攻撃の痕跡も何もなくパーティーメンバーのシモンがやられてしまったのだ。
確かな事はどこかからの遠距離攻撃を受けた事だけ。
となれば死角の多い森林へ逃げ込むしかないのは必然であった。
「くそっ、いったいどこから攻撃されてやがる!」
ここまでうまくやってきた。
数的有利のままマリアとの決戦に持ち込めば優勝の目も大きかったはずだ。
ジョージがそんな事を考えていた矢先の出来事だっただけに、焦りと苛立ちで冷静さを欠いていた。
ジョージの傭兵は3人とも平民である。
金で雇われている上に、身分の差は明白であるから戦斧の血盟に助け合う精神はない。
全てジョージが独断で行動を決めて来たし、ジューク中心で物事が動く。
とは言え、事ここに至って混乱するジョージに業を煮やしたジュークは堪らず進言する。
「とにかくここにいては危険です。飛び出す合図をお願いしますサンダース様」
「そんな事はわかってる! ジュークとケントで俺を挟んで移動だ。行くぞ!」
言われたとおりにジョージを真ん中にして移動する。
今いる場所から森林まではおよそ300メートル。登りの斜面を懸命に走って行く。
当然そんな獲物をコルが見逃すはずがない。
『コル・バルールの攻撃でケント・ジョバンニが失格となりました。残り11名です』
ジョージの右側を走っていたケントが倒れ込んだ。
「ケント!」
「止まらないでください!」
一瞬、ジョージはケントに駆け寄ろうとするが、ジュークはそれを制すと今度は自身がジョージの右側へ移動して再度走り出す。
この時ジュークは確信した。
ケントが攻撃を受けたのが右の脇腹であることから、敵は確実に右側に存在すると。
さらに、魔法の形跡がない事から銃撃である可能性が高く、ブロック塀と現在地が見渡せる位置から攻撃していると予測した。
「敵は右手のアパートから攻撃してます。もう少し走れば死角になる……うっ」
『コル・バルールの攻撃でジューク・トーマスが失格となりました。残り10名です』
あっという間に傭兵3人を失ったジョージは、それでも懸命に足を動かした。
ジュークが残した言葉を信じ、途中でアパートからの死角に隠れながらなんとか森林に逃げ込む事に成功した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁっ、ちく……しょう! 何者なんだコル・バルール。マリアの次にキル数稼ぎやがって……はぁっ、はぁっ」
腰に下げたボトルを空けて、水分補給をしながら木の影からアパートを覗き込む。
少しだけ落ち着きを取り戻したジョージは、ここでジュークの言葉を疑った。
「あんな距離からどうやって攻撃できる? 本当に奴はあそこから銃撃したのか?」
しかし状況的に見て、やはりジュークの予測以外で他の可能性は考えられなかった。
計3回の攻撃を可能にする場所がそこからしか出来ないからだ。
「まあいい。過ぎた事を考えるよりこの先どう切り抜けるかだ」
サンダース家の威信にかけジョージは立ち上がる。
が、しかし。
気配を消しながら移動しようと振り返ったその時、忘れもしない仇敵の姿が目に入った。
「残念だったわねサンダース」
蓮の花を象った紋章が刻まれた白金のフルプレートを身にまとい、身長を優に超える長さの両手剣を構えるマリアが立っていた。
反射的にジョージも家宝の戦斧を取り出して構える。
蛇に睨まれた蛙のように、マリアの威圧で動けない。
しかし、過去の苦い経験からジョージはその事を反省し、同じ轍は踏まないと決めていた。
なんとかその呪縛を振り払い戦斧を握る両手に力を込める。
そして「残念なのはお前だ」と叫び斬りかかろうとした瞬間、目の前にマリアの姿はなく、それを自覚したと同時に意識を失った。
目を覚ましたジョージは見知らぬ部屋で寝ており、ベッド脇にはこれまた見知らぬ女性が座っていた。
「ジョージ・サンダースはマリア・ナードが憎い?」
素性を訪ねようとした瞬間、ジョージの頭の中に言葉が直接入ってきた。
目の前の女は口を開けておらず、何かしらの方法でジョージの脳内へと語り掛けているのだろう。
「マリア・ナードが憎ければ殺してしまいなさい。お前にはその力がある」
もう一度そう聞こえて来た時、ジョージの意識は闇の中に沈む様な感覚を覚えた。
真っ暗な空間で五感全てを閉ざされたような気持の悪さ。
「憎きマリアを殺せ。殺せ、殺せ、殺せ。あいつは邪魔だ。邪魔だ、邪魔だ。邪魔者は殺せ」
ついに息も出来なくなり、ジョージはもがき苦しんでいるとまた声が聞こえて来た。
苦しさと憎しみが胸の中であふれかえる。
早くこの闇から抜け出したいが、闇の中で憎しみが湧き上がる陶酔感から逃げ出せない。
いつの間にか息苦しさは消えていた。
目を覚ますとまたさっきと同じ光景が目に入る。
「ようこそ闇の住人」
女はそう言うと、部屋から出ていく。
ジョージは追いかけるでもなく、ただボーっと見送るだけだった。
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