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5話 庭園での駆け引き

 ナード家の別邸で夜会が催されている最中、コルは不自然な視線を感じた。

 正体を暴くべく人気(ひとけ)のない庭園へと誘導したのだが、意外にも大物が釣れたようだ。


「あまりにも警戒されていたから悪戯(いたずら)をお返ししたくなってしまいましたの。お許しくださいねコル君」

「許すも何もありませんよ【ユーノ・ウェルネス生徒会長】」


 薄紫色のショートドレスを着た金髪の美少女は王都冒険者学園3年生で生徒会長を務めている。

 柔らかな表情とは裏腹に、その瞳からは妖艶な光が放たれていた。


 見る者を魅了するような幻想的な空気をまといコルを見つめ驚く素振りを見せる。


「わたくしの事をご存知でしたのね。強いだけでなくコル君は聡明で抜け目のない御方と言う事でしょうか」

「それは買い被りです。あなたの事を知らない学園生がいたら教えて欲しいくらいですし俺は別に強い訳じゃありませんから」


 【ウェルネス公爵】家の次女として生まれたのがユーノだ。

 王族の傍流として最古の歴史を持つウェルネス家は【第0騎士団】を持つ格式高い家柄で有名だった。

 右派にも左派にも属さず中立を謳っているが、左派を牛耳っているのがウェルネス公爵である可能性が高い。

 アレクセスからもたらされた情報を記憶から引きずり出したコルは、一応それを念頭にユーノと相対するよう心がける。


「まあっ、強くないだなんて謙遜がすぎるんじゃありませんか? まぐれで昇級祭(フェスティバル)の2位を勝ち取れるほど我が学園のレベルは低くありませんのよ?」

「確かにそうですが俺の戦い方は初見殺しに近いです。もしまた昇級祭(フェスティバル)で好成績が残せたら少しは胸を張れるかもしれませんけどね」

「うふふ。それでは次の機会でコル君の真価が分かるのですね」

「あいにく俺は個室が欲しくて昇級祭(フェスティバル)に参加しただけです。運よく目標を達成できましたので次の機会があるかは未定ですよ」


 今のところ両者は、上辺の情報だけで腹の探り合いをしている。

 どちらの言葉も当り障りなく、引っかかる箇所はなかった。

 コルに対し高い関心を示しつつ、ユーノはその実力を見極めようとする。

 特に隠し立てする素振りもない事から、ある程度コルの謙遜が嘘と見抜いているような節が窺えた。


 まるでコルとのやりとりを楽しむように、ユーノの瞳が妖し気に光る。


「では次の機会がすぐにでも訪れる事を願って次回の昇級祭(フェスティバル)にはわたくしの弟も参加させようかしら。こんな事言ったら身びいきと思われるかもしれませんが、うちの【ユグノ】であればマリア嬢の4連覇を阻止できると考えておりますの」


 ついにユーノが手札を切ってきた。

 とは言え、コルはこれがブラフの可能性が高いと予測している。


「会長のおっしゃっている意味が俺にはよく分かりません。弟君の昇級祭(フェスティバル)参加と俺の次の機会に関連性があるとは思えないのですが?」


 【ユグノ・ウェルネス】。

 外交の多いウェルネス公爵の都合で、ユグノは先月まで隣国の【ランダ帝国】へと遠征していた。

 ユーノが言うように、現状でマリアに勝つ可能性が唯一あるのがユグノである。

 その彼が遠征から戻り、今回の昇級祭(フェスティバル)に参加する可能性が高かった。

 だから万が一に備えコルの参戦も決まったのだが、結局ユグノの参加は見送られたそうだ。

 どちらにせよ、アレクセスからの課題であった遠距離狙撃の実戦性能を試せたし、お陰でコルは個室も得られたので結果オーライである。


 どうやらユーノは満足したようである。

 現状で探りを入れられるのはこれが現界と言う判断なのだろう。

 フッと微笑んだ彼女の表情が年相応に変化した。


 コルの隣まで寄ってきて、肩が触れようかと言う位置まで接近する。

 今度は個人的な趣向を満たさんと悪戯な笑みを浮かべ、男としてのコルを試すような口調に変わる。


「さっきの葉巻をいただけますか?」

「もちろんです」


 コルは葉巻を取り出すよりも先に、ユーノを身近な椅子へと導いた。

 それからユーノと一緒に葉巻を咥え火を点ける。


「お強くて眉目秀麗なだけでなく紳士的ですのねコル君は」

「あまり俺をからかわないでください。気高く彩色兼ね備えるユーノ様にそう言われてしまうと恐縮してしまいます」


 これを聞き、ユーノは既に満足気に微笑んでいた。

 澄んだ夜空に吹きかけるように一筋の煙が宙を舞う。


「わたくしコル君の事が気に入ってしまいましたの。もし良ければわたくしの推薦枠で生徒会の一員になりませんか?」


 少しの沈黙を破るように、コルにすれば思いもよらない提案がされた。

 その真意を図りかね少し考えているとユーノは続ける。


「すぐに答えをいただかなくとも構いません。コル君にメリットがあればご協力願いたいですし、それに教職員推薦でマリア嬢の入会も決まりましたので悪い話ではないはずです」

「こんな俺なんかを誘っていただきありがとうございます。しかしマリア様の入会は俺と関係ないことです」


 ユーノはこれに返答せず葉巻を灰皿に置いたまま立ち上がった。

 ゆるくかかったウェーブの髪を耳に掛け、コルの頬へと唇を寄せる。


「楽しみにしていますわ」


 蠱惑的にそう囁くとコルの頬へ軽く口づけし去っていく。


 一見すると年上の女性に翻弄される初心な少年と言う一幕に見えなくもない。

 しかしコルは「断れるものなら断ってごらんなさい」と挑発された気がしてならなかった。


 ――あの人を見極めるには時間がかかりそうだ。


 結果コルはユーノに対し、ナード家と自分の関係を疑っている、程度の感想しか得る事ができなかった。

 こちらに守らねばならない秘密がある以上、ある程度は相手に主導権を握られるのは仕方がない。

 コルはそのように気持ちを切り替えて、そろそろ会場へ戻る事にした。


 夜会が終われば昇級祭(フェスティバル)を見返して、課題の洗い出しもするだろう。

 ユーノとの会話はその時に報告するとして、コルは既に次回の昇級祭(フェスティバル)でどう戦うかに思考が向いていた。

読んでいただきありがとうございます。

ブクマしてくれている方に引き続き楽しんでもらえるように頑張ります。

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