7話 激変する日常
昇級祭の翌日。
コルは両隣にマリアとレイムを連れて、教室へと向かっていた。
学園の敷地には、本校舎、実技訓練棟、学園寮の他、コル達が住む個室棟が存在する。
個室棟に引っ越して教室までの道のりは少し遠くなってしまったが、こうして兄妹そろって朝の時間を共するのは珍しい。
感情豊かなマリアはもちろんのこと、感情の起伏に乏しいレイムですら上機嫌が見てとれる。
これまで身分を偽装していただけに、兄妹一緒に行動を共にするのはナード家の中か、侯爵家所有の山中くらいなものだったのだ。
「なんかこうして歩くのは新鮮ね」
嬉しそうにそう言ったマリアは人目もはばからずコルの左腕にしがみついた。
それを見たレイムはやや下がり目の位置にいながらも、コルとの距離を縮める。寄り添うと言った方が近い距離感だ。
ぱっと見で、コルが美少女2人をはべらせているように見えなくもない。
「2人とも男子からの人気が高いから恨まれそうで怖いな」
そんな事を言いながら、コルも悪い気はしていなかった。
異母兄妹ながらも3人はずっと一緒に育ってきたのだ。家の事情で我慢していた反動は少なからずあるものだ。
「そんな事よりコルはもっと別の心配したほうがいいんじゃないの?」
「お嬢様の言う通りです。コル様は最強のE級として嫉妬されてしまいますから」
ちなみに兄妹にも関わらずレイムが謙った口調なのは、本人曰く癖なのだそうだ。
その本心はレイムなりの複雑な心境があるのだが、それはまた別の話。
コル本人も昨夜の話で言っているが、大手を振って兄妹一緒に行動するのがナード家、ひいてはマリアにとっての最善である。
そうした事で他の弊害が生まれたとして、コルにすれば些事でしかない。
何よりも優先すべきはマリアなのだから。
「俺が大事なのはマリアとレイムの事だけだよ。だから2人の心配しかする必要がないな」
最優先はもちろんマリアだが、だからと言ってレイムをないがしろにするつもりは毛頭ない。
個人的な感情のみで言えばどちらも同じくらい大切である。
面と向かってそんな事を言われ、マリアとレイムの頬が赤くなる。
「ちょ、ちょっとは自分の心配もしないさよね。コルに何かあったら嫌じゃない?」
「その通りです」
傍から見ると朝から胸やけのしそうな一幕である。
「大丈夫。もし俺に何かあったら2人が暴走するのはよく分かってるから、俺は俺で気を付けるよ」
その後も兄妹でいちゃつきながら、短くも楽しい通学路が過ぎていった。
当然、周囲からの視線は集中したが、そんな事お構いなしに3人だけの世界に浸っていた。
他を寄せ付けない空気は本校舎に入ったところで霧散する。
マリアとレイムはA級の教室へ向かい、コルはひとりE級の教室へと歩き出した。
すると機を窺っていたかのように、コルへと急接近する男子生徒が現れる。
「おっすコル! まさかおまえが昇級祭で2位になるなんてな~。それになんでマリア嬢と一緒になって登校してんだ?」
やってきたのはコルと同じクラスで寮では相部屋だった【リオン・シュタット】だった。
ざっくばらんで裏表のないリオンは入学早々にコルと打ち解けた。
自分から交友関係を広げないコルにとって数少ない友人と言える。
「おはようリオン。2位になったのはマグレだよ。マリアと一緒だったのはただ単にマリアが俺の妹ってだけだ」
「おいおい2位になったのがマグレの訳……って、おい今なんて言った? はっ? 妹?」
まさかの答えが返ってきて驚愕するリオンをそのままにして教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉にコルへと集まった。
堰をきったように人だかりができコルは質問攻めにされる。
どうやってあんな長距離狙撃を成功させたのか。
当然それを可能にした恩恵にも興味が注がれる。
これまでコルは魔銃を使った実戦しか見せていない。
課外演習で魔物を討伐するのもカートが作った汎用型の魔銃しか使っていないし、対人戦闘の授業でも本気を出してこなかった。
そんなコルが昇級祭で異常な戦い方を披露し、さらには2位になったのだから何がどうなっているのか聞かずにはいられないだろう。
中でも情報屋を目指していると言う【アンナ・ロイス】の追及は激しい。
「一部の生徒からはコルさんの銃にものすごい魔法が封入されていると噂されていますがやっぱりそうなんすか? バルール社の御子息であるコルさんだからこそ扱える代物なんすか?」
小動物のように小さな身体を懸命に伸ばして、コルの顔に近づけるように食い下がる。
アンナの容姿はマスコット的な可愛らしさがあり、一部の男子から絶大な人気を集めているそうだ。
ブラウンヘアーをポニーテールに結い上げて、背の高いコルにピョンピョン跳ねて答えをねだっている。
やや圧され気味になったコルは苦笑しながら、あらかじめ用意しておいた言葉を返す。
「あの銃はバルール社の特注品でその詳細は明かす事が出来ないんだ。すまないアンナ」
「そうっすか! ではでは次に侯爵家の芙蓉の淑女マリア嬢とはどんな関係なんすか? ナード家の夜会にコルさんも参加されたそうですし、まさか昇級祭の1位と2位で意気投合したとかっすか?」
「そんなんじゃないよ。俺とマリアは兄妹だったってだけさ」
ゴシップの匂いにノリノリで質問を投げかけたアンナは、それを聞いた途端に間抜け顔を晒す。
しかしそこは情報屋志望のプライドですぐに立て直した。
「な、何を言ってるんすか、あはははは。まさかコルさんがそんな冗談を言うなんて意外っすね~。それでやっぱりマリア嬢とは恋仲になったんすか?」
「いや、すまない。本当に俺とマリアは兄妹なんだ。あとA級のレイムもな」
にわかには信じられないコルの告白に、教室は水を打ったような静けさに包まれた。
アンナもさすがに面食らったようで、混乱から立ち直る前に担任教師が入ってきてしまった。
担任から開口一番に出た言葉はコルの告白を裏付ける内容だった。
A級クラスでも同様の発表がされた事により、昼休み前には学園中に知れ渡る事となる。
たった半日でコルを取り巻く環境は激変する。
昼休みには交際を申し出る女子生徒と、コルの強さの秘密を探る男子生徒でごった返した。
――マリアはいつもこんな注目の中で頑張ってたのか。やっぱりあいつは強いな。
ものの数時間で有名人の気苦労を知ったコルは、激変した日常から平穏を取り戻すにはどうするかを考え始める。
そして放課後、有名人になった代償を別の形で味わうことになるのだが、今のコルはまだそれを知らない。
昼休みの食堂にできる人だかり。そこより遠く離れた場所から、嫌な視線がコルに注がれていた。
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