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世界に抗う者のはじまり

衝動に駆られて書き始めました。気のおもむくままに、不定期で更新していきます。よろしくお願いします。

 ザアアアアアアァァァ・・・


 暗い。 暗い。 闇の支配する世界。


 ただ雨音だけが辺りに響く・・・


 そこに蠢く影がひとつ。 ふたつ。 みっつ。


 動いたと思えば闇に同化し、光すら呑み込む闇から、また、這いずり出てくる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 ひとつ。 ふたつ。 みっつ。


 何かの音が聞こえればそこには爛爛と輝く番いの紅い光がひとつ。 ふたつ。 みっつ。


 しかしそれもふと気づけば闇に溶け、降りしきる雨だけが音を奏でていた。







―帝国歴234年、秋 帝国議事堂―

 議事堂の中を飛び交う雑多な声が、ガベルのよく響く音によって静寂へと変わる。あの、かんかん、という音をきくとなんだか緊張して静かにしてしまうのは何故だろうか。

 その静寂に包まれた空間に議長の声が厳かに響く。


「・・・以上の審議をもって『個人の能力における国への有益性と寿命を比例化する法案 ~寿命保有権~(以下甲と表記する) と甲に関する試験制度の制定』の多数決へと移行します。それでは、賛成の諸君らは起立」


 ガタ、ガタガタッ。左側から伝播するかのように起立する人の波が流れていく。そして――――ほぼ全員が起立した。

 この時をもって帝国民は自らの寿命を、寿命を保有する権利を獲得しなければならなくなったのだった。生きたいという思いによる研鑽が、帝国の未来を明るくするものだと信じて。たとえ、気づかないところで闇がさらに深みを増すことになるとしても…






 彼が誕生したのは帝国歴537年、春。西スラム街であった。

 その日はよく雨の降る日であった。空は鉛のような雲に覆われ、春であるのに随分と気が重くなるような、そのような日。生誕がそのような日であったのはなんとも不憫であるように思うのが普通だが、この時だけはにとって良い天気であったと言えよう。

 

 彼の生は望まれたものでは無かったのであるから。


「…あぁ、どうして、どうして、生まれてしまったんだ。どうして産んでしまったのですか、奥様…!」


 そう告げた男の目には、その赤子を蔑む感情、困惑と落胆の感情がありありと浮かんでいた。


「だって…生まれる子には罪はないもの…。それに、私が最期に残せる灯火でもあるのだから…」

「ですが、あの男の子供などっ…!!」


 優しく目を閉じ、弱々しい微笑みを浮かべつぶやく女に、それでも自身の感情を抑えることの出来ない男の言葉が吐き捨てられる。


「分かっているわ。私も思うところが無いわけではないの。でも…、みて、この子を。私に似て銀色の髪、瞳は知性の感じる群青。…少しくすんでいるけれど、私が命の火を繋げた、繋げられた証よ。それに、いえ、これが一番なのかもしれないわね。私自身がこの子を愛しいと感じているのだもの。…、ねぇ、お願い。あなたも認めてあげて。この子の生を。セイル」


 確かにその容姿は、その女の特徴をしっかりと受け継いだようであった。そんな美貌を女は持っていたのだった。


「……」


 男、セイルは顔をゆがめて自らの主の言葉に無言で返した。きっと彼の心の中では、主への親愛と誇りと先の言葉、主を貶めたとある男とその血への憎悪が互いに譲ることなく衝突しているのだろう。しかし、セイルの顔を見ていた奥様と呼ばれた女は満足した笑みを浮かべていた。彼が自分を想っていてくれることへの嬉しさと、彼が優しい心の持ち主であり、きっと彼の理性が子を認めるに至るであろうことを思い描くことが出来たからであった。


「それでね、セイル。この子の名はリヴェスタにするわ。神話の女神様がこの子を普通であってくれるように。幸せをと願いたいけれど、でも不幸でなければきっと生きることは楽しいと思えるのよ」

「…失礼ですが奥様、家名はどうされるのですか」

「リーファ・エル・フォーサイスという人物はもういないの。今の私はただのリーファ。だから、この子の名前はリヴェスタ。それだけでいいのよ」


 あなたも分かっているでしょう?と目をむけると、目を閉じて少しの間を開けて小さな了承の声が聞こえた。


 リーファ・エル・フォーサイスはもとは貴族であった。子爵家の生まれであり、穏やかで優しく、賢さも持ち合わせる両親と共に領地で平和な日々を過ごしていた。この先もこの日々が続いていくのだと信じて。しかし、それはある時を境に崩れ落ちていった。


 平和な日々のなかに現れたのは、それはごくごく普通の商人であった。リーファの父がその商人と取引をはじめてから全てが狂い始めた。はじめの一年はとくになんとも無かったのではあるが、それからというもの、家臣のなかに不和が生じはじめ、領民の意識がどこかくるい、両親の間にもなにか違和感が出始めた。いったい何が起きているのか分からず、原因を探ることも出来ず、最終的に領地とともにフォーサイス家は崩壊の渦に巻き込まれて              消えた。


 リーファ専属の執事兼護衛であったセイルは、どうにかその渦に完全に飲み込まれることなくリーファとともに帝都に逃げ込み、命だけは手放すことは回避できたのであった。ただ、それだけであった。それからの生活は筆舌に尽くしがたいものであり、リヴェスタを産む状況になった、この事実を考えればよく絶望に呑み込まれなかったといえるだろう。


 そして現在。子爵位にあったときは45の寿命があったが、家が無くなるほどの出来事であったためにそこから25が引かれている。そして今のリーファは20歳であり、あと数日で21歳となるためにその命も残すところあと数日という状況であった。処刑とならず、捜索もされなかったのは寿命をぎりぎりまで減らせば同義であるからであった。


「さて、どうしましょう。愛しい我が子をこのまま抱いていたいけれど、もうすぐ死ぬ身であるのに未練は残したくないわ。ふふ、なんて身勝手な考えなのかしら。…ごめんなさい、リヴェスタ」

「奥様…」


 涙を一筋流して子を抱く姿をみて、セイルは主のために(・・・・・)ならば良いだろうと、けっしてその赤子のためではないと自分に言い訳して、一つ提案を投げかけた。


「奥様、私はあなたに仕えています。この命はあなたに捧げました。そしてあなたの命が終わりを迎えようとも、私はあなたのそばに居たい。だから私にはそれは育てられない。…帝都には孤児院があります。国から支援を受けていない非公式なものも存在するのは確か。彼をそこに預けてはどうでしょうか。暮らしは貧しいでしょうが公式の所よりも奴に見つかる危険性は低いでしょう。これから先生きていけるかはそれ次第。あなたのつけた名に相応しいのであれば、自ずと生きていくでしょう」

「孤児院、ね。…分かりました。残り数日、機会をみてこの子をそこに預けましょう。それと、」


 いったん言葉をくぎり、


「あなたの想いは分かりました。そういってくれるあなたがここに居ることは、私は幸せなんだと思わせてくれる。けれど、だからこそ、最期までそばに居るというのなら、リヴェスタを呼んで。名を呼べなくても良い。生を認めて。ここは譲れないの」


 そう言葉を告げれば、はじめのように顔をゆがめることなく目を閉じた。無表情の彼の顔からはどういう思いがいきかっているのかはよめない。


 静寂が場を支配してどれくらいの時間がたっただろうか。セイルの目が再び開けられ、その口からは一つ一つ丁寧に言葉が紡がれた。


が、「リヴェスタ」というあなたがつけた名に相応しい人になるように、あなたの子に相応しい者であるように、私は、願います」

「…ありがとう」


 感謝の言葉とともに浮かべたその笑顔は、美しかった。


 そうして、数日後彼は孤児院へと預けられ、母と彼女の騎士はともにこの世から去った。

 帝国を変える者がこの世に解き放たれた瞬間だった。それが英雄になるのか、史上最悪の敵と化すのかはまだ誰も知る由は無い。


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