頼ミゴト
最近、エアコンを掃除したのですが物凄く汚かったです。皆さんもエアコンはこまめに掃除しましょう。......マジで吐くかと思いました。
「...いいかフリージア――お前は何も心配する事はねぇ...直ぐに片付けっから待ってな」
冗談を言っているように見えない。でもどうやって? セルマは弱ってはいるが。目の前には聖騎士がいる。
それに...いや、今、自分が考えているのは無駄なことだ。
僅かな時間行動を共にしただけだが、何の策も無しにこんなことを言う人じゃない事は知っている。この状況を打開する術が今の私には無い。だから、今は―――
「―――貴方の指示に従いましょう」
『フリージアァ...お前俺様の命令を無視したな』
「...お叱りも罰も後ほど受けます。......ですから、今はどうか...」
『...覚悟しておけよ』
「...分かりました」
奇跡的にご主人様が納得してくれた。狩人の男の言葉を聞いたセルマは一瞬顔をしかめる。だが、直ぐに元の顔に戻した。
「この状況で、今のお前達だけでどう切り抜ける? 弱っていると言えどプログノーシスの権能は健在だ」
「ッハ! お前は何時もなんでも知っている気でいる。だから唯の人間の俺なんかに負けるんだよ!」
「何だと貴―――っガァァ!」
突きつけられていた剣を腕ごと掴むと、力一杯自分の胸に突き立てた。
剣は狩人の男を突き抜けると鎧を突き破り、身体に突き刺さる。苦悶の表情を浮かべるセルマ。これには周囲の騎士達も狼狽する。
「セルマ団長!」
「フリージア! 休憩した木で合流するぞ! どうにか切り抜けて来いよ!」
男はそう言うと返事を待たずに茂みへと消えていった。
「ゴハッ! ......男のほうは良い。撤退準備!」
支えていた騎士を払いのけ、傷口を押さえながら命令を飛ばす。
そして、その命令に即座に反応する騎士達。フリージアを唯一抑えられるセルマが負傷し、更に騎士達の士気も低下した。それを即座に判断し命令を出したのはさすがと言った所だが人間の足では|魔獣
《モンスター》の足に勝てないように騎士達の足ではフリージアに勝てない。
つい先程まで絶体絶命に追い込まれていたフリージアだったが今はその脅威も餌に変わってしまった。
『中々ガッツあるじゃねぇかあのジジイ! クソったれな状況を一瞬で宴に変えちまった!』
「...彼の傷口から多量の出血が確認出来ました。......短時間で終わらせます」
残り僅かな魔力を左腕に流し、後ろに立っていた騎士の鎧を突き破るとそのまま胸元に腕を突き刺した。
「アァァーーーァアァッッ!!」
勢い良く引き抜く、するとフリージアの手には拳より少し小さい魔力の源が握られていた。
まるで宝石のようなそれにはつい先程まで身体の中に入っていたのが分かる様に血液が付着していた。
悲鳴を尻目にバリボリと音を立てながら一口で喰らう。
次の目標を捕らえようとするが気付かぬ間に敵は誰一人居なかった。一人を倒している間に全員逃げてしまったようだ。
『一々引っこ抜ぬいてたらきりがねぇぞ。鎧の力を使え』
「...力?」
『変えられるのは声だけじゃねぇ。身体も変化させられるんだよ』
「......つまり?」
『アァーーーッ!! お前と話してたらイライラするぜ! 怪物だろうが龍だろうが何にでもなれるっつってんの! 口のでかい生き物に変化して身体ごと喰っちまう方が効率良いだろうが! とっとと鎧出して変化したい生き物想像しながら魔力流せ!』
「...分かりました。鎧を展開...魔力を流します」
口の大きな龍...怪物? 知らないうちに目線がどんどん高くなっていく。
瞬く間に可憐な少女が異形の怪物へと変化した。
不恰好な胴体に左右不揃いな翼、長い首に大きな口。全真っ黒なその巨体はおおよそ伝説の生き物龍とは言いがたい姿だ。
「Aaaaa...」
自分の姿がどうなっているかは分からないが取り敢えず成功した。後は気配を探りながら敵を捕食するだけだ。人一人分の魔力の源を摂取したことにより先程とは比べ物にならない程鮮明に白の位置が分かる。
「Aaaaaaagaaaa!!!」
木々を倒しながら突き進む。一歩、歩く事に地面が揺れる。
木々に止まった鳥は飛び立ち、倒れた大木からは太い根っこが見える。
徐々に歩みを速める怪物。追いかけるついでに今まで狩人の男が殺した騎士の亡骸を食べていく。
もうすぐ...後少しで追いつく所まで来ると、突然今まで逃げていた気配が止まり、一つに固まっていった。そこには別動隊と思われる騎士達の気配も感じる。唯―――
『―――聖騎士の反応が一つじゃネェ...』
「...Aaaaaaa」
「た、助けてくれぇぇえぇ!!
吐き気を催すほどの白の強い|気配が二つに増えている《・・・・・・・・・・・・・》。
逃げ遅れた騎士を咥えながら大きな道に出た。気配のする方向に振り向くとおよそ五十人の聖騎士団、そして、セルマと周りの騎士達とは明らかに仕様の違う鎧を身に纏った金髪の女性が見える。
「な、何だアレは?! セルマこれは如何いう事だ!?」
「...ッグ!! 説明している暇は無い。...はぁ...一刻も早く此処から撤退する必要があると私は思うのだが?」
女の聖騎士はセルマを一瞥すると、直ぐに目線を私に移した。
「サブマ...・プロスクリス・オルトリニア」
『転移の魔法か!?』
「Aaaaaaaaaa!!」
急いで咥えた騎士を噛み砕くと今出せる最大の速さでセルマに迫った。
セルマを殺せばご主人様の目的に一歩近づく。それにもう一人聖騎士もいる。しかし、早く戻らなければ彼が死んでしまう。ご主人様の命令と狩人の男の事が頭の中で行ったり来たりして身体の反応が少し、ほんの少しだけ遅れてしまった。―――それがいけなかった。
「Aaaaaaaaa!!!」
引き千切れんばかりに首を伸ばしセルマを捉えた。そして、噛み砕いた。
『フリージア。口を開け。セルマの顔を拝ませろ』
「Gaaaaaa...」
口を開け舌を出しす。しかし、ある筈の死体が無い。
無いと言う事は殺していないと言う事だ。周りにはもう私以外誰もいない。全員、居なくなった、一瞬で。魔法でこんな事も出来るなんて...予想していなかった。
『しくじったな...』
「Aaaaaa...」
もう此処に用はない。早く...早く彼の元に行かないと。来た道を急いで引き返す。この姿じゃ遅すぎる、もっと早い形にならない。狼...ダメだ、上手く想像出来なければ今の龍の様に不恰好になってしまう。そうなればかえって速度が遅くなる。今の私が簡単に想像できて足が速い動物......。
『ッな! 俺様の話を―――』
「AaaaaaaaGaaaaaa!!!」
骨の軋む音、肉の裂ける音と共に醜い化け物は小さくなっていく。墨の様な黒い液体をあたり一面に撒き散らし、空に轟く大きな叫び声で空気がが震えた。そして、黒い水溜り真ん中には小さな生き物、犬がいた。白と黒の毛並み、シベリヤン・ハスキーと言われる犬種だ。
彼の居場所は分かっている。そこに向って風になれば良い。
地面に落ちた魔槍を咥えるとフリージアは来た道をそのまま戻っていった。
魔法とは
原初の賢者ミハイル・オリンエリアスが三十九柱の神々の力を借り、邪神を封印する為に考案した力。魔力の源から生成される魔力を動力源に奇跡を行使でき、通常は魔力を増幅させる為に杖を用いる。一部種族は魔力の源だけではなく大気中に漂っている微弱な魔力を集めることが出来るらしい。
あの木を越えた先に彼が居る......。
「ッ! 誰だ!」
「...私です」
犬の形を解き自分の姿に戻ると木にもたれ掛かる彼の元に近寄る。側にある木と地面は血で汚れていた。怪我に関して詳しくない素人から見ても分かる。
「...ご主人様。私に他人を治癒する事が出来る能力は備わっていますか?」
『一々聞かなくても薄々自分でも気付いてんだろ...んなもんねぇよ。お前は戦闘に特化した護衛用の人形だぞ? 生き物を治せる能力なんて持っているだけ無駄だろうが』
胸部の出血している所を手で圧迫し、止血を試みるが傷口が大きく、上手く出来ない。頭をフル回転させて今の状況を打開する方法を模索する。しかし、幾ら考えても頭の中で直ぐに結果か出てしまうのだ。
―――もう、彼は助からないと。
「...っぐ! ...はぁ...はぁ...。ふ、フリージア。もう良い...」
「...現在、有力な治療方法を模索中。暫く、お待ちください」
如何すれば直すことができる? この世界に魔法が存在する。だからきっと治癒魔法も探せばあるはず。
「自分の身体だ...自分が良く知ってる。...いいか、フリージア。俺はもう助からん」
「...現在、有力な治療方法を模索中。...暫く、お待ちください」
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ...。
「もうよせ。それより...お前に頼みたいことがある」
「...現在「フリージア!!」......」
狩人の男は胸を押しているフリージアの手をそっと退けると、頬に手を沿え。息絶え絶えながら話しだした。
「...はぁ、はぁ...。俺達が来た道は分かるか?」
「...はい」
「よし。...そのまま来た道を真っ直ぐ進むと道に出る。......その道を進むとメゾキアに行くことが出来る筈だ。...子供達には別れる前に話べきことも、託すべき物も全てやり終えた。でもな...ちょいと渡しそびれちまったもんがあってな。...嬢ちゃんからこれを渡してくれないか?」
そう言うと胸元から一通の手紙と首に掛けていた首飾りを前に突き出した。
反射的に受け取ってしまったフリージア。虫の息の狩人の男を見つめる。
「...お前さんが人間じゃないって事は分かってる。ごほッ! ...唯な、これだけは言っておくぞ。神だろうが悪魔だろうがお前はお前だフリージア」
「...はい」
頭を撫でながら、話続ける男。それに対して何も答えられないフリージアは絞りだしたような声しか出なかった。
「は、はは...分かってくれれば良いんだ。...ルークと...マリアに、頼んだぞ?」
「...貴方の...貴方様の名前はなんと言うのですか?」
「言っていなかったな。...アルクだ...アルク・フォース」
「...アルク・フォース。私は人間ではありません」
「あぁ...知ってるよ」
「...私は化け物です」
「そうかい」
「...貴方のご子息達を食べてしまうかも知れませんよ?」
「お前はそんな事しねぇよ」
知ったような口をきくな。
私の何が分かるって言うんだ。私は人助けにこの世界に来た訳じゃないんだぞ?
私は復讐する為にこの世界に来たんだ。
復讐の為なら人間だって喰うし女子供だろうが躊躇無く殺す。全部、あの暗い場所で覚悟を決めて此処に着たんだ。
もう、苦しまないように。
二度と仲間に裏切られないようにこんな人形にまでなって。訳の分からない者と契約してまでこの世界に来たと言うのに...なのになんで―――
「...分かりました。これは私が責任もって届けます」
その言葉を聞くと狩人の男...アルク・フォースは力なく笑い、そのまま目を閉じる。
なんで...
『俺達の目的は分かってるんだろうな?』
「...はい」
なんで...
『なら良い。さっさと終わらせるぞ』
「...了解しました」
知らぬ間に太陽は落ち辺りは薄暗い闇に覆われる。不意にフリージアの頬に雫が滴り。次第にその雫はあたりに拡大し雨が降り出した。ゆっくりと立ち上がりアルクに言われた通り、真っ直ぐ進みだす。
「...鎧、展開します」
全身を鋼鉄で包み込み歩き出す。少女は止まらない、止まれないのだ。
―――少女の復讐はまだ始まってすらいないのだから。
なんで僕ばかりこんな苦しい思いしなくちゃいけないんだ...。
次回から第一章。所々ずさんな作品ですが暖かく見守ってくれると嬉しいです。