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2話 合成の謎

 昇級祭(フェスティバル)は新入生のみが参加する新人戦と、2・3年生が入り乱れて戦う本戦に別れている。

 余程の事がない限り1年生が本戦に混ざる事は出来ないが、例えば新人戦を3連覇したマリアなら教員推薦枠で参加出来るかも知れない。


 ただ、新人戦も本戦も上位5名の報酬は同じである。

 名目は級位とされているが、正確には級位と交換可能な金貨が渡される。

 1位に5枚与えられ、順位が下がるごとに1枚減っていく。

 この【級位金貨】を1枚使えば、受けたくない試験は免除される。

 使い道はそれだけでなく、所属するクラスのランク上げや、学園内での待遇を向上する為に級位金貨は便利であった。


 4枚の級位金貨を得たコルは、E級からの格上げも試験の免除も興味が無い。


「では早速ですが、今日からこの部屋を使用してください」


 昇級祭(フェスティバル)が終わり運営委員から報酬を得たコルは、その足で学園職員に個室の使用を申し込んでいた。

 級位金貨1枚につき、個室を2か月間使用する事が出来る。

 コルは2枚の金貨を支払って職員に個室へと案内されていた。


「ありがとうございます。内装は自由に変えてもよろしいのでしょうか?」

「自由にして結構ですが、退居の際は元通りにしていただきます」


 それ以上聞くことも無かったので、鍵を受け取って職員に礼を告げた。

 個室内は既に生活用品が揃えられている。

 申請の最中に個室棟専属のメイドがコルの荷物を運び終えているし、家具や寝具は元々備え付きで置いてある。


 ここまでずっと気を張っていたせいか、コルはベッドへ仰向けに倒れ込んだ。

 軽く一息吐くと目を閉じて安堵する。


「やっとあの相部屋から出られた。まああれはあれで楽しかったけど」


 そう言いながら制服のネクタイを無造作に緩める。


 【タリア王国王都冒険者学園】は、その名の通り王立の教育機関だ。

 王都の他にも中枢の街に4つの冒険者学園がある。

 その中でも王都の学園は全国から生徒が集まる為、原則として全寮制を設けていた。

 今回のコルのように級位金貨で個室を得る以外、基本的に学園寮は4人での相部屋だ。

 ただし、王都住まいの有名貴族の子女は入寮が免除される事がある。

 選民意識に毒された貴族に難癖をつけられた結果、例外を認める形となった。


 上級専門職の登竜門とされる冒険者資格は、貴族と言えども避けては通れない。

 相部屋くらいで騒ぎ立てるなら、そもそも冒険者の素質すらないと言える。

 どうしても相部屋が嫌だと言うなら級位金貨の制度を利用して個室を勝ち取ればいいだけだ。

 その話を聞いた時、コルはそんな感想を抱いた。


 昇級祭(フェスティバル)が終わったのが昼過ぎ。

 報酬の受領と個室使用の手続きは思いのほか時間がかかった。

 閉ざされた白布のカーテンはほんのり赤く染められている。


「そろそろ準備しておこうかな」


 きっと数時間後には夜会が催されるはずだ。

 昇級祭(フェスティバル)でマリアが優勝するたびに、ナード侯爵邸では盛大に祝いの席が設けられていた。

 だからコルは今日もそうなるだろうと確信している。


 ベッドから腰を浮かせ、メイドが移動させた衣服類を確認する為にクローゼットを開ける。

 数着の制服の他、普段着のジャケットやシャツと一緒に2着のスーツが掛かっている。

 ひとつはナード家の家紋が刺繍された燕尾服。もうひとつは家紋が刺繍されていないタキシード。

 コルは迷わずタキシードを取り出した。


 慣れた仕草で颯爽と着替えながら、湯を沸かす準備をする。

 そろそろ迎えの使者が来る頃だと推測するが、まだお茶を飲むくらいの余裕はあるだろう。

 時計を見ながらコルはぼんやりと考える。


 夜会の参加は強制ではないものの、辞退した時の風当たりは悪そうだ。

 何よりマリアの3連覇は素直に祝いたい。

 とは言えその肝心のマリアがご立腹であろう事が目に見えている。


 元より夜会には出るつもりではあるが、マリアをどうやって制御するかを考えると、コルは少し憂鬱になってしまう。


『もしコルが私に勝てたなら今まで通りでいいわ。でも私が勝ったら当家に、いえ私に婿入りしなさい!』


 今回の昇級祭(フェスティバル)が始まる前にコルがマリアに言われた言葉。

 もちろんコルはこの提示に承諾した訳ではないが、マリアとの長い付き合いから、あの決着に納得していないと容易に想像できる。


 茶葉の入ったティーポットにお湯を注ぎつつ、コルはどうやって説得しようか考えていた。

 そこで部屋の扉がノックされ、一旦その思考を中断する。


 尋ね人の正体が誰であるかに見当はついていた。

 扉を開け姿を現したのは、ナード家に召し仕える専属の騎士見習い【レイム・バルール】だ。


「お迎えに上がりましたコル様」

「やあレイム。少し早いんじゃないか?」

「はい……マリアお嬢様に急かされてしまいました」


 苦笑いしつつ、コルはひとまずレイムに中へ入るよう促した。

 定刻にはまだ余裕があるし、淹れたお茶がもったいない。

 せっかくだからレイムの分も用意して、一息入れる事にする。


「あ、あのコル様。お嬢様に急ぐようにと命じられています」


 レイムは可愛らしい部類の女性だ。

 困惑気味に小首を傾げると、耳の下あたりで切りそろえられた栗色の髪がふわりと跳ねる。

 小柄でおっとりした性格ではあるが、騎士としては既に申し分のない実力を有す。

 騎士見習いとされているのは、彼女がまだ騎士の資格を持っていないからであり、冒険者資格の取得を経てからでないと騎士の試験は受けられない。

 だからレイムもコルと同時にこの学園へ入学を果たしている。


「もし怒られたら俺のせいにしていいからさ、ちょっとだけお茶に付き合ってくれないか? ついさっきここの手続きが終わって少し休憩したかったんだ」

「然様でございますか。そう言う事でしたら何も弁解する必要はございませんね」


 レイムは納得したようにティーカップを持つと、優雅に口元へと運ぶ。

 紅茶の香りをゆっくり堪能してから口を潤した。

 音を立てずにカップを置くと「おいしいです」と言ってニッコリ微笑んだ。


 主人の命令を絶対とせず、妄信する事もない。

 状況を自分自身できちんと把握するレイムをコルは信頼していた。

 そして何よりコルとレイムはナード家の婚外子である。

 要は妾の子であり、コルにしてみればマリアもレイムも異母兄妹だ。

 同年に生まれた3人は幼少から一緒に過ごす事が多く、学園入学と同時にナード家専属の任を与えられる。

 レイムは私設騎士団員、コルはマリアの護衛を命じられたのだ。


「ところでコル様、本日使ってた恩恵(ギフト)は新作ですか?」

「あれは父上からの要請だ。遠距離射程の迎撃手段が欲しいとの事だったから作ってみた」


 恩恵(ギフト)は生まれながらに誰しもがひとつ与えられ、これを固有恩恵(ギフト)と呼ぶ。

 その他に、魔物が落とす【宝玉】を使えば合計3つまでの恩恵(ギフト)を扱う事が可能だ。

 宝玉で得た恩恵(ギフト)は別の宝玉と入れ替えが出来る。

 恩恵(ギフト)との適性や相性があるものの、宝玉を多く所持していれば戦略の幅が広がるのだ。


「さすがはコル様、あそこまで長距離の狙撃は父上も予想外だったと思います。本当にコル様の固有恩恵(ギフト)は当家の至宝です」

「そうは言っても、その固有恩恵(ギフト)のせいでE(ランク)の評価だったんだけどな」


 固有恩恵【合成(キメラ)】。

 それがコルの持つ生まれながらの能力だ。

 王国の恩恵(ギフト)大全にも詳細が載っていない希少なものだが、戦闘を生業とする冒険者学園での評価はE(ランク)とされた。


 しかしながらその効果は、あまり大っぴらに出来るものではない。

 学園には金属同士を合成して強度を高める能力と申請しているが、その実合成(キメラ)は物質同士か魔物同士であれば新たなものを生みだす事が出来る。


 そしてそれは宝玉恩恵(ギフト)も例外ではなかった。


 多大な魔力を消費する条件があり、出来上がりは必ずしも同じではないが、コルが見せた長距離狙撃はいくつかの恩恵(ギフト)を合成して得た能力だ。


 風魔法、銃撃、遠視。

 この3つの宝玉を合成(キメラ)して出来上がったのが【不可視の弾丸(インビジブルバレット)】だった。


「と言う訳で、その件も父上に報告しないとな」

「承知しました。ではそろそろ参りましょう」


 どうやってマリアを宥めるか。

 長い夜になりそうな予感を抱き、コルはナード家へと向かう。

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