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柔らかい中にある硬いもの

「わたし、こんな胸、いらないのに」

 彩香(あやか)はため息をつく。胸より腹が出ている状態よりははるかにマシだが、それでも当人にとってはうんざりするのだ。

 千夏は本人の不満が理解出来るから、彩香の胸に対して嫉妬心は湧かない。なぜなら、千夏は胸の大きさで女を選ぶ「大味なスケベ心の」男を心底から軽蔑していたし、そんな男に嫌らしい目で見られて不快感を抱く彩香に同情していたからだ。そう、「からだ」だけで女を選ぶ男を、千夏も彩香も嫌っている。

「知恵袋にダイエットの質問してみたら?」

「してみたけど、冷やかしの回答があるのが嫌だな」

 男に抱かれるための身体なんていらない、自分が好きな服を着るための身体がほしい。彩香は思う。千夏みたいなちょうどいい胸とヒップの大きさと、ウエスト周り、それに美脚。だけど、皮肉な事に千夏はオシャレに対して無頓着だ。

 しかし、さらに皮肉な事に、そっけないファストファッションの格好こそが、かえって千夏の外見的魅力を引き立てたりもしたが、それは決して、彩香のような立派な胸を持つ女を好む男を惹きつけない。さらに皮肉な事に。


 千夏は高校時代のクラスメイトの一人を思い出した。今では流行遅れの黒ギャルだったその女は「胸が小さい女が肌を露出するなんて変じゃん」などと言い放っていたが、そいつはまさしく、胸の大きさに頼らなければ男に相手にされないような顔と頭と品性の女だった。要するに、同じ女としていちいち嫉妬してやるほどの価値もない、ゴミだ。


 彩香は「自分はダサい」「ダサい自分が嫌いだ」と思っている。しかし、世間の少なからぬ男たちは彼女のように「ほど良いダサさ」のある女を好む。それが彩香自身のプライドを傷付ける。

 何だか、お笑い芸人が丹精込めて作り上げたネタではなく、ちょっとしたアクシデントで笑われるようだ。自分の無駄に大きい胸はそんなアクシデントだ。母親譲りのその柔らかい素材の中にある硬いものが、彼女をさらにいら立たせる。

 千夏みたいに運動が得意だったら。だけど、彩香は運動嫌いだ。筋トレダイエットなんて出来るほどの根性も体力もない。ましてや、走ると胸が揺れるし、他人の視線も含めてうっとうしい。

「あのサプリの会社、好きじゃないな」

「他にもメーカーがあるし、そっちにしなよ」

 女性をターゲットにしつつも女性蔑視的で、なおかつ排外主義的な社長夫婦の企業が、二人は嫌いだ。その夫を自社の会長にしている上に、単なる夫の操り人形に過ぎない女社長はまさしく「I have black friends」であり、「She has female friends」だった。特にフェミニストという訳でもないが、性差別が大嫌いで、ネトウヨも嫌いな千夏と彩香は黙って不買運動をする。

 まあ、あのメーカーのダイエットサプリメントがべらぼうに高価だから、でもある。


「あの女社長の不思議ちゃんキャラ、わたし、嫌い」

「私もああいうの苦手」

 不思議ちゃんは、十代のうちに卒業しとけ。同性目線から見ても、いや、同性目線だからこそなおさら痛々しく見えるもの。男に対する媚びとしての演技なら、明らかに的外れ。なぜなら、世間の少なからぬ男たちは女に対して「男にとって都合が良い種類の現実主義」を求めるのだから。「男より女の方が現実的だ」というセリフを言うのは、たいてい男ではないか?

「私、あの女社長って、どっかの国の首相夫人みたいな不思議ちゃんだから嫌い」

 千夏はストローでジンジャーエールをすする。彼女は普段、あまり炭酸飲料を飲まないが、外食の時はジンジャーエールを注文する。琥珀色の炭酸水が赤いストローに吸い上げられていく。あのゴテゴテデコレーションの格好の女社長は、千夏とも彩香とも似ていない。

どっか(・・・)…ねぇ」

 彩香は苦笑いする。自分たちは元々ノンポリだったけど、もう未成年ではない上に大学を卒業した社会人である自分たちが「社会」に対して無関心で無頓着なのは学歴詐称と大差ないだろう。

 そして、少なからぬ「サピオセクシュアル」傾向のある二人にとっては、身近な同世代・近世代の男たちはつまらない。だからと言って、別にオジさん好きというのでもない。年の功で若い女にマウンティングしたがるオヤジが、二人は嫌いだ。

「来月のオータムフェスト、行く?」

「行く!」

「食べよ、食べよ!」

 悩むくらいなら、おいしいものでも食べて気晴らししよう。二人は「重荷」を忘れて盛り上がった。

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