第2話 名古屋と関東、二往復
東日本大震災の計画停電で店内真っ暗になっている中、訪れたお店で「募集」の広告を見て、私のバイト先が決まった。
百円ショップの店員さん。
品物を見るのも大好きで、お客様に場所を聞かれた時、こちらです……! と颯爽と案内出来たら楽しいだろうな~と言ったのが、採用に直結したようだ。
でも、一見和気藹々として店員さん同士、誰もが仲良く楽しくしているように見えても、中に入ってしまえば色々と見えて来るわけで。
贔屓だとか、なんだとか。
そんな訳で、今日も私は彼からの電話で、愚痴を披露している。
彼は告白の後、私の為に携帯電話をひとつ契約した。
片道、車で三時間の道のりだ……そんなに簡単に会えない。なので「かけ放題プラン」の為に、わざわざ私の携帯と同じ会社で、従来から持っている自分の携帯とは別で契約したのだ。……私だけの為に。
最初はお互い、もじもじした感じでいたけれど、毎日同じ時間にかかってくる彼からの電話への話題は、次第に身近の事になっていく。それは当たり前なんだけど、こんな愚痴を、よくもまぁ毎日聞いてくれるものだ。
「次のデート、どうしよう?」
彼が聞いて来た。
いつもデートは、一方的に彼が頑張って車でうちまでやって来る。そう、三時間、車を走らせて……毎回、毎回。
私は、なぁんにも頑張っていない。
ふいに以前、私が母から言われた言葉である「一度、お店の鰻を食べに連れて行ってあげたかったんだけど」という話題を彼が思い出し、鰻屋さんでのランチを提案された。
でも、私……美味しい所なんて知らないよ?
むしろ我が家は貧乏な部類で、外食は出掛けていてどうしても家に帰れない場合の緊急措置でしかない。
つまり、五百円以内が基本だ。
専門店の鰻って……幾らするんだか……。
「俺の方がたくさん貰っているから、奢るよ」
えええ……悪いよ、と言う私を説き伏せて、次のデートは鰻屋さんランチに決定。
お店も彼が調べておく。
三時間、車を走らせてやって来て、鰻屋さんでランチ……!
彼、ひたすらひとりで頑張る図。
すみません、何も頑張っていなくて。
一月に一度のデート。彼が我が家までやって来て、車で私を迎え、ドライブ開始。
とりあえず可愛い恰好をしてみる。
でも、助手席で寝る。
普通なら怒りそうだけど、彼は怒らない。むしろそれだけ信用してくれているのだと喜ぶ。
なんて前向きな人だ。
初めての鰻屋さんでの鰻重は、美味しかった……!
金額は……うう、見ない事にしよう……。
これを機に、大抵彼は食事代を全額出してくれるようになった。
ガソリン代、高速道路代、駐車料金だって、ばかにならないだろうに……一度も言われた事はない。そういう時は大抵、彼は言う。好きでやっているのだからと、自分は正社員で私より随分多くのお給料を貰っているから気にするなと。
彼は私より、年下なんだぜぇ――!
でも、今迄会って来た男性の中で、一番「男とはこうあるべき」みたいなのを持ってるような……気がする。いや別に奢ってもらっていて、殆どお金使わずに済んでるから言う訳じゃないけれど。
毎月一回のデートは、車で私を迎えに来てからスタートなので、大抵デートコースは関東。
有名な横浜ふ頭あたりのデートコースも巡ってみた。その辺りは私の知る所だ、任せて任せて。ラン〇マークタワー、クイーン〇スクエア、横浜ワールド〇ーターズ……中華街に赤レン〇倉庫……。歩き疲れた。
「自分は名古屋なので、名古屋でデートしたいな……その方が知っていて、色々連れていけるし」
彼が言った。
それは、つまり……私に名古屋まで来いと?
「いや、迎えに行く」
何を言ってるんだろう……この人は。片道、車で三時間ですよ?
「大丈夫、運転は慣れているから」
そういう問題じゃないだろう……。
かくして、次のデートは名古屋に決定。
まず、彼が丑三つ時に家を出て、しつこいようだが車で三時間かけて我が家へ来る。早朝、私を車に乗せて、取って返すように名古屋へまた車を走らせる。
彼、お勧めの場所を巡る。彼女が出来たら絶対行ってみたかったんだと、はしゃぐ彼。
……確かに周りは家族連れとかカップルばかりだ。女の子同士ならいざ知らず、男ひとりとか、男同士とか寂しい極みだろう。
「……ひとりで来た事がある。寂しかった……!!」
既に経験済みですか……。
今日はどう? カップルで来た感想は? 彼を覗き込んで、お茶目なふりをして聞いてみた。
……いやもう聞くまでもないな、その満足気な顔。
暗くなるまで一日かけて、彼が「彼女が出来たら一緒に行きたかった場所」というのを廻った。年齢イコール彼女いない歴だと言ってたから、よほど夢に見ていたのだろう……。まだ全部は廻り切れてないようだったけれど、時間切れのようだ。
最後に行った場所は、既に時間外になって閉まっていた。
外はもう暗い……そろそろ今日のデートはお開きの時間だ。
ギリギリ間に合うと思っていたその場所は、一時間閉園時間を勘違いしていて、中も暗く誰もいない。朝方から張り切って、片道三時間を往復してまでデートしていたのだ、流石に疲れた様子だった。
人の気配はなく、周囲は緑豊かな公園……とはいっても、暗く木々のざわめきは、ともすれば怖くも感じて来る静けさだ。
誰にも見られることのない、その場所で……車の中でそっと手を取り合った。
彼はまた、三時間をかけて私を家へ送り届ける。
そしてまた、すぐに取って返して、名古屋へと戻って行く。
二往復だ――! 超、頑張る。
「もう二度とやらない」
後日、彼は笑いながら吐露する。
やる方がドウカシテルとしか思えない所業でした。
お疲れ様です。本当にありがとう。
11月18日は「結婚式」記念日だったので、久々に更新。
(結婚記念日は別)
ひつまぶしを食べて来ました……!