コーヒーが主食
全体的にいろんな意味で酷いです。心を広くして読んでください。
近未来で有るともはたまた別の星とも言えるような言えないようなそんなところで、世界の平和を維持するため五人のヒーローが立ち上がりました。彼らは常に平和を念頭に置き、小さなボランティアから大きな復興事業まで色んな事に着手してきました。彼らの願いはただ一つ。世界よ平和であれ。
ある時、そんなヒーローの前に正にお決まりの様に敵が立ちふさがりました。世界を恐怖に陥れ、あまつさえ征服でもしてしまえば良いのではないかという、実に短絡思考の持ち主です。そんな悪を放っておくヒーロー達では有りません。彼らは今日も戦います。世界の平和を維持するため。手と手を取り合い、力の限り戦います。世界の敵を殲滅するため。人々の平和を願う心を一身に受け、ただ平穏を取り戻すために傷つくのです。
頑張れアース戦隊! この星の平和は君たちの肩に重くのし掛かっている!
因みにアース戦隊のアースは、地球ではなく、明日です。明日も明後日もその先も、恒久的な平和を目指すヒーローなのです。そんなアース戦隊は巨大化等しません。普通の人サイズです。で、あるからして、敵も普通サイズです。アース戦隊は全身タイツの上、プライバシーの関係からマスクも忘れませんが、敵はスーツです。今往来を歩く会社員ですら、敵かも知れません。油断は禁物なのです。注意深く周囲を見渡しながら、ビジネス街をヒーロー達は歩いていました。ヒーロー装束で。多数のビジネスマン達は、目を合わせないよう早足で彼らの横を通り過ぎていきます。何とも怪しいことこの上ないと、ヒーロー達は目を光らせます。世界の平和を守るため、彼らは常に警戒しているのです。
「あ、あれは!」
不意に赤タイツのヒーローが立ち止まりました。彼はリーダーであり、通称レッドと呼ばれています。彼らは余計なことには気を回さぬ為、ほぼ何もかもが適当であり、そのままの事をそのまま口にしたりします。足を止めたレッドは、一点を指さし、仲間の注意を促しました。
「レッド?」
隣を歩いていたブラックが確かめるよう、彼に視線を送ります。しかしもうその時には彼らのリーダーはそこにいませんでした。指を前に突き出したまま、レッドは猛スピードで走り出したのです。そのスピードたるや、まるでチーターの如く。避けきれないビジネスマンが続出し、その勢いと衝撃に何人もが倒れていきました。しかしこれも全て平和の為なので仕方有りません。特にヒーローは常に前しか見ていないため、振り返ることを知らないのです。過去であれ、後ろであれ。
「レッド!」
語気を強め再度ブラックが彼を呼びました。しかし当然の事ながら、彼の耳には届きません。状況を確かめるため、仕方なくブラックも走り出しました。それに他の三人も続きます。四人ものヒーローが猛烈なスピードで走る様は、まるでミサイルのようであり、避け切れぬビジネスマンがまた病院へ送られました。しかし平和の為なので仕方有りません。
そんな仲間の事に気付いているのかいないのか、いいえ、気付いています。何故なら彼はヒーローであり、リーダーだからです。後ろから猛烈に駆けてくる仲間達に気付いているはずながらも、振り返ることなく彼は有る一人のビジネスマンへと手を伸ばしました。いえ、手は最初から伸びていたのですが。彼は指を前に突き出したまま走っていたのですから。沢山の人を突き飛ばしながら、自分が突き指しないのが不思議です。しかしヒーローなので当然です。全ての不思議はヒーローだからで片付けることが出来るのです。ヒーローですから。兎に角そのまま彼は、目の前のビジネスマンの肩を掴み、その脚を止めたのでした。
「君!」
一人に向けているとは思えないほどの音量で呼び止めます。いえ、既に脚は止めた後だったのですが、無言というのも感じが悪いので、紳士的にレッドは呼んだのです。止められたビジネスマンは、驚きを隠せない様子で、瞠目したまま振り返りました。余りに突然のことで、声も出せないようです。ここだけ見ていると、まるでレッドが悪人のようですがヒーローなので仕方有りません。
「……な、何でしょう?」
実に怯えた様子でビジネスマンは、口を開きました。無理もありません。幾らレッドがヒーローとは言え、急に全身タイツの人に呼び止められれば怯えもします。しかしその誤解は直ぐに解けることでしょう。相手はヒーローであり、世界平和を願って止まぬ人なのですから。
「レッド、一体どうしたんだよ!」
するとそこで漸く、他のヒーロー達が到着しました。彼らはレッドを囲む形で立ち止まりましたが、そうすると同時にビジネスマンも囲むことになり、一歩間違えばリンチしているようにも見えます。しかしヒーローなので問題有りません。その中でブルーが息せき切りながら、レッドに問いました。確かに、リーダーでもあるレッドは一体どうしてしまったのでしょうか。急に走り出し、その上ビジネスマンを呼び止めるなど。他の誰もが理解できなくて当然でしょう。けれど彼はヒーローでその上リーダーです。意味のないことなどしないのです。
「君は、敵だな!」
全ての疑問に答える形で、レッドが宣告しました。しかも驚くべき内容です。皆マスクをしていますので表情は分かりませんが、息を呑んだ事は容易に想像出来ました。
「な、何だって!」
「何を根拠にそんなことを言うんですか!」
一瞬の沈黙の後、ほぼ同時に叫ぶような問いが響きました。方や仲間から、方やビジネスマンから。どちらも信じられないようです。それはそうでしょう。特にビジネスマンは納得がいかぬようでした。いきなり嫌疑をかけられて、驚く以上に怯えても不思議ではありません。仲間も皆、信じられないと言った面持ちでビジネスマンとレッドを交互に見やっています。面持ちと言っても顔は見えませんが、兎に角そう言う空気でした。
「根拠だって!? 決まっているだろう! 君はどう見ても十代前半なのに、何故スーツを着てビジネス街を歩いているのだ!? 怪しいことこの上ないではないか!」
「な、何だってー!」
レッドは常に大声です。ヒーローの上にリーダーですから。そのレッドの言葉に、仲間達は皆驚き、口を揃えました。しかし流石はレッドです。遠目から見ただけで、そんなことを見抜いてしまうなんて!
勿論驚いたのはヒーロー達だけではありません。根拠を突きつけられた当人も又驚き、それ以上にショックのためか俯いてしまったのです。大声を上げる奇妙な出で立ちの人々が、スーツ姿の中学生と思しき少年を囲む姿は正にリンチそのものでした。しかし誤解してはいけません。レッドの言うことが事実で有れば、このスーツ姿の少年は敵なのですから! 世界平和を脅かし、あわよくば征服してしまおうと企む悪の一員なのです。
「く、くくくくくく……」
俯いたまま少年は奇妙な声を出しました。一気にビジネス街を歩くちょっとおませな少年から、悪に染まった悪ガキになってしまったような、そんな印象を受けます。既に彼からは悪のオーラが漂っていました。うようよとした黒い物が、彼の廻りに浮き始めたのです。正しく彼は悪でした。
「は、八十一!?」
恐らく悪者風に笑っていたのでしょうが、そこはヒーロー。遊び心を忘れません。くくを九九に変換したようで、八十一と答えたのです。流石ヒーローですね! わけの分からないことや不思議なことは、全てヒーローで片付くのです。ヒーローですから。
「よくぞ見抜いたな! 正しく僕は貴様等の敵である、珈琲ボーイだ!」
ああしかし、彼は悪でした。しかも何という悪でしょうか! こんなにもフレンドリーに、遊び心満載で接するヒーローの言葉など綺麗さっぱり無視したのです。幾ら答えようが無いにしても、突っ込んで当然のところなのに!
「ま、まさか!」
敵の言葉を受け、このメンバーの中では寡黙でありながら、更に頭脳派でもあるイエローが口を開きました。因みに彼の好物はレモンです。お決まりのカレーだなんて言わせない!(本人談)
「どうしたイエロー!?」
「聞いたことがある……珈琲ボーイ。彼の主食は、確か、コーヒーなんだ!」
「な、何だってー!」
何て頭脳派らしいのでしょうか。記憶の中に存在するであろう、膨大な資料の中からそんなところを抜粋するなんて! そんなイエローの言葉に一同は驚き、珈琲ボーイへと目を向けました。ヒーローの、正義に満ちあふれた輝かしくも眩しい視線を受け、敵はにやりと、意味深な笑みを浮かべました。
「ふっ……その通りさ。人体改造を受けた結果、僕の主食はコーヒーになってしまったのだ」
どこをどう改造すれば主食がそのようになるのか、深く考えてはいけません。恐らく人体改造云々と言うより、そう言う洗脳というか催眠でもかけられているのでしょうが、そこは十代前半なので突っ込んではいけません。
「かわいそう……」
慈愛に満ちた声が小さく響きました。哀れむべき点が多すぎて、一体何に向けての可哀想かは分かりません。しかし悪を倒すには優しすぎるピンクは、そう、呟かずにはいられなかったのです。小さな響きに似合わず、大きな体の持ち主ピンク。音量は小さくとも野太い声のピンク。彼はアース戦隊の紅一点になろうと必死です。因みにアース戦隊に女性はいません。
「黙れ! 同情などいらん!」
けれど少年は悪なのです。そんな慈愛から来る言葉すら拒絶して、彼はピンクを睨み付けました。ピンク色のタイツにくるまれた大きな肢体が一瞬、震えました。そんなピンクを庇うかのように、無言でイエローが進み出ました。寡黙の頭脳派はやることが違います。リーダーのように常に大声で語ったりはしないのです。
「まあいい。これも何かの縁だ。貴様等にこの僕の計画を教えてやろう」
大声を出した自分を恥じるかのように、視線を下げ、彼は鼻で笑いました。
縁も何も敵同士なので出会って然るべきなのですが、そこは十代前半なので突っ込んではいけません。敵にみすみす計画を漏らしてしまうなんて事は、暗に潰して下さいと懇願しているようなものなのですが、十代前半なので突っ込んではいけません。そんな珈琲ボーイの言葉に、ヒーロー達は息を呑みました。
「ここがどこだか分かるな? そう。ビジネス街だ。ビジネス街と言えば、ビジネスマンだ。ビジネスマンと言えばコーヒーだ。彼らは常に休息を求めている。そこで必要なのがコーヒーだ。休息と言えばコーヒーだ。一杯のコーヒーが、彼らを安らぎへと誘うのだ。そこで僕は考えた。彼らが口にするコーヒーの全てに、洗脳する液体であるとか粉末であるとか、兎に角そう言う人体に影響を及ぼす薬を混ぜてしまえば良いのではないかと。そうすれば何れ、この界隈に勤務する全てのビジネスマンが、我らの支配下に入るのだ!」
「な、何だってー!」
ヒーロー達はどよめきました。咄嗟にお決まりの台詞を口にしてしまったのは、最早突っ込みどころが多すぎて突っ込む気力も起こらないのだが、それにしたって無言でいるのもヒーローらしく無いだとか、そう言った理由からでしょう。或いはヒーローたるもの、幾ら相手が敵だからだとは言え、表だって馬鹿にするなどの悪評に繋がる行為は避けたいと、まあそう言ったことかも知れません。兎に角珈琲ボーイの計画には穴が有りすぎました。ビジネスマンと言えばコーヒーだ。これはCMか何かに踊らされているとしか思えませんが、十代前半なので突っ込んではいけません。休息と言えばコーヒーだ。別に煙草等でも構わないはずですが、十代前半なので突っ込んではいけません。飲用する全てのコーヒーに薬を混ぜる。明らかに無理ですが十代前半なので突っ込んではいけません。何れこの界隈に勤務する全てのビジネスマンが支配下に! 正に何時のことになるか想像も付かない話ですが、十代前半なので突っ込んではいけません。
ああ、なんと言うことでしょう! 年若き少年でありながら、珈琲ボーイは確かに悪なのです! 一体アース戦隊はどのように彼をやっつけ、もとい、説き伏せるのでしょうか!
「一つ、聞いて良いだろうか」
律儀にも手を挙げ、リーダーであるレッドが珈琲ボーイに話しかけました。実に彼らしくなく、落ち着いた声音でした。敵は身構えました。それもそのはず。そこにいるのは、まるで先程までのレッドとは別人のようだったのです。今の彼なら何を仕掛けても可笑しくない。そう、誰もが思いました。彼の仲間でさえも。
珈琲ボーイは答えませんでした。すると答えないことを了承と取ったのか、レッドは一歩進み出たのです。距離を詰められることを恐れたのか、少年は一歩下がりました。異様な空気が流れていました。蛇と蛙が対峙しているような、そんな空気でした。
「珈琲ボーイよ……君の……君のミルクは何色なんだ!?」
その時のレッドの迫力たるや、正に蛇が攻撃を仕掛けるかのようでした。素早く、それで居て、恫喝するかのような大声。質問とは程遠い雰囲気を醸し出していました。
「……は?」
瞠目して、ただ視線を真っ赤な全身タイツに真っ赤なマスクを付けた相手に向け、珈琲ボーイは立ち竦んでしまいました。彼は今呑まれていました。蛙のように、目前の赤い蛇に呑まれていたのです。威圧するような空気は元より、相手の言葉すら理解できずに。
「そ、そう言うことかレッド!」
察したのは頭脳派のイエローでした。彼はその頭脳で持って、敵より先にレッドの言いたいことを理解したのです。興奮した面持ちで、彼は視線をレッドに向けました。勿論表情など見えません。するとレッドはリーダーらしく、イエローを見返すと大きく頷いたのです。彼らの間に信頼と言う名の糸が具現化して見えたような気がしました。
「何!? 全然分からないわ!」
二人の仲を嫉妬するかのように、らしくなくピンクが声を張り上げました。しかしレッドは動揺することなく、ピンクにも同じように視線を送ったのです。きっと今彼はそれはそれは優しい笑みを浮かべていることでしょう。全く見えませんが。
「平たく言えば、精液さ」
精液。えを抜かしてきに濁点を付ければ正義です。
恐らくこれは彼らなりに、正義に対する情熱を違う形で表してみたのでしょう。現に敵はかなり引いています。効果覿面です。ヒーローたるもの、常に平和と正義を念頭において行動しているのです。
「成程! コーヒーが主食である以上、珈琲ボーイのミルクはコーヒーで無いのかと、そう言いたいんだな!?」
ピンクにした筈の説明を受け、ブラックが答えてしまいました。しかし彼らは一心同体なので誰が何を答えても特に問題はありません。又個性にも乏しいので、誰が何を言ったか分からない時があります。しかしヒーローなので問題有りません。皆がヒーローなのです。そう、ヒーローは誰の心にもいるのです。
「ああ、そうさ。気になるだろう!?」
「ああ、確かに気になるな!」
「かわいそう……」
「これは確かめねばなるまい。世界の平和のために!」
「え、あの、いや、ちょっと」
「だがここでは駄目だな。我らはヒーローであるからして、常に慈悲の心を持たねばならん!」
「レッドったら素敵……!」
「ああ! 幾ら敵とは言え、往来で確認するのは問題があるからな!」
「そうと決まれば、我々のアジトへ!」
「ちょ、」
「おー!」
何という団結力でしょう! 全く敵の言葉など耳に入れず、自らの正義と信念に沿って彼らは動いているのです。世界の平和を守る心が、彼らを突き動かすのです。珈琲ボーイの精液の色を確かめる等という、全く世界平和と関係が無いと一見思わせるようなことでも、彼らのすることに無意味な事など無いのです。また、コーヒーが主食だからと言って、何をどうしたら精液の色がコーヒー色になるのか何て事は、ヒーローなので突っ込んではいけません。
珈琲ボーイは逃げ出しました。身の危険を厭と言うほど感じたのでしょう。しかし相手はヒーローです。逃げ切れるはずがありません。珈琲ボーイのおよそ五倍ほどのスピードで動けるのです。彼らは決して敵を逃がしません。例えそれが少年であっても。走り去る珈琲ボーイを捕獲し、そのまま彼らも走り続けました。世界の平和を守るため。精液の色を確認するため。
彼らの側を通り過ぎるだけのビジネスマンの方々は、最後の最後まで見て見ぬふりを続けました。こうして、世界の平和は守られていくのです。
頑張れアース戦隊! この星の平和は君たちの肩に重くのし掛かっている!