対話
「......」
「......」
「...食べないのですか?」
手に持ったサンドウィッチを見つめ、食べようとしないルーク達。マリアは泣き腫らした目を拭う事もせず。ルークの方は何かを考えているのだろう。二人に配り、空いたバスケットを入れ物棚兼机の上に置くと持ったまま食べる様子のない二人を見て、問いかけた。
「...お前、知っていたのか?」
「...アルクの事を言っているのであれば肯定です。...知っていました」
「じゃあ、何でもっと早く教えてくれなかった」
苛立ちの混じった声音で問いかける。
「...最初に会った時。あなた達に必要なのまず休息であると判断しました」
「...親父は何で死んだんだ?」
「...殺されました」
「ッ! 誰が親父を殺した?!」
冷徹なまでに抑揚の無い声でルークに告げる。その言葉を聞いた瞬間、手に持っていたサンドウィッチを床に落とし、フリージアに詰め寄る。
「...知って...どうするのですか?」
「決まってんだろ! 親父を殺したそいつをぶっ殺す!」
自然と手に力が入る。横目で見るとバスケットの横に置いてある魔剣が呼応するように禍々しいオーラが纏い始めた。しかし、その事に気付いていないらしくルークは以前、フリージアを睨みつけている。
「...」
『このガキ...もうトルエラ接触してやがる。どうする...見た限りだとまだ契約していない様だが......時間の問題か』
珍しく焦っているご主人様。聞く限りだと別にいいんじゃないかと思うのだが...契約の事はよく分からないがあくまで目的はご主人様の子供を目覚めさせる事。ルークがトルエラと接触したって事は目的を達成していると言う事...あれ? でも目を覚ましているだったら何で此方に対して何の行動も起こしてこないんだ?。
「おい! 聞いてんのか! 親父を殺したのは誰だ!」
「お兄ちゃん! やめて!」
『ガキを大人しくさせろ! このままだとトルエラの力が暴走する!』
「...かしこまりました。――落ち着きなさい」
ルークの肩を少し力を入れて突き飛ばす。すると、ルークの身体は吹き飛ばされ部屋の壁に激突し、動かなくなってしまった。
「お兄ちゃん!」
マリアはバスケットにサンドウィッチを放り投げると気を失ったルークに駆け寄る。こうなった原因は兄にある、っと判断したのかフリージアに詰め寄る様な事は無かった。再度、魔剣を確認すると...何とか成功したようだ。先程まで溢れ出ていたオーラがすっかり消えていた。
「...フリージアちゃん」
「...何でしょう?」
「少しだけ...少しだけで良いから。私達二人きりにしてくれる?」
『トルエラを持って行け。こいつに聞きたい事がある」
「...分かりました。では、食事はそのまま置いておきます、落ち着いた頃にでも召し上がってください」
フリージアが持っているサンドウィッチをバスケットに戻し、代わりにルークの落としたサンドウィッチを床から拾い上げる。そして、壁に立て掛けてあったご主人様と魔剣トルエラを片手で掴むと肩で体重をかける様に扉を開け、そのまま出て行った。
「...何処か人目の付かない所に移動します」
「おう...お前そのサンドウィッチどうすんだ? まさか、喰う訳じゃないよな?」
「...いいえ。捨てます」
部屋の中にゴミ箱が無かったからつい持ってきてしまった。そう言えば、この世界に来てからまともな物を食べていない。口にしたのと言えば魔力の源とか言う何だか分からない奴だけ...ゴクリ。
「おまッ! ッ喰ってんじゃねぇか!」
「くっふぇまふぇんふへへふんでふ...くひのなはに」
一口で手のひら程の大きさをしたサンドウィッチを頬張るフリージア。ハムスターの様に膨れ上がった頬をしながら租借する。
『それを喰ってるって言うんだよボケ!』
...何だこれ? 辛うじて口の中に何かあるんだろうなといった所だ。何が言いたいのかと言うと。味がしない。と言うか触感も何だか分からない。この身体を手に入れた時に説明を受けたのを思い出す。たしか、この身体の五感のいくつかは機能していないといっていた。だとすると――。
「...私には味覚と触覚がないのですか?」
『だから言ったろいくつか機能していないって』
「...ご主人様は仰っていました、私の身体は未完成だと」
『本当は感情を付ける予定だったんだが、まぁー...なんだ、完成する前に邪魔が入っちまってな』
「...私を完成させる事は可能なのでしょうか?」
『正直な所、分からねぇ...設計図もどうやって作ったのかももう忘れちまったしな。戦闘面では問題ねぇんだ、それに、今はお前の事よりやらなきゃいけねぇ事が山ほどあんだ、そっちに集中しろ」
「...たしこまりました」
ご主人様の言っている事は正しい。今は、ご主人様の子供達に近い内来るであろうあいつ等、それに、聖騎士だっている。幾ら、私が強いとはいえ一人でこれだけの敵を相手するのが厳しい。この先、力だけではどうしようもない事も起こるだろう。今は、兎に角仲間だ。十崩器だけではなく、駒となり、頭脳となる仲間が必要なのだ。問題はその仲間をどうやって集めるかだが...。
「...ご主人様」
『っんだよ』
「貴方様の子である十崩器を集めるのは承知しています。しかし、この先、私だけではどうしようも無い事が起こると予測されます」
『回りくどいのはいいんだよ。っで、一体お前は何が言いたい?』
「...仲間が必要です。それも、大量に」
『それでどう集めればいいのか? て事か?』
コクリと頷く。
『かー! やっぱりお前は馬鹿だな!』
「...申し訳ございません」
『そんなの簡単じゃねぇか。...いいか? 一人一人集めてちゃまったくお話にならねぇ。仲間が大勢必要な時はその大勢を率いている奴を仲間にするのが一番手っ取り早いってこった』
「...成る程。非才な身の私にその様な叡智を授けてくださってありがとうございます」
少し、見渡し誰も見ていない事を確認すると素早く路地へと入っていった。
『世話の掛かる野朗だぜ本当にお前はよぉ』
「...申し訳ございません。...しかし、困りました。私もご主人様もこの世界の情勢に対して余り詳しくはございません...」
『強ぇ国って言うのは自然と耳に入ってくるってもんだ。...今、溜まっている問題を片付けている時に、片手間にでも調べて見れば良い。......それよりも...だ』
ご主人様の視線? が右手に持っているトルエラに向ける。
「...ご主人様。私はまだ何もここに目的を聞いていないのですが?」
『まぁ見てろ。...おい! お前起きてんだろ!? 知ってんだぜ』
瞬間、空気が震える感じがした。
『だんまりかよ...お前の身体がバラバラになっても喋る気があるのなら――その時教えてくれや! ...おい』
「...よろしいのですか?」
『思いっきりやっちまってもかまわねぇ。親ってのは子供を躾けるもんだ』
フリージアの言葉に何一つ戸惑う事無く答えるガルバルディア。魔剣を地面に置き、少し離れると両腕に魔力を流す。深呼吸をし、間を置くと。鋭い突きが魔剣に向っていく。瞬間―――
『...お父様』
『止めろ!』
寸の所で魔槍が止まる。勢い良く放った一撃の余波は凄まじく地面が揺れ魔剣の置いた直ぐ横の地面が大きく抉れた。
『何で俺様のことを無視しやがったんだ?』
『私が起きているからと言って、お父様の言葉に反応しなければならないと言う法でもあるんですか?』
『生意気な口ききやがって! ...まぁ、良い。あのクソアマぶっ殺すから力貸せ』
『嫌です』
即答だった。
『あぁ? テメェをそんなにした張本人だぞ!? 復讐したいとか思わねぇのかよ!』
『他に封印されている同類なら復讐したいと思うでしょう。...しかし、私はもう誰かと争うなんてごめんです』
『腑抜けがッ!! テメェがどういう理由で戦いたくねぇのか知ったこっちゃねぇだよ! 俺様はなぁ、あいつらに復讐する為だけに遥々現世まで来たんだ! テメェの都合なんか知るか! まぁ...俺様は鬼じゃねぇ...一日はくれてやる。それまでお前も契約しとけ。じゃなきゃ...幾ら俺の娘っつっても容赦しねぇぞ...』
ガルバルディアの怒号に全く動じていないトリエラ。
『私は以前の私とは違う。お父様はあの女神に復讐したいと言いました。...私は復讐するのならあの連中ではなくお父様、貴方だ』
『何だと...テメェ! 今此処でぶっ壊されテェのか!』
ご主人様から魔力が流れ込んでくる。此処でご主人様が暴走してしたら町どころかこのメゾキア公国が消滅してしまう。ご主人様は気分で行動する事が多い。どうする? 此処で私に出来ること...ご主人様を宥める? 絶対無理だ。また槍の柄で殴られる。
「...ッ!」
そうこうしている内に徐々に流れ込んでくる魔力が強くなっていく。この感覚は確か...セルマと戦った時、意識を失う直前に同じような感覚だ。しかも、以前の感覚は薄っすらと感じただけだったが今回のははっきりと、くっきりと感じる。薄っすらでアレだけの荒野を造り上げたんだ...なら今回は......。
無表情な顔で焦るフリージア。
「...ご主人様。落ち着いてください。今、此処で暴れては国が無くなってしまいます」
何か、ご主人様の気を逸らす話題を振らないと。
『うっせぇ! 俺様のすることに楯突く奴はテメェでもぶっ殺すぞ!』
『...』
「...ご主人様。他の十崩器の情報を聞かれてみてはいかがでしょうか?」
『私も他の者と同様に封印されていましたから、そんなに情報は持ってはいません。...しかし、アストラペー王国にプリミラが封印されていると言うことくらいです』
ガルバルディアが返事をする前に答えるトルエラ。それが気に入らなかったのか口調が更に荒くなる。
『封印されていたテメェがなんでそんな事知ってんだよ!』
『封印されていても契約者と繋がっていればある程度の情報を収集する事が出来るのです。それぐらい考えれば分かる筈ですが』
『ンだと!!』
「...ご主人様。トルエラ様が協力的ではない以上そちらに向われてはどうでしょう?」
『お前はアホか! プリミラがトリエラみたいに拒否ったらまた次の野朗探しに行くのか? 封印されている奴ら全員集めなきゃ意味ねぇンだ! それぐらい言われなくても分かれこのタコが!』
ゴンッ!
槍がゴムの様にしなるとフリージアの頭に目掛けて振り下ろされる。何かがコンクリートに激突するような音が響く。
『相変わらず他の者に対して厳しいのですね』
『うっせ!』
「...トリエラ様に猶予をお与えになるのであれば宿にお戻りになりますか?」
『ッチ! ...あぁ』
スッと魔力が引いていった。良かった、暴走するのはやめてくれたようだ。
「...たしこまりました――では」
トリエラを拾い上げると、大通りに向って歩みを進める。
『お前あのガキと契約するつもりか?』
『だったら何だというのですか?』
『選ぶのはテメェの勝手だがよ...役に立たない雑魚と契約しても直ぐにぶっ殺されるのが落ちだぞ』
『それを判断するのはお父様ではなく私です』
『せっかく父親が忠告してやってんのに、何だその態度! ちったぁ感謝しろや!』
『余計なお世話です』
『このクソ...。猶予は一日、明日の夜までだ。それまで精々足掻くんだな』
『......』