狩人ノ男
最近、陽気な日和が多くなって来ましたね。
「―――でよ一々仕草が可愛いんだなこれが」
「...」
フリージアを担ぎながら茂みを掻き分け進む男。
ひたすらユサユサ揺らされながら男に運ばれている。
出会ってからここまで来るまでの三十分の間、二度、分隊規模の騎士達と遭遇した。つまり二度、八人の騎士達と戦闘になったのだ。
この広い森、男とあった村跡、カンノ村跡からどの国に向うとしても道以外を通った場合村に住んでいる者でなければ迷ってしまうと言う。なのに、二度も出くわすのは不自然だ。
それに、何よりおかしいのはこの私を担いでいる男。カンノ村で狩人をしており。一見普通の男だが。たった一人で、それも私を担ぎながら騎士達を倒したのだ。
この男も何か裏がありそうで信用できない。幸い、袖とスカートで断面を隠せるのでしばらくは人間じゃないとばれる可能性は低いだろう。
「やっぱり育ちが違うからか」
こいつずっと嫁の話をしている。
「...いえ、私には分かりかねます」
「ったく本当に愛想もクソもねぇ嬢ちゃんだな」
「...生まれつきですので」
「嬢ちゃん育てるの父ちゃんと母ちゃん苦労しただろうな」
「...お父様もお母様も愛情を持って育ててくれました」
生まれて何も考えないでここまで来たが今頃お父様とお母様は何をしているだろうか。
きっと私が居なくなって悲しんでいるだろう。不意に思い出した両親の顔に考えが溢れ出す。しかし、今はご主人様の物。少しでも考える暇があるのであれば全てご主人様の事に費やすべきだ。
「...い...お......おい!」
「...何でしょう?」
「いきなり黙り込んでどうかしたのか?」
「...いいえ、少し考え事をしていました」
「そ、そうか」
気まずそうに男は答える。そして、わざとらしく咳払いすると話を切り出した。
「あー...そういや嬢ちゃん名前は?」
今更かよ。
「...フリージアです。フリージア・ガルバルディア」
「ガルバルディア...どっかで聞いた事あるな。」
言うまでもないがご主人様は邪神。
戦っている時もそうだが、先の事を考えて名前を変えた方が良さそうな気もする。この世界にとって宗教はどの程度重要なのかは分からないが、邪神の名前が入っていると分かったら少なくともいい顔はされないだろう。ご主人様がお目覚めになったら相談してみよう。
「...そうですか。......一体何処に向っているんですか?」
「嬢ちゃんあの騎士達には遭ったか?」
「...はい」
「あれはカルッソス帝国の聖騎士団だ。つまりカルッソス帝国は無し。―――となれば近い国はメゾキア公国かシャスティナ王国...知り合いがメゾキアに居るからそっちに向う。俺の子供もメゾキアに向ってる。歩いて二日から三日、急げば一日で着く」
「子供?」
「マリアとルーク。ルークは俺に似て生意気なクソガキなんだがよ。―――マリアは嫁に似て可愛いんだ」
「...また始まった」
魔力が少しずつ回復していくにつれて段々と周りの気配が鮮明になっていく。周りには私とこの男の以外誰もいない。だが、まだ近くにいないとも限らない。現状は警戒しつつ回復していこう。
「メゾキアに着いたら二人に会うか?」
「...いいえ、私にはやるべき事があるのでマゾキアに着き次第、お別れです」
「お別れっつったって嬢ちゃんそのなりじゃどうしようもねぇだろ」
「...問題ありません」
「問題な「問題ありません」...」
「でも「問題ありません」...分かったよ。また、着いたら考えるか」
これ以上詮索されると面倒だ。適当に話題を逸らそう。
「...もしもの話です」
「何だよいきなり」
「...もしも、自分の家族が突然いなくなったら貴方はどうしますか?」
「...少し休むか」
そう言うと茂みを抜け、近くの木の木陰にフリージアを座らせると隣にドスンと腰を下ろした。
テティベアのように座るフリージアは目線だけを男に向ける。そして、昼過ぎの心地よいそよ風に当たりながら深呼吸をし、暫く間を置いてから話し始めた。
「...探すな」
「...」
「見つかるまで探す。絶対探す。草の根分けても探しだす」
「...もし...もし見つける事が出来なかったらどうします?」
「見つからなかったら何て答えはねぇ。言っただろ、見つかるまで探すんだよ。それが親ってもんだ」
「...私は平穏な暮らしをしたかっただけなのです...両親や友人達と過ごしたいだけなのです。なのにある日に突然連れ出され、意味の分からない命令のお陰で友人に裏切られ、陵辱され、幽閉されました......今の私があるのはご主人様がいてくださったから。...だから私は決めました」
聞くに堪えない惨い話をまるで感情が篭っていない、鈴のような消えてしまいそうな儚く美しい声音で淡々と口にするフリージア。
時折、膝に乗せた槍を撫でながら目を閉じ、脳裏に焼きついた一つ一つの事柄を思い出す。
「...私は、私を陥れた全ての者に復讐します」
狩人の男は頭の後ろをかきながら枝葉の間から差し込む光を見上げながら口を開いた。
「......嬢ちゃんよ俺らと住むか?」
「...今までの話を聞いてどうしてその話しになるのか理解しかねます」
「俺はただの狩人だがよ。嬢ちゃん一人ぐらい育ててやる事は出来るぜ」
「...いえ、ですから」
「よし! そうと決まればさっさとメゾキアに行くとするか!」
話が通じない。男は勢い良く立つと身体を軽く払う。
そして、そっとフリージアを抱き上げると同じように肩に担ぎ、再び茂みえと歩みを進める。しかし、突然足を止め先程より真剣な声音で声をだす。
「追ってきてるな」
「...そんな筈は―――ッ」
つい数分前まで何も気配を感じなかったのに少し意識を向けただけで十人、いや二十人程の気配がこちらに向ってくる。頭の中で警鐘を鳴らしながら起こりえる事を予測する。
「走るぞ」
そう言うと返事を待たずに走りだした狩人の男。
「...ご主人様...ご主人様」
まだお目覚めにならないのか。
こそままでは追いつかれてしまう。腕と足を再生させるか? いや、今再生させても今の私には戦闘能力はない。
それに、もしこの戦いを切り抜けてもこの森の中じゃあ迷ってしまう。そうこう考えているうちに直ぐ側まで騎士達が迫っていた。
「...後方およそ十メートルに騎士、接近しています」
「んなこた分かってるよ! 舌噛むから口けるんじゃねぇぞ!」
フリージアを茂みに投げ捨て狩人の男もフリージアを投げた茂みに飛び込む。
すると直ぐに二人の騎士が通り過ぎるのを待つ。それを確認すると素早く立ち上がり騎士達の背後を取った。
「グァ!」
「て、敵をは―――」
一人の騎士の兜を後ろから掴み少し見えた喉元に直剣で撫でる。
もう一人が気付いた時にはもう遅く危険を察知し鞘から抜く瞬間、男の手が騎士の柄頭を手掌で押し、抜けなくする。狼狽した騎士は何度も鞘から引き抜こうとするがそうしている間に男の剣先が顎を貫いた。
「敵とかち合うのを予測して抜刀しとけよこの野朗」
直剣を何度か振り血を振り払うとフリージアを腰に抱え再び走り出す。
「国境までの辛抱だ。ちょっと荒っぽいけど勘弁してくれ」
「...了解しました。......どうか、私の事はお構いなく...存分に力を振るってください」
「あいよ」
「目標発見! 騎士二名死亡!」
まるで山彦のように遠くから同じような言葉が続けて森に響き渡る。それと同時にガシャガシャと鉄同士が当たる音が段々と此方に近づいてきた。
「見つかっちまった!」
聞こえた声とは反対方向に走り出した。
『あー...良く寝た』
「...ご主人様」
寝起きの気の抜け切った声。フリージアを運んでいる男でも、後ろから追いかけている騎士達の声でもない。その声を聞いて心なしかフリージアは安堵した。
『今どんな状況だ?』
何故なら、この声の主こそ彼女のご主人様であるガルバルディアだからだ。
「...はい、現在聖騎士団と思われる勢力から逃走中。......セルマ・フォンフィールドとの戦闘の際右腕および左足を欠損しました。その為意識が回復した際、偶然遭遇した壊滅した村の生き残りである狩人の男と行動を共にしています」
『あのセルマとか言うゴミクズ野朗が...今度あったら唯じゃおかねぇ』
「嬢ちゃんさっきから何言ってんだ?!」
「...いえ。唯の独り言ですのでお気になさらず。―――後方注意」
「おっと!」
まるでタイミングを見計らっていたかのように後ろからの剣戟をしゃがんでかわす。確実に当たると思い込んでいた騎士は次の攻撃に移るのに一瞬遅れてしまった。だが、男が殺すのにはその一瞬の時で十分だった。
「この・腐った・騎士・まがいの・クズ・野朗が!」
柄頭で頭を勢い良く叩き脳を揺らす、倒れたすぐに兜覗く為の隙間から剣先を顔面に突き立てた。男は息を整えながら周囲を見渡す。気付かぬうちに周囲を完全に包囲されてしまった。
「お見事。戦いを見学させてもらったよ。―――自分の騎士団ながら実に不甲斐ない」
純白のマントは破れ、甲冑は所々凹凸にひしゃげている。フリージアは声を聞いた瞬間正体が分かった。槍もそれに反応するように光り輝く。間違いない―――
「―――聖騎士セルマ」
『おーおー起きて早々運が良いじゃねぇか。フリージア早く殺っちまえ!』
「...命令に逆らう事をお許しください。......意識を回復した際、魔力が殆ど残っていませんでした」
『アー!? ったく使えねぇーーーー!!!』
「...申し訳ありません。...只今、一時的に壊滅した村の男性と逃亡中です」
『知るかそんな事! 何で魔力残しておかなねぇンだこの間抜けが!』
「...申し訳ありま『謝ってばっかじゃなくてこの状況何とかしろ!』...かしこまりました」
逃げるには十分とは言えないがご主人様の命令は絶対。失くした手足に魔力を集中する。
「...私を放してください」
「はぁ!? 周り見えてんだろう。それに嬢ちゃん足無いのにどうやって逃げるんだ?」
「.....ご心配なく、現在修復中ですので」
「何言って―――...んだ...」
「ひぃ!」
うねり、撓りながら少しずつ生えてくる手足。周りの騎士は恐怖の顔でフリージアを見つめる。
男は間の抜けた声を発しながら植物のように不気味に生えてくる腕を凝視する。そして、セルマは不気味な笑みを浮かべている。
「...下ろしてください」
「嬢ちゃん...お前一体何者なんだ?」
「...話せません」
「ック!」
狩人の男は歯噛みし、辺りを見渡しながらゆっくりとフリージアを下ろす。
「あの時から何かあると思っていたが...全ての生物を超越した存在である聖騎士を一人で殺しえる存在......そこの男も君に問うたが私も今一度君に問おう―――君は何者だ?」
「...話す必要はありません」
「すぐに話したくなるさ。両腕と両足を切り刻み、皮膚を剥がせば...死人だろうと喜んで話し出す」
「...拷問は私には通用しません」
「ならこれならどうだかな?」
鞘から剣を抜き、近くに立っていた騎士から剣を奪い取ると狩人の男に切りかかった。
「ッ! 何て力だ!」
数手打ち合っただけで男の剣を弾き飛ばした。
「残念だよ。昔のお前だったら私を殺しきれないまでも私を押し留める事はできたはずなのに」
「あんたと違ってこっちは年取んだよ義兄さん」
「...」
『今明かされる衝撃の事実! ってか?!』
茶化すように叫ぶご主人様。セルマは騎士から奪った剣を放り投げ、片手で持ったもう一方の剣の刀身を男の首筋に当てると続けてこう言った。
「痛みが無理なら情に訴えるって言うのはどうだろうか」
「ッ! やっちまった!」
ジリジリと騎士達は包囲を狭くしていく。再生したばかりの腕で槍を掴み、杖の要領で立ち上がった。
『俺様と戦って相当セルマも消耗している筈だ。この程度の数ならまだ逃げられる』
「...まだ彼が捕まったままです」
『放っておけ。もうあのジジイに利用価値はねぇよ―――おい、話聞いてんのか?』
「...彼が捕まったままなのです」
『言ったはずだぞ。あのジジイには利用価値はねぇってな! 今のお前じゃ逃げる以外の選択肢はねぇんだよ!』
取り巻きの騎士を一瞬で倒して魔力の源を摂取すれば救出と逃走どちらも行うことが出来るはず。フリージアはガルバルディアの言葉を無視して少ない魔力を身体に流し始めた。
「ついさっき殺しあった時とは大違いだな―――実に可憐だ」
「ッ! おい、嬢ちゃん聞いてるか?! おい!」
「...いけます。私は「フリージア!!」...―――お、父様」
今までに無い剣幕で私を呼んだ。まるで、両親に怒鳴られたような、そんな気がしたのだ。身体に流した筈の魔力が引いていく。原因が分からないフリージアは目を見開きながら狩人の男を見つめる。